『身代わり結婚』いただきます!不浄の辺境伯様は、どうやら私の◯◯がお気に召した御様子です。
「無理! 絶対に無理ですっ」

 私はぶんぶんと首を横に振った。

 瘴気。
 そんな大変なものを癒やす(すべ)など私にはない。自慢ではないが、容姿も普通ならこれといった特技もない、平々凡々な人間なのだ。

「そう大仰に構える必要はないわ。瘴気を浄化させるのは、あくまで瘴気を溜め込んだ本人自身。心が満たされさえすれば、自然と瘴気は打ち消されていく」

 ソニアさんの言葉に、私は目をまたたいた。そう……なの?

「特別な力は必要ないってことですか?」

「その通り。ただ、何に癒やされるかはそのひと次第。辺境騎士団の面々もいろいろよ。休日を趣味に費やしたり、毎日の帰宅後の猫吸いを心の支えにしている騎士もいる」

 その他、推しを追っかけたり街で可愛い女の子をナンパをしたり、皆それぞれに瘴気の浄化法を持っているのだそうな。

 私は思わずアレクシス様に、じとっとした目を向けてしまう。

「アレクシス様には独自の方法がないんですか? 領主様なのに、ちょっと遅れてるんじゃあ……」

「悪かったな。どうせ俺は無趣味のつまらん男だ」

 あ、拗ねちゃった。

 少しだけ可哀想になって、私は上目遣いに彼を窺った。でもアレクシス様はかたくなにこちらを見ようとしない。

 気まずい沈黙が流れる中、ソニアさんがふっと小さく息を吐いた。

「彼に家庭を持つよう勧めたのはわたしなの。けれど、婚姻を結ぶのは旦那様にとってはとても難易度の高いことだった。本人も認めた通り、何の面白味も愛想も気配りもない上に、瘴気の影響か常に陰鬱な空気をまとっているし、性格は暗いし」

「あ~、なるほど。それで付いたあだ名が」

「そ。『不浄の辺境伯』ってわけ」

 それで縁談も軒並み断られ、最後にたどり着いたのがマリアベルお嬢様だったというわけか。
 借金の形にでもしなければ誰も奥さんになってくれなかったと知り、私の胸にぶわっと同情心が湧き起こる。

「お気の毒に、アレクシス様……っ」

「やめろ。そんな目で俺を見るな」

 アレクシス様がますます拗ねた。

 私はひょいと席を立ち、テーブルを回ってアレクシス様の顔を覗き込む。うん、黙っていたら美形だし、引く手数多だと思うんだけどな。

「結婚に必要なのは顔じゃないわ。包容力よ」

「なるほど、つまりアレクシス様には包容力も欠けてるってこと……うひゃいっ」

「お前たちに人の心はないのか?」

 ほっぺをつまんでひねられた。家庭内暴力反対ーっ!

 私はアレクシス様の手から逃げ出して、両手でほっぺを押さえて防御する。しくしくと嘘泣きをして身をよじった。

「もお離婚よっ」

「ほう。離婚したいと言うならば、まずは結婚せねばならんな。式は明日でいいか?」

「展開が早すぎる! 少し落ち着け!」

 どんだけ結婚したいんだよ!!

「結婚さえすれば癒やされるって考えはどうかと思います! そもそも私たちの間には愛なんか皆無だしっ」

「愛はなくとも癒やしならある。……相手がお前ならば、確実にな」

「…………」

 へ?

 私はぽかんとして立ち尽くした。
 つまり……どういうこと?

 胸の中で何度も彼の言葉を反芻し、私はカッと目を見開く。

 アレクシス様は……もうすでに私に癒されてるってことっ?

「なんてこと、私の魅力にやられちゃったんですね!?」

「そういうことにしておいてやってもいい。ともかくさっさと式を挙げるぞ、ああ、一回きりしか着らん純白のドレスなぞ必要ないからな。普段着で充分だ」

「最悪だこの夫」

 やっぱり結婚、断固拒否。

 かといって、私にゲイツ伯爵家に戻るという選択肢もない。
 戻っても仕えるべきマリアベルお嬢様はもういないし、そもそも身代わり事件で大恩ある旦那様に迷惑かけちゃったし、そしてここ辺境は遠すぎたし、再びの長旅に耐える根性は私にはない。

「……メイドじゃ、駄目ですか?」

 考え抜いた末、妥協案を提案してみる。
 が、アレクシス様は不快そうに眉根を寄せてかぶりを振った。

「却下だ。メイドに手を出す主人など、外聞が悪いにもほどがある」

「えっ手を出す気満々なの!? そして妻ならば出し放題である、と!?」

 ロリコン取り締まり屋さぁん!
 ここに、ここにロリコンがいますよー!

 大慌てでソニアさんの方に逃げ帰ると、ソニアさんも眼差しをキツくする。

「旦那様。ベルさんはマリアベル様ではありません。マリアベル様ではなくベルさんを選ぶとおっしゃるならば、まずは婚姻の申し込みからやり直すべきです」

 いや、申し込まれましても。

 身分違いだし、私に断るのなんて不可能だよね。
 困り果てる私を見て、ソニアさんがふっと笑う。

「安心して。あなたが断りたいと思うなら、わたしがどんな手段を使っても助けてみせる」

 格好良く言いきって、ほっそりした美しい手で私の両手を包み込んだ。

「――だからどうか、旦那様に機会をあげてほしい。不出来なところも多いけど、わたしの大切な息子なの」

「…………」

 …………

 …………

 …………

 むすこ?

「……むす、むす……?」

「あっ間違えたわ。息子同然、と言おうとしたの」

 混乱したまま、ぎくしゃくとソニアさんとアレクシス様の顔を見比べた。
 苦虫を噛み潰したような顔をしていたアレクシス様は、はあっと重苦しくため息をつく。

「ソニアは俺の亡き母の昔の学友で、幼少のころから住み込みで俺の家庭教師をしてくれたのだ」

 学友……?
 アレクシス様の、()()()の……?

「今はもちろん教師は引退済で、旦那様の執務の補佐をしているの。ベルさんもわからないことがあったら何でも聞いて。息子同然の未来の嫁なら、ベルさんはわたしの娘も同然だもの」

 せいぜい頼るがいいわ、わたしの可愛い子どもたち。

 豊満な胸をドンと叩き、ソニアさんは力強く宣言した。
 その肌にはやはりシミひとつなく、すべすべで、きめ細やかで、えぇとえぇと……?

 あわあわしていたら、旦那様が私の肩に重々しく手を置いた。

「……聞いて驚け。実はソニアはこう見えて、もうゴッッッッ――――フゥ!?」

「乙女の年齢を暴露するなこの馬鹿息子」

 惚れ惚れするほど見事なソニアさんの蹴りが炸裂した。
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