この恋が、すべてのはじまり。〜学校一の美女が毎日のようにいじめてくる地味子は、彼女が崇拝する神インフルエンサーです〜

第1話:地味子と、王子様と、スマホの中の「私」

「……よし。今日も完璧に地味」
洗面所の鏡に向かって、私はひとつ頷いた。
度数の合っていない分厚い黒縁眼鏡。
おでこを隠す重ための前髪。
後ろで一本に結んだ垢抜けない髪型に、わざと長めの丈にした制服のスカート。
私の名前は如月 葵(きさらぎ あおい)。
今日から私立神楽坂学園に編入する、どこにでもいる……いや、どこにいても一瞬で見失いそうな「地味子」だ。
でも、私には世界中、誰にも言えない秘密がある。
スマホを開き、SNSのアプリをタップする。
画面に表示されたのは、アイコンに設定された金髪ツインテールの美少女。そして、その横に並ぶ数字。

【 葵。 @aoi_official フォロワー:100,000,000人 】

そう、私は登録者数1億人を誇る、世界的大人気インフルエンサーの『葵。』本人なのだ。
ネットの世界では、私がコスメを紹介すれば翌日には世界中で完売し、私が服を着ればそれが最先端のトレンドになる。
まさに「神」なんて呼ばれることもあるけれど……リアルな世界では、目立たず平穏に生きるのが私のモットー。
だって、バレたら学校生活がめちゃくちゃになっちゃうから。
「ふぅ……緊張するな。よし、行こう」
スマホをポケットにしまい、私は新しい学校の門をくぐった。
「如月さん、君の席はあそこ、南くんの隣ね」
担任に促され、私は下を向いたまま教室の窓際、一番後ろの席へと歩いた。
クラスメイトたちの「なんだ、地味な奴だな」という視線が刺さる。これでいい。目立たないのが一番だ。
席につき、カバンを机の横にかけようとした時、手が滑って筆箱を床に落としてしまった。
中身のペンがバラバラと転がる。
「あ、すみません……っ」
慌てて拾おうとした私の前に、すっと綺麗な手が伸びてきた。
「はい、これ。大丈夫?」
見上げると、そこには信じられないほど爽やかな笑顔の男の子がいた。
整った顔立ちに、優しげに細められた瞳。彼こそが、隣の席の南くんだった。
「あ……ありがとう、ございます」
「俺は南。よろしくね、如月さん。わからないことがあったら、なんでも聞いて」
ドキン、と心臓が大きな音を立てた。
これまでネットの世界で、何千、何万という男の人からDMやコメントをもらってきた。
でも、目の前でこんなに純粋で、優しい視線を向けられたのは初めてだった。
(……あ、これ、好きになっちゃうやつだ)
自分の頬が熱くなるのがわかった。この恋が、すべての始まりになるとも知らずに。
しかし、現実は少女漫画のようにはいかない。
その日の昼休み、私は残酷な現実を知ることになる。
廊下が突然、ザワつき始めた。
生徒たちがモーゼの海割りのように道をあける。その中心を歩いてくるのは、圧倒的なオーラを放つ一人の美少女だった。
文珠史郎 亜奈柚樹(もんじゅしろう あなゆき)。
誰もが振り返る学校一の美女。
そして、彼女の隣には……さっき私に優しくしてくれた、南くんがいた。二人は親しげに腕を組み、笑い合っている。
「南くん、今日の放課後デートね?」
「あぁ、わかってるよ、あなゆき」
……付き合ってる。
そうだよね。あんなにかっこよくて優しい男の子に、彼女がいないわけがない。
しかも相手は学校一の美女。私みたいな地味子が片想いしていい相手じゃなかったんだ。
「はぁ……」
小さくため息をつき、私は胸の痛みを誤魔化すように、自分の席に戻って静かに気配を消した。
これ以上、南くんに惹かれたらダメだ。距離を置こう。
そう決意した、その時だった。
「ちょっと、あんた」
頭上から、ツンとすました声が降ってきた。
見上げると、そこにはあなゆきと、その取り巻きの三人衆——た・し・か……というか、多分?
佐々木麗奈、橘美羽、五島愛菜が、私の机を取り囲むように立っていた。
あなゆきは腕を組み、ゴミを見るような目で私を見下ろしている。
「あんたさぁ、朝から南くんに色目使ってたって麗奈たちから聞いたんだけど? 私の南くんに、汚い顔で話しかけないでくれる?」
「えっ……私は、ただ筆箱を拾ってもらって……」
「言い訳すんじゃないわよ、このブス!」
五島愛菜が私の机をバン!と激しく叩いた。ビクッと肩が跳ねる。
「あなゆき様の南くんに色目使うなんて、100年早いのよ!」
「ほんと。名前だけは一丁前に『葵』だけどさ、顔と名前が不一致すぎてウケるんだけど」
橘美羽がクスクスと笑う。すると、あなゆきがフンと鼻で笑い、自分の最新型のスマホを私の目の前に突きつけてきた。
「ちょっとこれ見てよ。私の最推し、フォロワー1億人の神インフルエンサー『葵。』様! 超絶可愛いでしょ? 私の憧れなの!」
画面に映っているのは、昨日私が自宅のスタジオで自撮りしてアップした、奇跡の1枚(加工少なめ)の画像だった。
あなゆきは、画面の中の「私」をうっとりと見つめた後、再び冷酷な目で現実の「私」を睨みつけた。
「葵。ちゃんはさ、めっちゃ可愛いのに、あんたはマジでブスだね!  同じ名前なのに、存在してるだけで葵。ちゃんへの侮辱なんだけど。ほんと、生きてて恥ずかしくないの?」
……。
……えーっと。
(いや、それ鏡の中の私だけど!!!???)
(え、何その究極のブーメラン。スマホの中の私を神と崇め奉りながら、目の前にいる本人をブスって罵倒するって、どんな高度なお笑いセンスだよ!? ギャグ線高すぎか!!)
危うく吹き出しそうになるのを、私は必死に唇を噛んで耐えた。
「ご、ごめんなさい……っ」
怯えるフリをして頭を下げる。
あなゆきは「チッ」と舌打ちをすると、「行くよ、みんな」と言って、取り巻きを連れて去っていった。
これが、私の地獄の学園生活の幕開け。
そして——あなゆきにとっての、破滅へのカウントダウンの始まりだった。
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