ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 カーディガンを一枚、羽織ってくればよかった。
 夜風を浴び、そんな後悔がよぎる。

 赤提灯の連なる路地の奥、引き戸を開けると、出汁と炭の匂いがふわりと押し寄せた。


「マナっ。結婚、おめでとーうっ!」

 差し出されたジョッキに、自分のそれを軽くぶつける。
 控えめな音とともに、白い泡がわずかに揺れた。

「……ありがとー」

 結婚してから、ひとつ季節が過ぎたというものの。
 左手で光るシルバーリングに、いまだ慣れずにいる。

 そんな私を見透かすように、にやりと笑みを浮かべているのは。
 高校時代、茶道部で仲が良かったミズキだ。

「……ていうか。今日、来てくれてありがとね」

 照れ臭くて、話を逸らすようにお礼を伝えた。
 先ほどサロンで、カットとカラーを任せてくれたのだ。

「いやいや、こちらこそ。最近ボサボサだったから、生き返ったよ」

 彼女は整った毛先に触れ、清々しそうに笑った。
 友人のリフレッシュを担えることは、たまらなく嬉しい。

「香坂先生は、毎月来てるんでしょ?」

 お通しの根菜金平を口に運んでいたら、尋ねられた。

「うん。お元気だよ」

「私も会いたいなあ。今度、同じ日に予約しちゃおうかな」

 高校生の私たちは、二人して先生に甘えてばかりだった。
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