君に捧げるラスト・トス!

秘密兵器が動く瞬間

ビィィィーーーッ!!
体育館に鳴り響く無機質なホイッスルの音が、東中(ひがしちゅう)女子バレー部の、そして夏帆先輩の「最後の夏」に終わりを告げようとしていた。
夏の地区予選、準々決勝。
第1セットを先取された東中は、続く第2セットも18対23と、絶体絶命の窮地に追い込まれていた。あと2点取られれば、その瞬間に3年生は引退となる。
(先輩……っ!)
ベンチの端でユニフォームに身を包んだ梨央奈は、膝の上の拳を白くなるほど強く握りしめていた。
梨央奈の実力は、すでにチーム内で群を抜いている。しかし、監督の「上級生中心のチームワークを崩さないため、そして相手を油断させる秘密兵器として温存する」という方針、そして「1年が急にレギュラーに入るなんて」という周囲の微妙な空気もあり、梨央奈はここまでベンチを温め続けていた。
コートの中では、相手の徹底的なマークに遭い、満身創痍となった夏帆先輩が息を切らせていた。
トスが乱れ、どれだけ夏帆が跳んでもスパイクが拾われる。チーム全体に諦めのムードが漂い始めていた。
「ドンマイ! まだ終わってない、一本切っていくよ!」
それでも夏帆は、ボロボロになりながらも声を張り上げ、仲間を鼓舞し続けている。
夕暮れの誰もいない部室で、「梨央奈ともっと一緒にいたい」と言ってくれたあの笑顔が、今の夏帆にはなかった。あるのは、ただ必死にタイムリミットに抗う、切実な横顔だけ。
(嫌だ。こんなところで、先輩のバレーを終わらせたくない……!)
梨央奈の胸の奥で、激しい衝動が跳ねた。
恋を知り、先輩の特別になりたいと願った。だったら今、私がコートに入って、あの人を助けなきゃ何のためにここにいるんだ。
その時、ベンチの最前列で腕を組んでいた監督が、鋭い視線を梨央奈へと向けた。
「――星野」
心臓がドクン、と跳ね上がる。
「行くぞ。お前のトスで、白石の、東中の導火線に火をつけてこい」
周囲のベンチメンバーが「えっ、1年の星野を……!?」と息を呑むのが分かった。しかし、梨央奈の耳にはもう届かない。
「はい!」と短く答え、梨央奈は覚悟を胸に、ゆっくりと立ち上がった。
ビィィィーーーッ!!
メンバーチェンジを告げるブザーが、静まり返った体育館に鳴り渡る。
背番号「12」の1年生がコートのライン際へ向かう姿に、会場の観客席からも「おい、ここで1年かよ!?」とざわめきが起こった。
異例中の異例の投入。
コートの中から、汗を拭った夏帆がハッと目を見張って振り返る。
驚き、それから――夏帆の瞳に、すべての不安を吹き飛ばすような、あの眩しい「歓喜」の光が宿った。
ラインを挟んで、二人の視線が、熱く真っ直ぐに絡み合う。
夏帆の唇が、小さく動いた。
『待ってたよ、梨央奈』
その瞬間、梨央奈の身体を縛っていたすべての緊張が消え去り、代わりに全身の細胞が沸騰するような熱いエネルギーが満ちていく。
「星野梨央奈、入ります!」
凛とした声を響かせ、天才1年生セッターは、愛する先輩を救うため、そして奇跡の大逆転を起こすために、ついに戦いのコートへと一歩を踏み出した。
< 4 / 9 >

この作品をシェア

pagetop