その崩れ方が、好きです〜完璧なホテルマネージャーは、私にだけ素顔を見せる〜
その崩れ方が、好きです

完璧な人が、ふと崩れる瞬間に弱い。それは悪い癖のようでもあり、私の密かなこだわりでもあった。

猫に振られて肩を落とす藤堂(とうどう)さんを見た瞬間、胸が苦しくなった。そんな顔をする人だなんて、知らなかった。

だからきっと。あの日から、私は終わっていた。



二月の朝は、音が違う。冷え切った廊下に響く自分の足音も、どこか硬く、遠くまで透き通っていく気がする。

更衣室を出た瞬間、廊下の冷気が頬に刺さった。宿泊客のいるロビーとは違い、早朝のバックヤードはどこもひんやりとしている。

マフラーを外しながら、制服の衿を整えた。今日もきっちり六時四十分。我ながら、律儀だと思う。

私が勤めているのは、都内のシティホテル。

フロントスタッフとして四年目になる私──香坂(こうさか)詩織(しおり)、二十六歳は、搬入口へ続く廊下を抜けるのが朝の習慣だった。遠回りにはなるが、その分だけ頭が醒める。

冷気と、搬入業者が運び込む花や食材のにおいが混ざった、この時間だけの空気が好きだった。

角を曲がったその時、藤堂さんがいた。

フロントマネージャーの藤堂(ゆう)、三十二歳は、私より十五分早く出勤する。着任してから、ずっとそうだ。

長身で、短く整えられた黒髪に、細いフレームの眼鏡をかけている。

搬入業者と二言三言交わし、届けられたリネンなどの荷物を確認し、タブレットに何かを入力する。一連の動作に、無駄がない。

「香坂さん、おはようございます」

顔を上げないまま、藤堂さんが言った。私はまだ二メートル以上離れていたのに。足音のテンポだけで、私だと判別したのだろうか。
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