白霧ペンションの七日間

第一章 霧のチェックイン

夏休みも終わりに近づいた八月の終わり。

 山道を走る小さな路線バスは、濃い緑に囲まれた曲がりくねった道をゆっくりと進んでいた。

 窓際に座る朝倉美咲は、ガラスに額を寄せながら外を眺める。

「すごい山だね……。」

 目に映るのは、どこまでも続く深い森だけだった。

 民家はとうに見えなくなり、ガードレールの向こうには谷底が広がっている。昼間だというのに、木々の間から白い霧がゆっくりと流れ込み、景色をぼんやりと覆い隠していた。

「本当にこんな場所にペンションなんてあるの?」

 隣の席で結衣が苦笑した。

「ネットの口コミでは評価高かったじゃん。『静かで景色が最高』って。」

「でも写真よりずっと山奥だよ……。」

 前の席から奈々が振り返る。

「こういう場所だからいいんじゃない? スマホも忘れて、のんびりできそう。」

 そう言ってスマートフォンを取り出した奈々は、すぐに困った顔になった。

「あれ?」

「どうしたの?」

「圏外。」

 美咲も自分のスマートフォンを見る。

 画面には無情にも「圏外」の二文字。

 健太も肩をすくめた。

「ここまで来ると仕方ないよ。二泊三日くらい、デジタル断ちってことで。」

「健太はそういうの好きそう。」

「委員長らしい発言。」

 結衣と奈々が笑い、美咲もつられて笑った。

 四人は高校二年生。

 夏休み最後の思い出として、小さな旅行を計画したのだった。

 目的地は、山奥にある『白霧ペンション』。

 口コミでは「料理がおいしい」「夜空がきれい」「霧に包まれた幻想的な宿」と評判だった。

 だが、その霧は幻想的というより、どこか不気味だった。

 昼間なのに森は薄暗く、白い靄が絶え間なく流れている。

 まるで山全体が息をしているようだった。

 やがてバスは終点へ到着した。

「白霧ペンションへお越しの方はこちらですよ。」

 運転手が指差した先には、細い山道が一本だけ続いている。

「ここから歩くの?」

 結衣が思わず声を上げた。

「十分くらいですよ。」

 運転手は笑顔だったが、その表情はどこかぎこちない。

 美咲が荷物を背負って歩き始めると、背後からバスのエンジン音が聞こえた。

 振り返ると、バスは急ぐように山を下っていく。

「なんだろう……。」

「どうした?」

「いや……。」

 美咲は首を振った。

 気のせいだ。

 そう思おうとしたが、運転手が最後にこちらを見た表情だけが妙に頭に残っていた。

 十分ほど歩くと、森が開けた。

 その先に、一軒の古びた木造建築が姿を現した。

 赤茶色の屋根。

 白い壁。

 長い年月を感じさせる木製のベランダ。

 入口の看板には、少しかすれた文字でこう書かれている。

 白霧ペンション

「わぁ……。」

 奈々が思わず声を漏らした。

「写真で見るより大きいね。」

「でも……。」

 美咲は建物から目を離せなかった。

 古い。

 想像以上に古い。

 それだけではない。

 建物全体が霧に包まれていて、まるで現実から切り離された場所のように見えた。

「こんなところ、本当に営業してるの?」

 思わず口からこぼれた言葉に、結衣が笑う。

「失礼だよ。」

 そのとき。

 玄関の扉が静かに開いた。

「ようこそ。」

 現れたのは六十代ほどの男性だった。

 白髪混じりの髪をきれいに整え、黒いベストを身につけている。

「オーナーの佐伯です。」

 穏やかな声だった。

 しかし、その笑顔はどこか硬い。

 続いて奥から、優しそうな女性が姿を見せた。

「妻の和子です。遠いところ、ようこそ。」

 二人に迎えられ、美咲たちは玄関へ入る。

 木造の床はよく磨かれていて、ほのかに木の香りが漂っていた。

 昔ながらの柱時計が、ゆっくりと時を刻んでいる。

 ロビーには暖炉があり、壁には古い宿泊客の写真が何枚も飾られていた。

「落ち着く宿だね。」

 健太がそう言うと、和子は微笑んだ。

「ありがとうございます。この宿は主人の父の代から続いているんですよ。」

「そんなに昔から?」

「ええ、もう四十年以上になります。」

 美咲は写真を眺める。

 どれも宿泊客の笑顔ばかり。

 だが、一枚だけ妙に色あせた写真が目についた。

 若者たちが並んで写っている集合写真。

 その端だけ、不自然に切り取られたような跡が残っていた。

「……?」

 気になった美咲が近づこうとした、その瞬間。

「こちらへどうぞ。」

 佐伯の声が静かに響いた。

 気づけば、美咲は無意識に写真から目を離していた。

 案内された廊下は静まり返っていた。

 外では風も吹いていないはずなのに、建物のどこかから小さく軋む音が聞こえてくる。

 ギシ……。

 ギシ……。

 古い木造だからだろう。

 そう思うことにした。

 しかし、美咲の胸の奥には、小さな違和感が残っていた。

 部屋へ向かう途中、玄関脇に小さな木札が掛けられているのが目に入る。

 そこには、丁寧な文字でこう書かれていた。

 「午後十時以降は、絶対に二階東側廊下へ行かないでください。」

「え?」

 美咲は立ち止まる。

 結衣も木札を見て吹き出した。

「肝試しイベント?」

「面白そうじゃん。」

 奈々も笑う。

 健太だけは首をかしげた。

「宿の注意書きにしては変だな。」

 その会話を聞いていた佐伯は、笑わなかった。

 表情を変えず、ゆっくりと四人を見渡す。

「皆さん。」

 静かな声だった。

「理由は聞かないでください。」

 一拍置いて、佐伯は続けた。

「約束だけは、必ず守ってください。」

 ロビーの空気が一瞬で冷えたような気がした。

 誰も冗談を言わなくなり、美咲は思わず木札へ視線を戻す。

 窓の外では、さらに霧が濃くなり始めていた。

 白い靄はゆっくりと建物を包み込み、まるでペンションそのものを外の世界から隠そうとしているかのようだった。

 美咲はまだ知らなかった。

 この何気ない忠告が、七日間にわたる悪夢の始まりだったことを。

部屋へ荷物を置いた美咲は、大きく息をついた。

 窓を開けようとしたが、外は一面の白い霧だった。

 目の前に広がるはずの山々はまったく見えず、数メートル先の木立さえ霞んでいる。

「これじゃ景色なんて見えないね。」

 結衣が肩をすくめる。

「天気予報では晴れだったのに。」

 奈々は窓ガラスに指で丸を描きながら、ぼんやり外を眺めた。

「なんか……静かすぎない?」

 確かにそうだった。

 鳥のさえずりも、虫の鳴き声も聞こえない。

 山奥ならもっと自然の音が聞こえてもおかしくないのに、耳に届くのは時計の秒針だけだった。

 その静けさが、美咲には妙に落ち着かなかった。

「夕食は六時半から食堂です。」

 廊下から和子の優しい声が聞こえ、四人は部屋を出た。

 食堂は一階の奥にあり、木の温もりが感じられる落ち着いた空間だった。

 暖炉の上には古い振り子時計が飾られ、柔らかな照明が室内を照らしている。

 すでに何人かの宿泊客が席についていた。

 白いスーツ姿の中年男性、登山用のリュックを背負った若い女性、カメラを首から下げた大学生くらいの青年。

 それぞれが静かに食事を待っている。

 美咲たちを見つけた佐伯が紹介した。

「皆さん、こちらは今日からお泊まりの高校生です。」

 軽く会釈が交わされる。

 その中でも、美咲の目を引いたのは窓際に座る一人の少女だった。

 自分たちと同じくらいの年齢に見える。

 肩まで伸びた黒髪に、真っ白なワンピース。

 俯いたまま、一言も話さない。

「あの子も宿泊客かな?」

 奈々が小声で聞いた。

「一人で来たのかな。」

 結衣も不思議そうに見つめる。

 そのとき、和子が料理を運んできた。

「山菜の炊き込みご飯と、川魚の塩焼きです。たくさん召し上がってくださいね。」

 料理は評判どおり絶品だった。

 健太は何杯もご飯をおかわりし、結衣も「また来たい」と笑顔を見せる。

 だが、美咲は何度も窓際の少女が気になった。

 料理にほとんど手をつけず、じっと窓の外を見つめている。

 声を掛けようと立ち上がった、その瞬間だった。

「失礼します。」

 佐伯が少女の席へ歩いていき、何かを小声で話しかけた。

 少女は静かに立ち上がると、食堂の奥へ消えていった。

 美咲は思わず尋ねた。

「あの子も宿泊しているんですか?」

 一瞬だけ、佐伯の表情が曇る。

「……知り合いです。」

 それだけ答えると、それ以上は何も話さなかった。

 夕食が終わるころには、外はすっかり暗くなっていた。

 霧はさらに濃くなり、玄関の明かりさえ白く滲んでいる。

「ちょっと外に出てみようよ。」

 結衣の提案で四人は玄関へ向かった。

 しかし扉を開けた瞬間、冷たい霧が流れ込んできた。

「寒っ!」

 奈々が身を縮める。

 ライトで照らしても数メートル先しか見えない。

 その白い世界の奥から、何かが立っているような気がした。

 美咲は目を凝らす。

 木だろうか。

 それとも人影……。

「美咲?」

 健太に呼ばれ、もう一度見ると何もなかった。

「気のせい……かな。」

 四人はすぐに館内へ戻った。

 夜九時半。

 ロビーでは暖炉の火が静かに燃えていた。

 宿泊客たちは思い思いに過ごしている。

 登山客の女性は地図を広げ、中年男性は新聞を読んでいる。

 大学生の青年は宿の写真を撮っていた。

 その青年が美咲に話しかけてきた。

「古い建物って好き?」

「え?」

「この宿、すごく雰囲気があるから。」

 青年はカメラを見せた。

 画面には廊下の写真が映っている。

「……あれ?」

 美咲は首をかしげた。

 写真の奥に、小さな白い影が写っている。

「誰か立ってる。」

 青年も驚いたように画面を見直した。

「おかしいな。撮ったとき誰もいなかったのに。」

 もう一度確認しようとした瞬間だった。

 液晶画面が突然真っ黒になった。

「電池切れ?」

「さっき満充電だったんだけど……。」

 青年は困惑していた。

 その様子を、少し離れた場所から佐伯が無言で見つめていた。

 午後十時。

 館内に鐘の音が響く。

 ゴーン……。

 ゴーン……。

 十回目の鐘が鳴り終わると同時に、館内の空気が変わったように感じた。

 佐伯が静かに立ち上がる。

「皆さん、本日はお休みください。」

 その声には、どこか緊張が滲んでいた。

 美咲たちも部屋へ戻る。

 時計を見ると十時五分。

 部屋の明かりを消し、それぞれ布団へ入った。

 しかし、美咲は眠れなかった。

 昼間に見た木札。

 窓際の少女。

 写真に写った白い影。

 胸の中に引っ掛かった違和感が消えない。

 そのときだった。

 ギィ……

 静まり返った館内に、小さな音が響いた。

 誰かが廊下を歩いている。

 古い床板が、一歩ごとにゆっくりと軋む。

 ギシ……。

 ギシ……。

 ギシ……。

 美咲は息を止めた。

「……聞こえる?」

 隣のベッドから奈々が囁く。

「うん。」

 結衣も起きていた。

「オーナーかな。」

 健太はそう言ったが、自分でも自信がないようだった。

 美咲は恐る恐るカーテンを少しだけ開ける。

 二階東側の廊下が見える位置に、防犯カメラが取り付けられていた。

 その小さな赤いランプが、ふっと消える。

 午後十時十分。

 監視カメラの電源が切れた。

「……なんで?」

 美咲が呟いた瞬間、廊下の足音がぴたりと止んだ。

 そして次の瞬間。

 コン……。

 コン……。

 コン……。

 誰かが部屋のドアを三回だけ、静かにノックした。

 四人は息を呑み、誰一人として返事をすることができなかった――。

コン……。

 コン……。

 コン……。

 静まり返った部屋に、三度だけ響いたノック。

 四人は息を潜めたまま動けなかった。

 結衣が美咲の腕をそっとつかむ。

「……誰?」

 返事をする者はいない。

 健太は勇気を振り絞り、ベッドから静かに立ち上がった。

「俺が見てくる。」

「待って!」

 美咲は思わず声を潜めて引き止める。

「危ないよ。」

「でも、このままじゃ眠れないだろ。」

 健太はゆっくりとドアへ近づいた。

 部屋中に心臓の鼓動が響いているような気がする。

 ドアスコープを覗き込む。

「……誰もいない。」

「本当に?」

「うん。」

 慎重に鍵を外し、ドアを数センチだけ開ける。

 ギィ……。

 冷たい空気が部屋へ流れ込んできた。

 廊下には誰もいない。

 照明だけがぼんやりと床を照らしている。

「変だな。」

 健太が一歩だけ廊下へ出た。

 左右を見渡しても人影はない。

 だが、その時だった。

 廊下の奥――東側の曲がり角で、白い服がふわりと揺れた。

「誰だ!」

 健太が声を上げる。

 その瞬間、白い影は霧のように消えた。

 美咲たちも廊下へ飛び出したが、誰もいない。

「見間違い?」

 奈々が震える声で言う。

「いや……確かに見えた。」

 健太は曲がり角まで走った。

 そこには窓が一つあるだけで、人が隠れられる場所はない。

 窓の外には濃い霧が広がり、白い世界が続いていた。

「もう部屋へ戻りましょう。」

 いつの間にか背後に立っていた佐伯が静かに言った。

 四人は驚いて振り返る。

「オーナー!」

「夜は館内を歩き回らないでください。」

「今、誰かいましたよね?」

 美咲が尋ねる。

 佐伯は少しだけ目を伏せた。

「……気のせいです。」

「でも!」

「今夜は休んでください。」

 それ以上は何も言わず、佐伯は廊下の奥へ歩いていった。

 四人は納得できないまま部屋へ戻ったが、その夜は誰一人まともに眠ることができなかった。

 ◇

 翌朝。

 鳥の声ではなく、慌ただしい足音で目が覚めた。

「何かあったのかな。」

 美咲たちは急いで着替え、一階の食堂へ向かう。

 食堂には昨夜の宿泊客たちが集まっていた。

 しかし、一つだけ空席がある。

 白いスーツを着た中年男性の席だった。

 和子が心配そうに言う。

「朝食のお時間になっても、お部屋から出てこられないんです。」

「寝坊じゃないですか?」

 青年が笑いながら言った。

 だが、佐伯の表情は硬い。

「念のため確認します。」

 一同は二階の客室へ向かった。

 男性の部屋の前に立つ。

 コンコン。

「お客様?」

 返事はない。

 もう一度ノックしても静まり返ったままだ。

「鍵が掛かっています。」

 和子が青ざめた顔で言う。

 佐伯はポケットから合鍵を取り出した。

「失礼します。」

 カチャリ。

 ドアがゆっくり開く。

 部屋の中は整然としていた。

 ベッドは少し乱れている。

 旅行バッグも財布も腕時計も置かれている。

 昨日着ていた上着まで、椅子にきちんと掛けられていた。

 しかし——。

「いない……。」

 部屋には誰もいなかった。

 全員が言葉を失う。

 窓には内側から鍵が掛かっている。

 浴室も押し入れも空。

 人ひとり隠れられる場所などどこにもない。

「どういうこと……。」

 奈々の顔から血の気が引いていく。

「出ていったんじゃ?」

 青年が窓を開けようとする。

 だが窓の外は断崖絶壁だった。

 柔らかい土の地面には足跡ひとつ残っていない。

 まるで最初から、この部屋には誰もいなかったかのようだった。

 美咲の背筋を冷たいものが走る。

 昨夜聞いた足音。

 消えた白い影。

 監視カメラが切れた時間。

 すべてが頭の中で繋がり始めていた。

「警察を呼びましょう!」

 健太が叫ぶ。

 佐伯は急いで電話を取る。

 受話器を耳に当てるが、何度試しても繋がらない。

「駄目です……。」

 携帯電話も全員圏外。

 唯一の固定電話まで沈黙していた。

 その時だった。

 玄関の外から大きなエンジン音が聞こえた。

 一台の軽トラックがペンションへ入ってくる。

 運転していたのは近くの集落に住む男性だった。

 彼は車を降りるなり、険しい表情で叫んだ。

「佐伯さん! 山道の橋が落ちた!」

「何ですって?」

「夜中の土砂崩れだ。谷へ全部崩れた。」

 一同は急いで現場へ向かった。

 ペンションから少し下った場所。

 昨日バスで渡ってきた橋は、跡形もなく崩れ落ちていた。

 茶色く濁った川が激しく流れている。

 対岸へ渡る方法はない。

「復旧まで最低三日はかかる。」

 集落の男性が重い口調で言った。

「しばらくここからは出られない。」

 その言葉に誰も声を出せなかった。

 失踪した宿泊客。

 通じない電話。

 崩れた橋。

 美咲たちは完全に孤立してしまったのだ。

 ◇

 その日の午後。

 少しでも気持ちを落ち着けようと、美咲は一人でロビーを歩いていた。

 柱時計が静かに時を刻む。

 ふと、受付の奥に古びた木製の棚が目に入った。

 そこには歴代の宿泊名簿が何冊も並んでいる。

「昔からの記録かな……。」

 何気なく一冊を手に取る。

 表紙には二十年前の日付が書かれていた。

 ページをめくると、宿泊客の名前や住所が丁寧な字で記されている。

 最後のページを開いた瞬間、美咲は息を呑んだ。

 赤いインクで、大きく一文だけ書かれていた。

 『八人目は帰れない。』

「……え?」

 思わずページをめくり直す。

 誰かのいたずらだろうか。

 しかし、その文字は紙に深く染み込み、長い年月を経たように色あせていた。

「何を見ているんですか。」

 突然背後から声がした。

 驚いて振り返ると、佐伯が立っていた。

 美咲は慌てて名簿を閉じる。

「す、すみません。」

 佐伯は名簿を静かに受け取ると、何も言わず棚の一番奥へしまい込んだ。

 その表情は、これまで見せたことのないほど険しかった。

「その名簿のことは忘れてください。」

「でも、『八人目は帰れない』って……。」

 佐伯は少しだけ唇を震わせた。

「……知らないほうが幸せなこともあります。」

 それだけ言い残し、奥へ消えていく。

 美咲は立ち尽くしたままだった。

 その夜。

 時計が午後十時を告げる。

 再び館内に静寂が訪れる。

 ギシ……。

 ギシ……。

 ギシ……。

 東側の廊下から、昨夜と同じ足音が聞こえてきた。

 美咲は部屋で息を潜めながら、その音を数える。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 四つ。

 五つ。

 六つ。

 七つ。

 そして——。

 八つ目の足音が、確かに響いた。

 宿泊している人間は七人しかいない。

 それなのに、廊下を歩いているのは八人。

 美咲は震える手で布団を握り締めた。

 このペンションには、誰にも知られていない秘密がある。

 その秘密を暴かなければ、自分たちもここから帰れない。

 そんな予感だけが、霧よりも濃く彼女の胸に広がっていった。

 ――第二章へ続く。
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