まだ完結とは呼べない距離で
紹介(達也×あさひ×理緒)
ハチ公前。
休日らしく人が多い。
私は兄より少し早く着いていた。
本当なら、兄と恋人は先に待ち合わせをしていて、今ここで私も合流する予定だった
しかし、兄の乗る電車だけが遅れたらしい。
つまり、この人混みの中で私と兄の恋人が一緒に兄を待っている状況だ。
私が駅の改札の方を見ると、一人の女性が辺りを見回していた。
私はすぐに気付いた。
思っていたとおり、カッコいいのに柔らかな雰囲気を持った素敵な人だった。
私は思わず声を掛けてしまった。
「……あさひさん?」
私の声に女性が驚いたように振り返る。
「え?」
「初めまして。神崎達也の妹の神崎理緒です」
「あ……初めまして」
軽く頭を下げ合う。
「あの……兄から『もうすぐ着く』と、さっきメッセージが届きました」
「うん。ありがとう」
そこへ、達也が小走りでやって来る。
「ごめん。お待たせしました。あさひさんも理緒も」
「待ってないよ」
「私も今着いたところよ」
「あの、あさひさん。こちらが妹の理緒です。後であらためて紹介しますので、とりあえず、お店に向かいましょう」
兄は、さり気なくあさひさんをエスコートしながら歩き始めた。
私は、その後ろを付いていく。
「お兄ちゃんが前に連れて行ってくれた洋食屋だっけ?」
「そうだよ。場所、覚えてる?」
「覚えてるよ。麺がもちもちでソースもよく絡んで美味しかったもん!」
あさひさんは、気さくな人柄なようで、初対面でも普通に話を振ってくれた。
「あら、理緒ちゃんも達也くんと同じ感想ね。そう言えば、パスタ好きなんだっけ?」
「そうなんです。昔、両親のいない日のお昼ご飯に、兄がいつもパスタを茹でてくれていて……」
「理緒がパスタを好きな理由、そんな理由だったのか?」
兄は驚いていた。
確かに、理由を言ったのは初めてかもしれない。
あさひさんは、兄を見る。
「達也くんって、料理得意だったのね。知らなかった」
「いえ、とんでもない!電子レンジで茹でて、市販のソースをかけただけのものですよ」
兄が照れくさそうに笑った。
「でも、お兄ちゃん、丁寧に盛り付けて、その上、ちゃんとサラダも付けてくれました。時々、果物も剥いてくれたり」
「へぇ、達也くんらしいわね」
「私は、兄の作ってくれる昼食が楽しみだったんです」
あの頃は、それが当たり前だと思っていた。
でも、兄と仲違いしてから気付いた。
兄が作ってくれる昼食は、私にとって特別な味だったと。
そんな会話をしている間に、いつもの洋食屋に着いた。
最近は、兄と会う時はいつもこの場所を指定されて、もう四回目になる。
店に入ると、私は兄とあさひさんと向き合う形で座った。
兄とあさひさんには、もう決まったメニューがあるらしく、メニューを見ようとしなかったので、私の注文は兄のおすすめにして任せた。
兄は、私の分まで注文を終えると、こちらを向いてかしこまった。
「あらためて紹介するよ。こちらが妹の理緒。で、こちらは、お付き合いしていただいている比留間あさひさんだ」
「始めまして。兄からお話は伺っていました」
「始めまして。私も、理緒ちゃんの話はずっと前から聞いていて、会いたいと思っていたわ」
「やっぱり、私の話はするんですね……」
私は一つずっと気になっていた。
妹ながらに、カッコいい兄。
見た目は勿論のことながら、何でも卒なくこなし、性格も温厚で気遣いもできる。気を遣いすぎて不器用な部分もあるけれど、年上の彼女なら、そこもまた母性をくすぐるだろう。
でも、それ以上に致命的な兄の欠点。
兄は認めない。
でも、少なくとも私と兄の共通の友人は口を揃えて必ず言っている。
兄はシスコンだと。
当の妹である私も、少し感じている。
他所の兄と私の兄はちょっと違うのだろうと。
世間一般で言えば、シスコンな恋人は嫌厭されるだろう。
実際、交際して間もなく、親に紹介するわけでもないのに、妹に恋人を紹介すると言うのは、あさひさんはどう思っているのだろうか。
あさひさんは「会いたいと思っていた」と言ってくれたけど……。
「達也くんたら、出会ったばかりの頃から理緒ちゃんの話ばかりよ。ずっと変わらずにシスコンなのね」
「あさひさん、僕はシスコンってわけじゃ……」
「達也くんはそろそろ自覚しても良いと思うけど?」
あさひさんは、兄の無自覚なシスコンを笑い飛ばしていた。
私は少しホッとする。
「でも、理緒ちゃんもかなりお兄さん好きみたいね。兄のパスタが好きだったなんて」
あさひさんの急な指摘に、私は少し恥ずかしくなる。
兄の心配をしておいて、私が兄の恋路の足を引っ張ってしまうかもしれない。
「あの……昔は、それなりに兄に懐いてましたが、今はそんなでもないですよ」
私は慌てて否定した。
しかし、その言葉はあさひさんではなく、兄に刺さったようだ。
「そうなのか!?」
兄がさっきよりも驚いた顔をしていた。
今するべき反応はそれじゃない!!
だけれど、私の心配は早計だったようであさひさんは、
「だって。達也くん、妹に振られちゃったね」
と笑い飛ばしてくれた。
あさひさんは、絶対に兄にとって唯一無二の恋人だと思った。
そこに、注文した料理が届いた。
兄は、私用にたらこスパゲティを注文してくれたらしい。
兄は私の好みをよく分かってくれている。
みんなで届いた料理を食べ始める。
あさひさんは、パスタをフォークで巻きながら何気なく切り出した。
「そう言えば、理緒ちゃん。待ち合わせの時、何で私って分かったの?」
「兄の部屋の写真で、お顔は拝見していたので」
「……写真?」
あさひさんの表情が少し曇った。
兄は肩をピクッとさせた。
「理緒ちゃん、達也くんの部屋で私の写真見たの?」
あさひさんは、笑っているけれど、目の奥が笑っていない。
「……はい。実家の兄の部屋ですが……」
「実家!?」
あさひさんは、今度は目を見開いて驚いていた。
「ちょっと、達也くん。実家に私の写真飾ってるってどういうこと?」
あさひさんは兄の方を向いて笑っているが、相変わらず目の奥は笑っていなかった。
兄は、そんなあさひさんの秘めた怒りに気付かないのか、開き直ったのか、いつもと変わらない調子で言う。
「写真を持ち歩くのはダメと言われてしまったので飾りました」
「もう、達也くん。それは屁理屈って言うのよ……ってか、持ち歩く以上にダメよ……実家なんて……恥ずかしい」
あさひさんは、先ほどまでの勢いと違って、手で顔を覆って、弱々しく言っていた。耳が赤い。
「あさひさん、すみません。でも、あさひさんの姿を実家に帰っている間も毎日見たくて」
「……もう」
あさひさんは額を押さえる。
「達也くん」
「はい」
「写真は一枚だけよね?」
「いえ」
「えぇ!?何枚?」
「何枚でしょうか……数えてないので」
「減らして」
あさひさんは一段低い声で言った。
「写真」
「じゃあ、飾らないので持ち歩いてもいいですか?」
「……一枚だけなら。一枚だけなら飾っていいから、持ち歩くのは止めて」
「一枚だけ……五枚くらい許してもらえませんか?」
「ダメ」
「じゃあ……三枚?」
そう言う兄は、真っ直ぐな目であさひさんを見つめていた。
写真を部屋に飾るだけで、どれだけ真剣な思いなのだろうか……。
そんな兄の言葉に、あさひさんは負けたように呟く。
「……二枚」
「はい!」
兄はご主人様に待てを解除された犬のように喜んでいた。
こんな兄の姿は初めてみたかもしれない。
本当に兄とあさひさんは仲がいいのだと思った。
「そう言えば……兄の部屋はあさひさんの写真だけでなく、最近はコーヒーを淹れる道具も増えてまして……もしかして、あさひさんはコーヒーがお好きですか?」
「え?えぇ……」
「理緒っ!」
「やっぱり!兄は私のためって言うんですけど、淹れてくれるコーヒーが私の好みと少し違うんですよね……」
「理緒……」
「あさひさんは、酸味の弱いコーヒーがお好きではないですか?」
「……ええ、そうね。……達也くん。もしかして、いつも淹れてくれてるコーヒー……」
「……はい。あさひさんに美味しいコーヒーを飲んでいただきたくて、いつも妹に試飲させていました」
「……重い」
そう言うあさひさんの表情は、言葉とは裏腹に嬉しそうだった。
私はパスタを一口食べる。
シスコンの兄に、妹の私以上に大切に思う女性が現れ、その女性がそれを嬉しそうに受け止めている。
パスタを噛み締めながら、そんな光景に安堵する。
「もう!次からはちゃんと理緒ちゃんの好みのコーヒーを淹れてあげてね?」
「はい……」
兄はシュンとした表情をした。
その時、兄のお尻にたらんと下を向いた尻尾が見えたような気がした。
まるでしつけをされている犬のように。
私は思わず瞬きをする。
完全無欠だと思っていた兄は、実は、一人の女性の前では飼いならされた忠犬だったらしい。
この洋食屋のパスタは、やっぱり美味しい。
休日らしく人が多い。
私は兄より少し早く着いていた。
本当なら、兄と恋人は先に待ち合わせをしていて、今ここで私も合流する予定だった
しかし、兄の乗る電車だけが遅れたらしい。
つまり、この人混みの中で私と兄の恋人が一緒に兄を待っている状況だ。
私が駅の改札の方を見ると、一人の女性が辺りを見回していた。
私はすぐに気付いた。
思っていたとおり、カッコいいのに柔らかな雰囲気を持った素敵な人だった。
私は思わず声を掛けてしまった。
「……あさひさん?」
私の声に女性が驚いたように振り返る。
「え?」
「初めまして。神崎達也の妹の神崎理緒です」
「あ……初めまして」
軽く頭を下げ合う。
「あの……兄から『もうすぐ着く』と、さっきメッセージが届きました」
「うん。ありがとう」
そこへ、達也が小走りでやって来る。
「ごめん。お待たせしました。あさひさんも理緒も」
「待ってないよ」
「私も今着いたところよ」
「あの、あさひさん。こちらが妹の理緒です。後であらためて紹介しますので、とりあえず、お店に向かいましょう」
兄は、さり気なくあさひさんをエスコートしながら歩き始めた。
私は、その後ろを付いていく。
「お兄ちゃんが前に連れて行ってくれた洋食屋だっけ?」
「そうだよ。場所、覚えてる?」
「覚えてるよ。麺がもちもちでソースもよく絡んで美味しかったもん!」
あさひさんは、気さくな人柄なようで、初対面でも普通に話を振ってくれた。
「あら、理緒ちゃんも達也くんと同じ感想ね。そう言えば、パスタ好きなんだっけ?」
「そうなんです。昔、両親のいない日のお昼ご飯に、兄がいつもパスタを茹でてくれていて……」
「理緒がパスタを好きな理由、そんな理由だったのか?」
兄は驚いていた。
確かに、理由を言ったのは初めてかもしれない。
あさひさんは、兄を見る。
「達也くんって、料理得意だったのね。知らなかった」
「いえ、とんでもない!電子レンジで茹でて、市販のソースをかけただけのものですよ」
兄が照れくさそうに笑った。
「でも、お兄ちゃん、丁寧に盛り付けて、その上、ちゃんとサラダも付けてくれました。時々、果物も剥いてくれたり」
「へぇ、達也くんらしいわね」
「私は、兄の作ってくれる昼食が楽しみだったんです」
あの頃は、それが当たり前だと思っていた。
でも、兄と仲違いしてから気付いた。
兄が作ってくれる昼食は、私にとって特別な味だったと。
そんな会話をしている間に、いつもの洋食屋に着いた。
最近は、兄と会う時はいつもこの場所を指定されて、もう四回目になる。
店に入ると、私は兄とあさひさんと向き合う形で座った。
兄とあさひさんには、もう決まったメニューがあるらしく、メニューを見ようとしなかったので、私の注文は兄のおすすめにして任せた。
兄は、私の分まで注文を終えると、こちらを向いてかしこまった。
「あらためて紹介するよ。こちらが妹の理緒。で、こちらは、お付き合いしていただいている比留間あさひさんだ」
「始めまして。兄からお話は伺っていました」
「始めまして。私も、理緒ちゃんの話はずっと前から聞いていて、会いたいと思っていたわ」
「やっぱり、私の話はするんですね……」
私は一つずっと気になっていた。
妹ながらに、カッコいい兄。
見た目は勿論のことながら、何でも卒なくこなし、性格も温厚で気遣いもできる。気を遣いすぎて不器用な部分もあるけれど、年上の彼女なら、そこもまた母性をくすぐるだろう。
でも、それ以上に致命的な兄の欠点。
兄は認めない。
でも、少なくとも私と兄の共通の友人は口を揃えて必ず言っている。
兄はシスコンだと。
当の妹である私も、少し感じている。
他所の兄と私の兄はちょっと違うのだろうと。
世間一般で言えば、シスコンな恋人は嫌厭されるだろう。
実際、交際して間もなく、親に紹介するわけでもないのに、妹に恋人を紹介すると言うのは、あさひさんはどう思っているのだろうか。
あさひさんは「会いたいと思っていた」と言ってくれたけど……。
「達也くんたら、出会ったばかりの頃から理緒ちゃんの話ばかりよ。ずっと変わらずにシスコンなのね」
「あさひさん、僕はシスコンってわけじゃ……」
「達也くんはそろそろ自覚しても良いと思うけど?」
あさひさんは、兄の無自覚なシスコンを笑い飛ばしていた。
私は少しホッとする。
「でも、理緒ちゃんもかなりお兄さん好きみたいね。兄のパスタが好きだったなんて」
あさひさんの急な指摘に、私は少し恥ずかしくなる。
兄の心配をしておいて、私が兄の恋路の足を引っ張ってしまうかもしれない。
「あの……昔は、それなりに兄に懐いてましたが、今はそんなでもないですよ」
私は慌てて否定した。
しかし、その言葉はあさひさんではなく、兄に刺さったようだ。
「そうなのか!?」
兄がさっきよりも驚いた顔をしていた。
今するべき反応はそれじゃない!!
だけれど、私の心配は早計だったようであさひさんは、
「だって。達也くん、妹に振られちゃったね」
と笑い飛ばしてくれた。
あさひさんは、絶対に兄にとって唯一無二の恋人だと思った。
そこに、注文した料理が届いた。
兄は、私用にたらこスパゲティを注文してくれたらしい。
兄は私の好みをよく分かってくれている。
みんなで届いた料理を食べ始める。
あさひさんは、パスタをフォークで巻きながら何気なく切り出した。
「そう言えば、理緒ちゃん。待ち合わせの時、何で私って分かったの?」
「兄の部屋の写真で、お顔は拝見していたので」
「……写真?」
あさひさんの表情が少し曇った。
兄は肩をピクッとさせた。
「理緒ちゃん、達也くんの部屋で私の写真見たの?」
あさひさんは、笑っているけれど、目の奥が笑っていない。
「……はい。実家の兄の部屋ですが……」
「実家!?」
あさひさんは、今度は目を見開いて驚いていた。
「ちょっと、達也くん。実家に私の写真飾ってるってどういうこと?」
あさひさんは兄の方を向いて笑っているが、相変わらず目の奥は笑っていなかった。
兄は、そんなあさひさんの秘めた怒りに気付かないのか、開き直ったのか、いつもと変わらない調子で言う。
「写真を持ち歩くのはダメと言われてしまったので飾りました」
「もう、達也くん。それは屁理屈って言うのよ……ってか、持ち歩く以上にダメよ……実家なんて……恥ずかしい」
あさひさんは、先ほどまでの勢いと違って、手で顔を覆って、弱々しく言っていた。耳が赤い。
「あさひさん、すみません。でも、あさひさんの姿を実家に帰っている間も毎日見たくて」
「……もう」
あさひさんは額を押さえる。
「達也くん」
「はい」
「写真は一枚だけよね?」
「いえ」
「えぇ!?何枚?」
「何枚でしょうか……数えてないので」
「減らして」
あさひさんは一段低い声で言った。
「写真」
「じゃあ、飾らないので持ち歩いてもいいですか?」
「……一枚だけなら。一枚だけなら飾っていいから、持ち歩くのは止めて」
「一枚だけ……五枚くらい許してもらえませんか?」
「ダメ」
「じゃあ……三枚?」
そう言う兄は、真っ直ぐな目であさひさんを見つめていた。
写真を部屋に飾るだけで、どれだけ真剣な思いなのだろうか……。
そんな兄の言葉に、あさひさんは負けたように呟く。
「……二枚」
「はい!」
兄はご主人様に待てを解除された犬のように喜んでいた。
こんな兄の姿は初めてみたかもしれない。
本当に兄とあさひさんは仲がいいのだと思った。
「そう言えば……兄の部屋はあさひさんの写真だけでなく、最近はコーヒーを淹れる道具も増えてまして……もしかして、あさひさんはコーヒーがお好きですか?」
「え?えぇ……」
「理緒っ!」
「やっぱり!兄は私のためって言うんですけど、淹れてくれるコーヒーが私の好みと少し違うんですよね……」
「理緒……」
「あさひさんは、酸味の弱いコーヒーがお好きではないですか?」
「……ええ、そうね。……達也くん。もしかして、いつも淹れてくれてるコーヒー……」
「……はい。あさひさんに美味しいコーヒーを飲んでいただきたくて、いつも妹に試飲させていました」
「……重い」
そう言うあさひさんの表情は、言葉とは裏腹に嬉しそうだった。
私はパスタを一口食べる。
シスコンの兄に、妹の私以上に大切に思う女性が現れ、その女性がそれを嬉しそうに受け止めている。
パスタを噛み締めながら、そんな光景に安堵する。
「もう!次からはちゃんと理緒ちゃんの好みのコーヒーを淹れてあげてね?」
「はい……」
兄はシュンとした表情をした。
その時、兄のお尻にたらんと下を向いた尻尾が見えたような気がした。
まるでしつけをされている犬のように。
私は思わず瞬きをする。
完全無欠だと思っていた兄は、実は、一人の女性の前では飼いならされた忠犬だったらしい。
この洋食屋のパスタは、やっぱり美味しい。


