月影の彼方〜千年の約束〜
第十五話 帰省
月島家から帰って数日後。
夏休みも中盤に差し掛かった。
晃が、扇風機の前を陣取りながら、コンビニで買ってきたラムネを飲んでいた。
「なんでこの施設にはエアコンがねーんだよ。おかしいだろ、今時」
「エアコンなら食堂と談話室にあるだろ」
「各部屋に、だよ!」
「それは……予算が足りないんじゃない?」
「リアルなこと言うなよー」
そんな話をしていた時だった。
「……なぁ」
晃が思いついたように顔を上げる。
「俺んち、泊まりに来る?」
「え?」
「あ、でもダメだ、俺んちはリッカが入れないんだった」
あちゃー、と額に手を置く晃は、一人芝居をしているみたいでなんだかおかしかった。
「俺んち夏でも涼しいんだよなー部屋にエアコンもあるし!」
リッカ抜きで、という考えは初めからないようで、その気持ちが少し嬉しかった。
だからだろうか。
「じゃあさ」
以前の俺なら絶対に言わないだろう言葉が、俺の口からついてでた。
「俺んち、来るか?」
「え!晴人んち!?」
そしてその言葉に思ったよりも食いついたのは晃だった。
「そういやお前んちもバカでけーって言ってたな!エアコンあるか!?」
「……わからないけど、親戚の人たちがいつでも俺が戻れるようにって管理してくれてるから、電気も来てるはず」
それに。
それまで一言も発していないリッカを見た。
「俺んちなら、リッカも普通に出入りできるし」
リッカも喜ぶ。
そう思ったのだったが。
「……リッカ?」
肝心のリッカは、というと。
「……どうして現代の日本の夏はこんなに暑いんだ」
完全に暑さにやられているようで、二人の話をほとんど聞いていないようだった。
「お前妖怪なのに暑さとか感じるのか」
晃が、興味津々と言わんばかりにリッカに詰め寄る。
「寄るな、暑苦しい」
「ひでーな」
リッカに邪険にされながらも、楽しそうに晃が笑う。
「そういえば怪談に出てくる幽霊も涼しい場所にいるよな」
「俺は幽霊などではない。一緒にするな」
その言葉に晴人も笑う。
「で、なんだ?月島の家に行くのか」
「なんだ、聞いてんじゃん」
晃の言葉に、リッカが苦い顔をする。
「あ、そういえば晴人のうち、◯◯市だったよな?」
「ああ。確かそうだな」
「来週花火大会あるじゃん!それも行こうぜ!」
「花火大会?」
「そう!」
「晴人、覚えていないか?その花火大会なら昔両親に連れられてお前も行ったことあるぞ」
リッカも乗ってくる。
「んー。覚えてない。でもリッカ、そういう騒がしいところ嫌いじゃなかったか?」
「人間はいつの時代も祭りが好きだからな。長く人と過ごしたせいか、祭りはそんなに嫌いじゃない」
リッカが、ふ、と笑う。
その顔は穏やかで、遠い記憶を思い出しているかのように目を細めた。
「よし、そうと決まれば準備だ準備!俺荷物まとめてくる!」
そこからは話がとんとん進んだ。
月島家に泊まる。
いや、自分の家に帰る。
そう考えるとなんだかくすぐったい気持ちになって、晴人は笑った。
————
——
「うわー、話には聞いてたけどでっかい家だな」
「そうか?晃んちの方が広かっただろ」
「ここが守り憑きが千年守ってきた家か……。じいちゃんにも見せてやりたかったな」
「じいちゃん?」
「そ。俺、子供の頃親死んでて。じいちゃんに育てられたんだ」
「そうだったのか」
「でもそのじいちゃんも去年病気でさ。だから俺、施設に来たんだよ」
だから晃はあの時。
初めて晃が施設に来た時、どうしてここに来たの、と施設の子に聞かれて、言葉を濁してチラ、とこちらを見たのは、似た境遇だと知っていたからだったのか、と気付く。
俺は一度は親戚家族に引き取られたけと、家族と呼べるのはリッカだけだった。
そして、晃もまた、家族と呼べるのは祖父だけだった。
「そんでな、じいちゃん、家に残ってる昔の文献とかめっちゃ読んでて、月島の守り憑きにもすげー興味持ってたんだよな」
「そうなのか?」
「昔話になると決まってその話だった」
晃が懐かしそうに目を細める。
「昔俺の先祖が唯一封印出来なかった妖が月島の守り憑き。つまりリッカ。お前なんだよ」
リッカの視線が少し揺らいだ。
「まぁ、もう昔の話だけどな。それより早く中案内してくれよ」
「リッカ、頼む」
「……こっちだ」
リッカは慣れたように庭を進む。
その後ろをゆっくり着いて行った。
この前も感じた。
覚えていないはずなのに、どこか懐かしい記憶。
ああ、そうだ。
この庭を抜けると玄関があって、玄関を開けると大きな廊下があって。
——帰ってきたんだ。
そう思った時、ツン、と鼻の奥が痛くなって、思わず咳払いで誤魔化した。
二人は何も言わなかった。