彼らの夏が終わる
00.夏が、始まらない
ある晴れた初夏の朝、黒杉一輝が家を出ると、ちょうど向かいに住む幼馴染、赤江愛香も出てきたところだった。
「一輝、おはよ」
「……はよ」
「なんでそんなに嫌そうなの?」
「愛香重てえから自転車に乗せたくねえんだよ」
一輝が言うと、愛香が目を釣り上げた。
「乗せてなんて言ってないじゃん! 自分で行くし!」
「そうしてくれ。さっさと行こうぜ」
「……一緒には行くんだね」
「学校行くんだろ?」
愛香は少し笑って自転車に跨った。学校の方の空には厚い雲が浮いていた。
***
二人は高校に着くとバスケ部の部室に向かった。
愛香はカバンを置き、分厚いファイルを抱えて体育館に向かう。すっかり晴れ間の消えた空のせいで、体育館は朝から暗かった。
一輝も急いで着替えて追いかけた。
「まずはストレッチして、軽く走ろうか」
愛香の掛け声で、部長の一輝を先頭に部員たちがストレッチを始めた。その後全員で走りに向かう。
「一年、遅れてるぞ!」
「一輝がペース上げ過ぎなんだっての!」
「たらたら走って意味あんのかよ!」
一輝と副部長の白石大雅が喧嘩しながら先導する。後を追う二年生は苦笑し、一年生は息をきらしていた。
戻ってきた部員に愛香は飲み物とタオルを配っていく。
「じゃあ今日はシューティング十分から。一輝、大雅、お手本して。一年、二年と続いて、はい開始!」
愛香がパシッと手を叩き、一輝がボールを構えた。
「っし」
ボールはリングをかすることなく通り抜けた。
続く大雅もあっさりゴールを決める。
「次、一年」
「は、はい……あっ」
一年生で最初にボールを投げた男子のボールはリングに弾かれた。
「だいじょぶ、練習だから。はい、次……」
「大丈夫じゃねえよ、ちゃんと狙え!」
一輝の怒鳴り声に次にボールを構えた一年生が肩をすくめた。
愛香が止める間もなくボールが放られ、リングに当たることもなく転がっていった。
「す、すみません……」
「君が謝ることなんてないよ。次いこう」
「おい、マネージャーのお前がそんな甘っちょろいこと言ってるから!」
「闇雲に怒鳴ってうまくなるわけないでしょ!」
言い合う一輝と愛香の間に大雅が割って入った。
「はい、痴話喧嘩しない。一年、シューティング続けて。愛香、シューティングの次は?」
「誰が痴話喧嘩か! ハンドリングしたいからコーン取ってくるよ」
愛香は踵を返し、倉庫からコーンを持ってきて並べた。
その間も一年生はほとんどボールがゴールに入らず、二年生も半分ほどしか入らなかった。
「……やる気あんのかよ」
「怒鳴ってやる気削いでたら意味ねえよ」
唇を尖らせる一輝に、大雅が呆れた顔をした。
「あの程度で入らねえなら試合で決まるわけねえし」
「未経験の一年生に期待しすぎ。ていうか一輝のそれは愛香が一年に気遣ってるから嫉妬してるだけだろ。ダッサ」
「んなわけねえだろ!」
声を張った一輝に、バスケ部だけではなく、一緒に体育会を使っていたバレー部まで振り向いた。
「わかりやすすぎ」
大雅はまた苦笑して、何でもないと手を振った。
「なに喧嘩してるの?」
「……してねえよ」
コーンを並べ終えた愛香に、一輝はそっぽを向いた。
「そう? シューティングは全員終わったね。じゃあハンドリング練習するから、三年生、一年生、二年生の順で並んで、はいスタート!」
ハンドリングもシューティング同様、苛立ちながら怒鳴る一輝に一年生が萎縮してしまい、ほとんど成功しなかった。そのせいで一輝はますます苛立ち、一年生が萎縮する悪循環になっていた。
朝練を終え、一輝が足を踏み鳴らしながら体育館を出ていくと、一年生がそろって愛香のもとへやってきた。
「……赤江先輩、俺ら、もう無理です」
「そっか」
愛香には彼らを引き留めることはできなかった。
原因はわかりきっているし、それを咎めることはできても、止めさせることができなかった自分にも原因があると思っていた。
「すんません」
「きみたちが謝ることじゃないよ。こっちこそ、ごめんね。楽しくバスケさせてあげられなくて」
薄暗い体育館で愛香は頑張って笑顔を浮かべ、一年生を見送った。
***
昼休み、愛香は一輝と大雅の教室へ向かった。
外はすっかり曇っていて、今にも雨が降りそうだ。
「一年生、全員辞めるってさ」
愛香の声は、騒がしい教室の中でやけに響いて一輝には聞こえた。
一輝は絶句し、大雅は深く息を吐く。
「部員が四人になっちゃったから、地区大会に出られなくなっちゃった。何か考えないと」
「何かってなんだよ」
低く唸る一輝に、愛香は「何かだよ」とだけ返して踵を返した。
このまま廃部だけは嫌だった。そのことで一輝を腐らせたくない。
愛香は顔をしかめながら、自分の教室へ戻った。
サッカー部のマネージャーをしている友達、三枝メイサが愛香に気づいた。
「まなちゃん、なんかあった?」
「あった……」
空からは大粒の雨が降り出していた。愛香は折り畳み傘を忘れたことも、自転車で来てしまったことも、一年生がいなくなってしまったことも、どこから説明していいかわからず、うつむくしかなかった。
「一輝、おはよ」
「……はよ」
「なんでそんなに嫌そうなの?」
「愛香重てえから自転車に乗せたくねえんだよ」
一輝が言うと、愛香が目を釣り上げた。
「乗せてなんて言ってないじゃん! 自分で行くし!」
「そうしてくれ。さっさと行こうぜ」
「……一緒には行くんだね」
「学校行くんだろ?」
愛香は少し笑って自転車に跨った。学校の方の空には厚い雲が浮いていた。
***
二人は高校に着くとバスケ部の部室に向かった。
愛香はカバンを置き、分厚いファイルを抱えて体育館に向かう。すっかり晴れ間の消えた空のせいで、体育館は朝から暗かった。
一輝も急いで着替えて追いかけた。
「まずはストレッチして、軽く走ろうか」
愛香の掛け声で、部長の一輝を先頭に部員たちがストレッチを始めた。その後全員で走りに向かう。
「一年、遅れてるぞ!」
「一輝がペース上げ過ぎなんだっての!」
「たらたら走って意味あんのかよ!」
一輝と副部長の白石大雅が喧嘩しながら先導する。後を追う二年生は苦笑し、一年生は息をきらしていた。
戻ってきた部員に愛香は飲み物とタオルを配っていく。
「じゃあ今日はシューティング十分から。一輝、大雅、お手本して。一年、二年と続いて、はい開始!」
愛香がパシッと手を叩き、一輝がボールを構えた。
「っし」
ボールはリングをかすることなく通り抜けた。
続く大雅もあっさりゴールを決める。
「次、一年」
「は、はい……あっ」
一年生で最初にボールを投げた男子のボールはリングに弾かれた。
「だいじょぶ、練習だから。はい、次……」
「大丈夫じゃねえよ、ちゃんと狙え!」
一輝の怒鳴り声に次にボールを構えた一年生が肩をすくめた。
愛香が止める間もなくボールが放られ、リングに当たることもなく転がっていった。
「す、すみません……」
「君が謝ることなんてないよ。次いこう」
「おい、マネージャーのお前がそんな甘っちょろいこと言ってるから!」
「闇雲に怒鳴ってうまくなるわけないでしょ!」
言い合う一輝と愛香の間に大雅が割って入った。
「はい、痴話喧嘩しない。一年、シューティング続けて。愛香、シューティングの次は?」
「誰が痴話喧嘩か! ハンドリングしたいからコーン取ってくるよ」
愛香は踵を返し、倉庫からコーンを持ってきて並べた。
その間も一年生はほとんどボールがゴールに入らず、二年生も半分ほどしか入らなかった。
「……やる気あんのかよ」
「怒鳴ってやる気削いでたら意味ねえよ」
唇を尖らせる一輝に、大雅が呆れた顔をした。
「あの程度で入らねえなら試合で決まるわけねえし」
「未経験の一年生に期待しすぎ。ていうか一輝のそれは愛香が一年に気遣ってるから嫉妬してるだけだろ。ダッサ」
「んなわけねえだろ!」
声を張った一輝に、バスケ部だけではなく、一緒に体育会を使っていたバレー部まで振り向いた。
「わかりやすすぎ」
大雅はまた苦笑して、何でもないと手を振った。
「なに喧嘩してるの?」
「……してねえよ」
コーンを並べ終えた愛香に、一輝はそっぽを向いた。
「そう? シューティングは全員終わったね。じゃあハンドリング練習するから、三年生、一年生、二年生の順で並んで、はいスタート!」
ハンドリングもシューティング同様、苛立ちながら怒鳴る一輝に一年生が萎縮してしまい、ほとんど成功しなかった。そのせいで一輝はますます苛立ち、一年生が萎縮する悪循環になっていた。
朝練を終え、一輝が足を踏み鳴らしながら体育館を出ていくと、一年生がそろって愛香のもとへやってきた。
「……赤江先輩、俺ら、もう無理です」
「そっか」
愛香には彼らを引き留めることはできなかった。
原因はわかりきっているし、それを咎めることはできても、止めさせることができなかった自分にも原因があると思っていた。
「すんません」
「きみたちが謝ることじゃないよ。こっちこそ、ごめんね。楽しくバスケさせてあげられなくて」
薄暗い体育館で愛香は頑張って笑顔を浮かべ、一年生を見送った。
***
昼休み、愛香は一輝と大雅の教室へ向かった。
外はすっかり曇っていて、今にも雨が降りそうだ。
「一年生、全員辞めるってさ」
愛香の声は、騒がしい教室の中でやけに響いて一輝には聞こえた。
一輝は絶句し、大雅は深く息を吐く。
「部員が四人になっちゃったから、地区大会に出られなくなっちゃった。何か考えないと」
「何かってなんだよ」
低く唸る一輝に、愛香は「何かだよ」とだけ返して踵を返した。
このまま廃部だけは嫌だった。そのことで一輝を腐らせたくない。
愛香は顔をしかめながら、自分の教室へ戻った。
サッカー部のマネージャーをしている友達、三枝メイサが愛香に気づいた。
「まなちゃん、なんかあった?」
「あった……」
空からは大粒の雨が降り出していた。愛香は折り畳み傘を忘れたことも、自転車で来てしまったことも、一年生がいなくなってしまったことも、どこから説明していいかわからず、うつむくしかなかった。
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