あなたの色が見えなくなるまで
第2話
ホテルのエントランス前で車が静かに停車する。
榊がドアを開け、真人が先に降りた。
そのあとに続いて、澪も降車する。
「真人様、お手をお願いします。」
は?と顔をしかめると、そっと澪が腕を取ってきた。
「失礼しますわ、エスコートをお願いします。」
真人は露骨に「うわぁ…」みたいな顔をした後、観念したように片腕を澪に貸し出した。
「ほら、お嬢サマ。」
澪は微笑んで、腕を取り直す。
「では、榊さん行ってくるわ。」
優雅に歩みを進める。
傍から見れば、真人がしっかりとエスコートをしているように。
実際は澪が真人を連れている。
「それでは、真人様、お嬢様をよろしくお願いします。」
榊は深く一礼をした。
店内に入ると落ち着いた照明と静かなピアノの音が迎える。
周囲の客も一目で上流階級だとわかる。
真人は場違い感を隠しきれていないまま、小声でぼそっとつぶやいた。
「…息苦しい店だな。」
真人がぐるりと周囲を見渡す。
立食パーティーがメインで両端には商談用の椅子とテーブルが準備されていた。
無意識に真人は、人の流れ、出口、警備、視線を確認する。
「最初、何か食べられますか?」
気を利かせてからか澪が聞いてくる。
「…いや、今はいい。」
「アンタは食っとけよ。緊張して食べれないとかなら知らねえけど。」
「そんなことありませんわ。」
ムウと頬を膨らませる澪に思わず笑いがこみあげる。
お嬢様とはいえ、こんな顔もするものなのか、と真人は意外な一面を見る。
「召し上がられないのなら、藤堂さまを探しましょう。」
澪はぐるりと周囲を見わたす。
その様子は藤堂を見つけるだけで、話しかける気はないようだ。
真人も自然に周囲へ視線を流す。
会場の奥、数人に囲まれながら談笑している男がいた。
年齢は40歳前後、高そうなスーツに人当たりの良い笑み。
最初に確認した顔写真と一致する。
「あれか。」
真人が小さくつぶやいたとき、真人の視線に気づいたのか藤堂の視線が二人をとらえる。
「真人さん、藤堂さんが手元に持たれているのはお酒かしら?」
「え、あぁたぶん?」
真人は藤堂の手元を見た。
カクテルのようなオレンジ色の飲み物が入ったグラスを持っている。
「そう、あの飲み物が嫌いみたいだから違うお酒を後で差し上げて。」
「は?」
真人は意味が分からない。
真人の反応には完全にスルーして澪は話を早口で進める。
「それと、先ほどお話されていた方に対して苛ついていらっしゃるわ。まずはそれを解消しましょう。」
「…了解。」
真人は澪の言っていることがわからないが、とりあえず返事だけをしておく。
真人は酒が嫌いだと言われたから、新しい酒をそこを歩いているスタッフに新しいものをもらう。
「これでいいか?」
「ええ」と一言、微笑む澪。
澪が前を向き、視線の先を追いかけると藤堂がこっちに歩きながら、営業用の笑みを浮かべる。
「これはこれは、久世のお嬢様。こんなパーティーでお会いできるとは光栄です。」
「藤堂さま、お久しぶりでございますわ。」
澪も無駄のない動きで頭を下げ、にこやかに応対を始めた。
藤堂も笑みを浮かべたまま目を細める。
「あら、藤堂さま…珍しく甘いお飲み物を持たれているのですね。」
「あぁ、先ほど頂いたのですがどうも口には合わなくて。」
「藤堂さまはいつもスパークリングを飲まれますものね。そうですわ、まだ口を付けておりませんの、私の友人が持っているものでよければ召し上がってください。」
澪は真人が持っているものを勧める。
真人は急に話を振られ、どもりながらもグラスを渡す。
「さすが、澪様ですな。よく見ていらっしゃることで。」
悪いね、と藤堂は真人から悪びれもなく受け取った。
真人の手には藤堂の甘い飲みかけの酒が渡される。
真人は嫌そうな顔でそれを一瞥する。
「ご友人とは…、久世のお嬢様もパーティーにご友人を連れてくるようになったのですね。」と物珍しそうに真人を見た。
「そのうえ男性とは…。」
意味深な視線を向けられ真人は軽く頭を下げる。
「実は、この柴田さんに藤堂さまのお話をしたところお会いしてみたいと言われたので。今回、間に入らせていただいた次第ですわ。」
ほう、と藤堂は真人を見た。
舐めるような視線に不快感を示しつつも、真人は頭を下げる。
「柴田といいます。ご挨拶をしたいと思いまして。」
「柴田さんは大学で投資や経済を勉強されていまして。私が藤堂さまにぜひともご教授いただけば?と、お誘いしましたの。」
ね?と澪に視られる真人はこくりとうなずく。
「なんと、それは光栄です。若い方に興味を持ってもらえるのは嬉しいもので。どちらの大学ですかな?」
真人は澪を見た。
助けろ、そんな視線を送るも平然としている澪。
藤堂は返答を待ちながらグラスを傾ける。
真人は人生で一度も考えたことのない問題に直面していた。
————俺、どこの大学なんだ?
「京都大学でしたわよね?」
真人は無表情を保った。
保ったつもりだった。
だが内心は盛大にひっくり返っている。
(なんでそんな設定盛ったんだよ。)
京都大学。
人生で受験すらしたことがない。出身高校に至っては、大学受験なんて考えないような高校だ。
未知の世界の話が広がっていく。
それでも藤堂の前で否定するわけにもいかなかった。
澪は微笑んで顔で真人を見上げている。
このクソお嬢サマ、わざとだ。
藤堂は感心したように頷く。
「それは優秀だ。」
真人は小さく息を吐いた。
そして観念したように藤堂へ向き直る。
「……まあ、そんな感じです。」
曖昧に答える。
嘘はついていない。肯定もしていない。
しかし藤堂はそれを謙遜と受け取ったらしい。
「藤堂さま、ぜひともおかけになって色々と教えてくださいませんか?」
と、椅子の方を見る。
藤堂は機嫌がよさそうにうなずいた。
「もちろん、もちろん。久世のお嬢様の頼みなら断れませんよ。ではこちらの席へ」
そう言って、商談用の席へと向かう。
澪はスッと、真人の腕を取り藤堂の後ろをついて行く。
「後で説明してもらうからな。」
京都大学。
経済学。
投資。
全部だ。
自分の知らないところで話が盛られていることがどうも落ち着かない。
窓際の静かな席だった。
テーブルにはすでに飲み物が用意されている。
藤堂は向かいへ腰を下ろし、穏やかに微笑んだ。
「では改めまして。」
そう言いながら視線を真人へ向ける。
「若い方の意見もぜひ聞かせていただきたい。」
その目には期待と興味が混じっていた。
どうやら藤堂は、真人をただの同伴者ではなく、"久世家が認めている有望な若者"として見始めている。
真人はこの時間をどう切り抜けようかと冷や汗をかいていた。
榊がドアを開け、真人が先に降りた。
そのあとに続いて、澪も降車する。
「真人様、お手をお願いします。」
は?と顔をしかめると、そっと澪が腕を取ってきた。
「失礼しますわ、エスコートをお願いします。」
真人は露骨に「うわぁ…」みたいな顔をした後、観念したように片腕を澪に貸し出した。
「ほら、お嬢サマ。」
澪は微笑んで、腕を取り直す。
「では、榊さん行ってくるわ。」
優雅に歩みを進める。
傍から見れば、真人がしっかりとエスコートをしているように。
実際は澪が真人を連れている。
「それでは、真人様、お嬢様をよろしくお願いします。」
榊は深く一礼をした。
店内に入ると落ち着いた照明と静かなピアノの音が迎える。
周囲の客も一目で上流階級だとわかる。
真人は場違い感を隠しきれていないまま、小声でぼそっとつぶやいた。
「…息苦しい店だな。」
真人がぐるりと周囲を見渡す。
立食パーティーがメインで両端には商談用の椅子とテーブルが準備されていた。
無意識に真人は、人の流れ、出口、警備、視線を確認する。
「最初、何か食べられますか?」
気を利かせてからか澪が聞いてくる。
「…いや、今はいい。」
「アンタは食っとけよ。緊張して食べれないとかなら知らねえけど。」
「そんなことありませんわ。」
ムウと頬を膨らませる澪に思わず笑いがこみあげる。
お嬢様とはいえ、こんな顔もするものなのか、と真人は意外な一面を見る。
「召し上がられないのなら、藤堂さまを探しましょう。」
澪はぐるりと周囲を見わたす。
その様子は藤堂を見つけるだけで、話しかける気はないようだ。
真人も自然に周囲へ視線を流す。
会場の奥、数人に囲まれながら談笑している男がいた。
年齢は40歳前後、高そうなスーツに人当たりの良い笑み。
最初に確認した顔写真と一致する。
「あれか。」
真人が小さくつぶやいたとき、真人の視線に気づいたのか藤堂の視線が二人をとらえる。
「真人さん、藤堂さんが手元に持たれているのはお酒かしら?」
「え、あぁたぶん?」
真人は藤堂の手元を見た。
カクテルのようなオレンジ色の飲み物が入ったグラスを持っている。
「そう、あの飲み物が嫌いみたいだから違うお酒を後で差し上げて。」
「は?」
真人は意味が分からない。
真人の反応には完全にスルーして澪は話を早口で進める。
「それと、先ほどお話されていた方に対して苛ついていらっしゃるわ。まずはそれを解消しましょう。」
「…了解。」
真人は澪の言っていることがわからないが、とりあえず返事だけをしておく。
真人は酒が嫌いだと言われたから、新しい酒をそこを歩いているスタッフに新しいものをもらう。
「これでいいか?」
「ええ」と一言、微笑む澪。
澪が前を向き、視線の先を追いかけると藤堂がこっちに歩きながら、営業用の笑みを浮かべる。
「これはこれは、久世のお嬢様。こんなパーティーでお会いできるとは光栄です。」
「藤堂さま、お久しぶりでございますわ。」
澪も無駄のない動きで頭を下げ、にこやかに応対を始めた。
藤堂も笑みを浮かべたまま目を細める。
「あら、藤堂さま…珍しく甘いお飲み物を持たれているのですね。」
「あぁ、先ほど頂いたのですがどうも口には合わなくて。」
「藤堂さまはいつもスパークリングを飲まれますものね。そうですわ、まだ口を付けておりませんの、私の友人が持っているものでよければ召し上がってください。」
澪は真人が持っているものを勧める。
真人は急に話を振られ、どもりながらもグラスを渡す。
「さすが、澪様ですな。よく見ていらっしゃることで。」
悪いね、と藤堂は真人から悪びれもなく受け取った。
真人の手には藤堂の甘い飲みかけの酒が渡される。
真人は嫌そうな顔でそれを一瞥する。
「ご友人とは…、久世のお嬢様もパーティーにご友人を連れてくるようになったのですね。」と物珍しそうに真人を見た。
「そのうえ男性とは…。」
意味深な視線を向けられ真人は軽く頭を下げる。
「実は、この柴田さんに藤堂さまのお話をしたところお会いしてみたいと言われたので。今回、間に入らせていただいた次第ですわ。」
ほう、と藤堂は真人を見た。
舐めるような視線に不快感を示しつつも、真人は頭を下げる。
「柴田といいます。ご挨拶をしたいと思いまして。」
「柴田さんは大学で投資や経済を勉強されていまして。私が藤堂さまにぜひともご教授いただけば?と、お誘いしましたの。」
ね?と澪に視られる真人はこくりとうなずく。
「なんと、それは光栄です。若い方に興味を持ってもらえるのは嬉しいもので。どちらの大学ですかな?」
真人は澪を見た。
助けろ、そんな視線を送るも平然としている澪。
藤堂は返答を待ちながらグラスを傾ける。
真人は人生で一度も考えたことのない問題に直面していた。
————俺、どこの大学なんだ?
「京都大学でしたわよね?」
真人は無表情を保った。
保ったつもりだった。
だが内心は盛大にひっくり返っている。
(なんでそんな設定盛ったんだよ。)
京都大学。
人生で受験すらしたことがない。出身高校に至っては、大学受験なんて考えないような高校だ。
未知の世界の話が広がっていく。
それでも藤堂の前で否定するわけにもいかなかった。
澪は微笑んで顔で真人を見上げている。
このクソお嬢サマ、わざとだ。
藤堂は感心したように頷く。
「それは優秀だ。」
真人は小さく息を吐いた。
そして観念したように藤堂へ向き直る。
「……まあ、そんな感じです。」
曖昧に答える。
嘘はついていない。肯定もしていない。
しかし藤堂はそれを謙遜と受け取ったらしい。
「藤堂さま、ぜひともおかけになって色々と教えてくださいませんか?」
と、椅子の方を見る。
藤堂は機嫌がよさそうにうなずいた。
「もちろん、もちろん。久世のお嬢様の頼みなら断れませんよ。ではこちらの席へ」
そう言って、商談用の席へと向かう。
澪はスッと、真人の腕を取り藤堂の後ろをついて行く。
「後で説明してもらうからな。」
京都大学。
経済学。
投資。
全部だ。
自分の知らないところで話が盛られていることがどうも落ち着かない。
窓際の静かな席だった。
テーブルにはすでに飲み物が用意されている。
藤堂は向かいへ腰を下ろし、穏やかに微笑んだ。
「では改めまして。」
そう言いながら視線を真人へ向ける。
「若い方の意見もぜひ聞かせていただきたい。」
その目には期待と興味が混じっていた。
どうやら藤堂は、真人をただの同伴者ではなく、"久世家が認めている有望な若者"として見始めている。
真人はこの時間をどう切り抜けようかと冷や汗をかいていた。