『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。

こんな殺伐とした婚約者は嫌だ

 どうやらマリアベルお嬢様とデズモンドの二人は、今この食堂に入店してきたばかりらしい。
 席が満杯で店員さんが断ろうとした矢先、お嬢様が強引に中に入り込んでしまったのだそうだ。困り果てている店員さんに笑いかけ、私はお嬢様たちに相席を提案した。

「申し訳ありません。領主様、奥様」

「気にしないでください。ここ、四人掛けだから、私とアレクシス様だけで占領しちゃうのも悪いですし」

 ペコペコと何度も頭を下げながら、店員さんがお嬢様たちの分もお茶を持ってきてくれる。
 デズモンドがそっと私の隣の椅子を引けば、お嬢様は当然の顔をして腰を下ろした。一方デズモンドはといえば、そのままお嬢様の後ろにつつましく立っている。

「……デズモンドさん。嫌かもしれないけど、アレクシス様の隣の席が空いてますから。どうぞしゅわってむにゅにゅにゅにゅっ」

 途中から言葉が乱れたのは、お嬢様がいきなり私のほっぺをこねくり回し始めたからだ。もちもち。こねこね~。
 ほっそりした両手で私の顔を包み込み、お嬢様はうっとりと頬を上気させる。

「はあぁ、懐かしいベルのやわらかほっぺ……。たまらないわ。最高」

「――おいッ!!」

 突然、アレクシス様が椅子を蹴倒して立ち上がった。
 そのとんでもない怒号にデズモンドが、そしてさりげなくこちらに注目していた店内の者たちが一斉に体をビクつかせる。殺気をギラギラと目に灯し、アレクシス様は大股でテーブルを回り込んだ。

「今すぐその手を放せ。馴れ馴れしく俺の妻に触れるな」

「……なんですって?」

 お嬢様の目もまた剣呑に光る。
 バンッ!とテーブルを叩きつけ、憤然と立ち上がった。

「何が俺の妻、よ! わたくしの大切なベルよ。幼いころからずっと一緒だったんだから!」

「その大切なベルを置き去りにしたのはどこのどいつだ! お前が自分で手放したのだ、よって今は俺のベルだ!」

「違うわよ、未来永劫わたくしだけのベルよ!!」

 激しい口論を茫然と眺めながら、私は内心で舌を巻いていた。腕の立つ騎士であるアレクシス様相手に、一歩も引かないお嬢様はさすがというべきか。

「……あの、お二人とも。他の方々のご迷惑になりますので」

 顔色を悪くしながらも、デズモンドが控えめに止めに入る。
 それで私もはっとして、慌ててアレクシス様の腕に抱き着いた。

「そうですよ、ともかくまずは食事にしましょ? ほら、席に戻って。私がアレクシス様の隣に移動しますから、ね?」

 強引に向かいの席まで引っ張り、そしてさっきまで私が座っていた椅子をデズモンドに勧めた。デズモンドがためらいながらも腰を下ろせば、お嬢様も鼻息荒く席に戻ってくれる。

 ようやく場が落ち着いて、私は店内の人々にぺこりと頭を下げた。

「騒がしくしちゃってごめんなさい。どうぞ私たちのことは気になさらず、お食事を楽しんでください」

 それでやっと少しずつ、店に喧騒が戻ってくる。
 お客さんたちが談笑し、店員さんは忙しくテーブルの間を行き来する。ほっと安堵したところで、店員さんがメニュー表を手に走ってきた。

「こちらは魔物除去食のメニュー表です。ペルレアは領境の街ですから、他領からのお客様も頻繁にいらっしゃるので一応ご用意はしているのです。料理の種類は少ないですが、よかったら」

「わあ、ありがとうございます!」

 メニュー表はデズモンドが受け取って、お嬢様もやっと機嫌を直してくれた。
 種類が少ない、というのは本当みたいで、デズモンドとお嬢様はさっさと料理を決めて店員さんを呼ぶ。

「私たちも早く決めましょ、アレクシス様!」

「ベルの分はわたくしと同じにすればいいわ。一緒に頼んでおいてあげたわよ」

「…………」

 え、ええええ~!
 それがお嬢様なりの気遣いだってわかってはいるけども……! 違うんです、私、私は御当地魔物料理が食べたくてここに来たんです~!

 言いたくても言えない言葉を飲み込んでいたら、隣のアレクシス様がフンと鼻を鳴らした。

「余計な真似を。ベルは魔物食が大好物だというのに、何もわかっちゃいないな」

 余分に頼んだ料理は全部自分で片付けろよ、と冷たく吐き捨てる。
 お嬢様の柳眉がきりりと逆立った。

「嘘つかないでっ、ベルがそんなゲテモノ料理を好むわけないでしょ!」

「毎日うまいうまいとモリモリ平らげているが?」

「違うわ! 本当は嫌で嫌でたまらないのに、あなたが恐ろしいから喜んで口にしている振りをしているだけ。わたくしにはわかる。ああ、なんて可哀想なベル……!」

 ……なんか、この二人めちゃくちゃ仲悪くない?

 婚約者同士というわりに、空気がこれ以上ないほど殺伐としている。ひたすら忍耐の表情を浮かべているデズモンドに、私は身を乗り出してこっそりささやきかける。

「こんな険悪な婚約者、この世に存在します?」

「ベルさん。現実を直視してください。存在してます」

 デズモンドが生真面目に肯定した。
 そうか、存在するのか……。

 私たちの会話を聞きつけて、お嬢様がくわっと口を開く。

「お互い絵姿でしか知らなくて、顔を合わせたのは今日が初めてなのよ!『不浄の辺境伯』の異名だけは知っていたけれど、ここまで無礼千万な男だとは思わなかったわ!」

「俺も遺憾ながら、ここまで会話の成立しない身勝手で自己中心的で我儘で高飛車で性格の終わった令嬢だとは知らなかった」

「なぁんですってぇ~っ!?」

「アレクシス様、しいっ。もうちょびっとだけ歯に衣着せましょうね?」

「マリアベル様。どうどう、どうどう」

 双方パートナーからなだめられ、二人はそっぽを向き合いながらもようやく黙ってくれる。
 私はこれ幸いと魔物食満載なメニュー表を覗き込み、むっつりと黙り込むアレクシス様の肩を叩いた。

「ねえねえ、どれにします? 私も横から一口二口三口くらい取るから、多めに頼んでも大丈夫ですよ?」

「…………」

「あっすごい名前だけど、これなんてどうです? 他所では味わえないペルレアの魔物肉料理・その名も『ドロッパゲの煮込み』~!」

「!? そ、それは駄目だっ!」

 アレクシス様が慌てたみたいに声を上げる。
 私はぽかんとして、顔を赤くするアレクシス様を見つめた。

「えっと、でも壁にもたくさんオススメって貼ってありますよ?」


 ――ペルレアに来て、ドロッパゲを食さないのは愚の骨頂!

 ――ほろりと美味いドロッパゲの煮込み

 ――三日と空けずにドロッパゲ


 食堂の壁にもメニューが貼られているのだが、ドロッパゲ推しは凄まじかった。

「ちょちょちょ、そんな気味の悪い料理やめなさいよベルッ! お腹こわすわよ!」

「ベ、ベルさん。普通の豚肉のシチューとパンのセットを頼みましたから」

「そ、そうだぞベル。今夜ぐらい魔物食はやめておけ」

「……なんで、アレクシス様までそっち側に付くわけ?」

 私はぶうとむくれた。

 だって、ドロッパゲ……ペルレアに来たらドロッパゲって……一度食べたらやみつきで、食べないやつはアホだって……。

 ああドロッパゲ。
 変な名前のドロッパゲ。

 未練たらたらの私の前に、温かなシチューとパンが供される。
 お盆を抱えた店員さんが私を見下ろし、にこりと笑みを浮かべた。

「ドロッパゲはきっと、領主様がご自分で奥様に振る舞いたいのでしょう」

「お、おいッ」

 うろたえるアレクシスを楽しそうに眺め、店員さんはいたずらっぽく私の耳にささやきかける。

「ドロッパゲという魔物はですね、狩った瞬間からどんどん鮮度が落ちて硬くなっていくんです。だからお店では煮込み料理でしか出せませんけど、ドロッパゲを味わう一番美味しい調理法は、実はシンプルな塩焼きなんですよ」

「へえ……!」

「領主様はお強い騎士様でいらっしゃいますからね。きっとご自分で奥様のために狩って、ご馳走してくださるおつもりなのでしょう」

 そうなの?とアレクシス様の肩をつつけば、アレクシス様は不承不承といった様子で首肯した。
 なるほどなるほど、だから視察に来るのに戦闘用の騎士服を着ていたってわけね。

「あははっ、そういうことなら大人しく待ちます。楽しみだなぁ」

「……いや。考えてみたら、ドロッパゲは煮込みと塩焼きで全く違う料理になる。むしろ煮込みの味を知った上で塩焼きを食べた方が、感激が倍増するかもしれんな」

 赤い顔のまま何度もうなずくと、アレクシス様はドロッパゲの煮込みを二人前注文してくれた。
 私は嬉しくなって、アレクシス様の肩をばしばしと荒っぽく叩く。

「妻の希望を叶えてくれる夫優しい。ボーナスほっぺ、ジュウ進呈!」
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