壊れたままでも、君がいた

第一話 言葉のない距離

四月。

新しい大学、新しい教室。

「……ここで合ってるよね」

桜川りんは教室のドアを静かに開けた。

視線が一斉にこちらへ向く。

当然だった。

りんは、目を引く。

整った顔立ちに、柔らかく編まれた二つの三つ編み。歩くだけで空気が少し変わる。

まるでお人形のような顔立ち。

それでも、りんは気にしないまま一番後ろの窓際に座った。

誰かと群れるのは、昔から苦手だった。

高校生の頃から、昼休みは図書館。

放課後はまっすぐ帰る。

それで十分だった。

人を信じると、いつかは裏切られる。

りんは経験上それを知っていた。ずっと友達がいなかったわけじゃない。だけど、それは本当に友達だったのかはよく分からなかった。

「ねぇ、見て」

小さな声が聞こえる。

その声で現実に引き戻される。

「あれでしょ。噂の新入生」

「怖い人がいるってやつ」

「……悠真って名前」

教室の空気がわずかに変わった。

ドアが開く。

一人の男子が入ってくる。

180cm越えの身長。視線が自然と集まる。

金髪、切れ長の目。

整いすぎた顔立ち。

まるで芸能人みたいだった。

(……かっこいい)

そう思った瞬間だった。

「きゃー、イケメン!」

女子の声に、彼はゆっくり目を向けた。

次の瞬間、空気が止まる。

冷たい視線だった。

誰も言葉を出せなくなる。

「……やば」

「怒ってる?」

「近寄らない方がいいよ」

彼は何も言わず、一番後ろの席に座った。

その席は偶然、りんの隣だった。

「……」

「……」

言葉はない。

それがむしろ自然だった。



昼休み。

りんはいつものように図書館へ向かった。

静かな場所の方が落ち着く。

本を選び、席に座ろうとした時だった。

「そこ」

低い声。

振り向くと、彼が立っていた。

「……?」

「その席、空いてる?」

「え、うん……」

「隣、いい?」

「……どうぞ」

悠真は短く言って座る。

それきり、会話はない。

ページをめくる音だけが響く。

不思議と、気まずさはなかった。



翌日も、また図書館。

その次の日も同じ場所。

言葉はないのに、距離は少しずつ近くなっていく。



ある日。

女子三人組が彼に近づいた。

「ねぇ悠真くん!」

「今度遊びに行かない?」

「連絡先教えてよ」

彼はスマホから目を上げない。

「無理」

「え?」

「興味ない」

一瞬で会話は終わった。

あまりに冷たくて、女子たちは顔を見合わせる。

「感じ悪……」

その声も届かない。

りんは横で本を読みながら、少しだけ息を吐いた。

「もう少しいい断りないの?」

悠真はちらりと視線を向ける。

「期待持たせる方が、もっと失礼だろ」

「……」

りんは言葉が出なかった。

確かに、それは正しかった。



数週間後。

教授が言った。

「レポートは二人一組で作成してください」

教室が一気にざわつく。

「一緒にやろ!」

「こっち来て!」

りんは一人のまま、少しだけ視線を落とした。

(また一人かな……まあいいけど)

その時だった。

「なあ」

顔を上げる。

悠真が立っていた。

「組もう」

「……私?」

「他に誰がいんだよ」

「でも……」

「嫌なのか」

「嫌じゃないけど……」

「じゃあ決まり」

それだけで話は終わった。

周りがざわつく。

「え、なんでりん?」

「悠真が自分から?」

りん自身が一番驚いていた。



レポート当日。

図書館でレポートを書くために必要な資料を探していると、本棚の上に手が伸びる。

「これか?」

「……ありがとう」

距離が近い。

肩が少し触れそうだった。

りんは思わず目をそらす。

「…おう」

悠真は少しだけ笑った。

りんは目を見開く。

「……悠真って、笑うんだ」

「………」

悠真は苦虫を噛み潰したような気まずい顔をしていた。

「……見間違いだろ」

そう言いながら、耳だけが少し赤い。

その瞬間を、誰かが見ていた。

「今の……」

「笑ったよね?」

「りんにだけ?」

小さな噂は、すぐに広がる。
その日から、大学中で一つの噂が流れ始めた。

…悠真は、りんにだけ態度が違うらしいよ

そして、その噂はまだ始まりにすぎなかった──。二人はまだ知らない。これから始まる恋物語を。
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