Bitter Peach─この想いを、恋と呼べないまま─

17.シュークリーム

 その次の休日も、輝生は朝から車で出掛けていった。平日なので仕事へ行く柚月と一緒にいつも通りに朝食をとり、軽く身なりを整えるといつの間にかいなくなっていた。
 どこへ何をしに行く、とは一切聞いていない。
 プライベートの話はほとんどしていないので輝生の事情は分からなかったし、柚月も──失恋や合コン失敗の話以外は──何も話していなかった。彼に恋人ができた話も聞いていないし、そんな気配もない。もしもいるなら帰りが遅いことも増える気がするけれど、輝生は仕事からは寄り道せずに帰ってくるし、誰かにプレゼントを買っているような様子もなかった。そもそも恋人がいればルームシェアのことも話すはずだけれど、家を出ていく、とも言いそうな気配はない。
「北原さん、何か考え事?」
 仕事の休憩時間、食事を終えたあと柚月は輝生のことを考えていた。それを先輩に見つかってしまった。
「まぁ……」
「彼氏できたとか?」
「いえ、できてないですよ」
 合コンで失敗が続いていることを、先輩と同期には話していた。
「合コンも疲れたし、家と会社の往復です」
 柚月の休日はカレンダー通りなので、土曜はだいたいのんびりしていた。休みでも起きろ、と輝生に怒られるので朝食は一緒に取っているけれど、彼が仕事に出掛けたあと、柚月はいつもソファで眠ってしまっていた。
「あれは? 男の人とルームシェアしてるって言ってたやん? 最近どうなん?」
「どうなんやろ? 最初に比べたら話すようになったけど、それくらいかなぁ。個人的なことあんまり知らんし。今日も休みで出掛けてったけど、どこ行くかは聞いてないし」
 輝生がアパレルの店長なのは既に話していた。写真はないので見せていないけれど、先輩と同期は勝手にイケメンを想像しているらしい。
「彼女に会いに行ったとか?」
「いや、彼女……、いないと思います」
「うーん。それなら、好きな子はいるけど片想いとか?」
「どうなんやろ? でもそれなら、場所くらい分かってますよね?」
 輝生は基本的に面倒臭いことが嫌いなので、どこにいるのか分からない誰かを訪ねて行くとは思えなかった。せめて場所が分かってから、距離と時間を計算して出掛けていくはずだ。
「こないだも出掛けてったんですけど、予定より早く帰ってきて〝あてが外れた〟って言ってたんですよ」
「あて? 何か探してるん?」
「分からないです。何もなかったか、人に会えんかったか……」
 予定がなくなってしまったので、道の駅で買い物をしてきてくれた。ゼリーはとても美味しかったので輝生にも勧めると、また買いに行こうかな、と言いながら味わって食べていた。
「うーん……その感じやったら、女の線は無さそうやな」
「……そうなんですか?」
「たぶんやけどな。まず、北原さんみたいに、ルームシェア嫌がられた、みたいな話はないんやろ?」
「ないです」
「あと──、ご飯作ってくれるし、お土産も買ってきてくれるんやろ? 面倒くさがりやのに」
「はい……」
「めちゃくちゃ優しいやん。北原さんのこと好きなんちゃうん?」
「いや、それは……。それに、同僚を紹介しようとしてたんですよ? そんなことします?」
 もしも輝生が失恋続きで、柚月が輝生のことを好きだとしたら。新たな恋人を探そうとしている彼に、友人を紹介しようとは思わない。友人と輝生が仲良くなるのは見たくないし、喧嘩した、なんてことも聞きたくない。友人より先に、柚月が告白する。──もちろん、いまの柚月にはそんなつもりはないけれど。
「それに、変なこと言ってたんですよねぇ。〝海水浴場は南のほうか?〟って。泳ぐ趣味はないのに」
「ふぅん……。よぉわからんな」
「はい。分からなさすぎて」
「聞いてみたら? どこ行ってんの、って」
 前回は輝生は早くに帰ってきていたけれど、今回は柚月が帰宅してもまだ彼は帰っていなかった。晩ごはんの支度がまだなので、柚月は〝買い物に行く〟とメモを置いてから着替えずに出掛けた。
 出掛けたけれどこれから料理する気にはなれなかったので、簡単にそうめんにした。真夏ではないのでゆで時間も苦ではないし、輝生が何時に戻るかもわからない。揚げ物の惣菜と薬味をいくつか買って帰ると、輝生がリビングでスマホを片手に立っていた。
「いま柚月に電話してた……。何か買い物してきてくれたのか?」
「はい」
 柚月は買ってきたものをテーブルに置いて、手を洗ってからトースターのトレイを出した。揚げ物を温め直そうとアルミホイルを出していると、輝生が交代してくれた。
「俺がやる。おまえ着替えてこい。あとは──そうめんか?」
「はい……。お願いします」
 輝生が続きをしている音を聞きながら階段を上り、柚月は部屋に入った。いつものように簡単に着替え、急いで階段を下りた。トースターはまだジジジと音を立てているけれど、そうめんはゆで上がってザルにあけられているところだった。
「……ごはん食べますか? 冷凍にならありますけど」
「いや──いい」
 柚月にちょうど良い量だったので輝生には少ない気がしたけれど、特にお腹は空いていないらしい。黙って食事を続ける輝生の顔は、寂しそうにも辛そうにも見えた。
「そういえば柚月──、生クリームとかホイップクリームは苦手なのか? 牛乳の味するやつ」
「え? ……物によりますけど……だいたい大丈夫です」
「そうか、良かった」
 柚月が首を傾げていると、輝生は立ち上がって冷蔵庫を開けた。そして白い箱を取り出して、テーブルに置いた。
「シュークリームとエクレア」
「え……ありがとうございます」
「有名な店らしい」
 柚月が箸を置いて箱に貼られたシールを見ると、前回のゼリーのときよりも南の海沿いの町の住所が書かれていた。箱を開けて中を見てみると、ザクザクのシュー生地からクリームがはみ出すほど入ったシュークリームと、少し小ぶりなエクレアが二つずつ入っていた。
「美味しそう……」
「美味いぞ」
「……食べたんですか?」
「店でな。休憩しに入った」
「ふぅん……」
 輝生が〝ごはんは要らない〟と言ったのは、これを食べるつもりだったかららしい。
 柚月も食べたくなってしまったのでそうめんは少し残して片付け、シュークリームを二つ出して一つずつお皿に乗せた。
「珈琲飲むか?」
「──うん。ブラックで」
 どこに行っていたのか、と輝生に聞こうと思っていたけれど。美味しい空気が壊れるのが怖くて、柚月は結局、何も聞けなかった。
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