『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。
 ガタゴトガタゴト。

 実用性重視といった頑丈そうな馬車が、辺境に向かってひた走る。
 中にいるのは二人きり。仏頂面の屈強な大男と、設定上はマリアベルお嬢様である、私ことベルである。

 あれから。
 怒涛の展開で、拘束を解かれた私は息つく暇もなく男の乗ってきた馬車へと放り込まれた。
 身代わりとしてマリアベルお嬢様のお気に入りのドレスを身に着けた状態で、お嬢様の荷物どころか自分の私物すら何ひとつ持ち出せないまま。

(扱いが本っ気で借金の(かた)だなぁー……。そりゃあ、マリアベルお嬢様だって逃げ出すよね)

 小太りのゲイツ伯爵様は、ぷるぷる震えながら私を見送ってくれた。
 男の圧に逆らえず、私を自分の娘(マリアベル)であると認めた上で、である。涙に濡れてしわくちゃになったハンカチを、見えなくなるまで必死で振ってくれていたっけ。


 ――それももう、一月以上も前の話である。

 遠い。
 遠すぎる。

 あれから毎日休むことなく、私はこの馬車に揺られっぱなしだ。
 目的地である辺境に――一体いつになったら到着するのかっ!

「飽きたか」

「当たり前でしょっ、あっ……ではなくて、そ、そんなことはございませぬわホホホホホ」

 ……あれ、何か違うか?

 お嬢様言葉って案外難しい。
 実はこう見えて私も貴族の血を引いているのだが、理由(わけ)あって根っからの庶民育ちなのだ。これまで貴族の教育なんて一切受けちゃおらず、まあ仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 あ~あ、と開き直って大きく伸びをする。

「体がもうバッキバキです。まだかかるんですか? えぇと……セルヴァ、伯爵様?」

 私は上目遣いに男を窺った。

 男――この国の辺境の地を守護するセルヴァ伯爵は、相変わらず不機嫌そうな顔でじろりと私を見下ろした。

「もう半分以上の行程は終えた。……そんなことより、俺のことは名で呼べと言ったはずだ。我が妻となる自覚はあるのか?」

「……お名前、何でしたっけ?」

「夫の名を知らぬとは喧嘩を売っているのか貴様」

 伯爵様の目が剣呑な光を帯びる。

 馬車の温度まで急激に下がった気がして、私は大慌てで首を横に振った。

「待って、怒らないでくださいっ。今、今チャチャッと思い出しますからっ」

 そう、えぇと……マリアベルお嬢様は何と言っていたっけ?

 ――そうよあれだ、『不浄の辺境伯』っ!
 っていや違う。それは名前じゃなくって通り名だ。

 じゃああれだ『非モテの冷血漢』、いや違くて『いくら顔が良くたって冗談じゃないわ』『婚約を軒並み断られてるんですって当然よね』『魔物肉を食べているらしいわよおぞましい』って、これはお嬢様から聞いた単なる事前情報だ。しかも悪口。

(あともう一声っ!)


 ――……・セルヴァ

 ――魔界の脅威から我が国を守ってくださっている、尊きおかたなのだよ


「……アレクシス」

 ――アレクシス・セルヴァ

 ややあって、私はポツリとつぶやいた。
 男の目が見開かれる。

 その反応に自信がついて、私は座席から大きく身を乗り出した。

「アレクシス様、ですよねっ? 旦那様……ゲイツ伯爵様から聞きました!」

「旦那様ではなく、お父様と呼べ。常に己がマリアベルであるように振る舞うのだ」

 速攻で駄目出しされたが、どうやら名前は正解であったらしい。
 私は安堵に胸をなで下ろし、心の中で旦那様に感謝する。
 マリアベルお嬢様は嫌そうな顔で右から左に聞き流していたけど、旦那様は身振り手振りで懸命にお嬢様の婚約者を褒めちぎっていた。あくびをこらえつつ、私もお嬢様の後ろで一緒に聞いていてよかったぁ。

「……で?」

 窓辺に頬杖をつき、男は尊大に私に問いかける。で?

 意味がわからずにきょとんと私が首を傾げれば、男はトントンと己の胸を叩いた。で?

(……ああっ!)

 男の言わんとすることを、遅ればせながら理解した。
 私は満面の笑みを浮かべ、きちんと背筋を正して男の顔を見つめる。

「アレクシス様」

「もっと心を込めて」

 うるせえな。

 むっとしそうになるのを何とかこらえ、もう一度。

「アレクシス様っ!」

「もっと貴族令嬢らしく」

「アレクシスさま~」

「少し良くなってきた」

「アレクシスさまぁー」

「棒読みすぎる」

「アレクシスさ・まっ」

「……ふん」

 小首を傾げて可愛くあざとく呼んでやったら、ようやくご満足いただけたようだ。ちょっとだけ口角が上がっている。
 うん、面倒くさいわこの夫。

「マリアベル」

「違います私はベルです」

 目を逸らさずにきつく告げる。

 マリアベルお嬢様の振りをするのは自業自得でしょうがないにせよ、自分のものでない名前で呼ばれるなんて絶対にゴメンだ。
 肩を怒らせて睨みつければ、男は意外にもあっさりと引いてくれた。

「ふん。まあ、周囲には愛称だとごまかせば問題なかろう。たまたまだろうが、似た名前であったことを感謝するように」

 軽く腰を落とし、下から私の顔を覗き込む。

「ベル」

「……はい」

「辺境に戻ったら、すぐさま式を挙げよう」

「はああっ? 嫌です、断固拒否ですっ!」

 顔の前でバッテンを作って拒絶したのに、男は鼻で笑っただけだった。妻の可愛いお願いに対し、なんたる夫だ!

「納得いきませんー! 借金したのは私じゃないしっ」

「調子に乗って相場で()けたのは、紛れもなくお前の父親であるゲイツ伯爵だ。そして娘を貰い受けることを条件に、借金を肩代わりしてやったのは紛れもなくこの俺だ。……そして」

 男がむにーっと私のほっぺをつねる。

「――己こそがマリアベル・ゲイツである、と高らかに名乗ったのは誰だった?」

「むにゅーぅっ」

 はいはい、紛れもなくこの私でございますよっ!!
< 2 / 30 >

この作品をシェア

pagetop