ステージの向こうから届く恋
コンサートまであと数日。会場のリハーサル室には、楽器の音と歌声が柔らかく響いていた。
末山愛斗は、辛島美登里と永井真理子のジョイントコンサートに特別ゲストとして招かれ、自分の持ち歌を中心に、二人との掛け合いの部分も丹念に確認していた。
「はい、ここのテンポを少し落とすと、より調和が取れますね」
指揮者の声に頷き、愛斗は何度もフレーズを繰り返す。
演歌の深みを、ポップスの透明感とどう重ねるか――それは新しい挑戦でもあり、同時に、真理子の歌声がすぐそばで響くことに、心のどこかでときめきを感じている自分にも気づいていた。
1時間ほど集中してリハーサルを終えると、美登里が荷物をまとめながら言った。
「私はこのあと事務所で打ち合わせがあるから、先に失礼するわ。二人は帰り道、気をつけてね」
「はい、お疲れさまです」
「また明日」
美登里が部屋を出ていくと、リハーサル室には愛斗と真理子だけが残った。 
外はすっかり夕暮れに染まり、二人は自然と同じ方向の帰路へと歩き出した。
街灯が道を照らし始めた通りを並んで歩いていると、突然、脇の路地の陰から見慣れた男が現れ、真理子の前に立ち塞がった。関ヶ原だ。
「やあ、真理子ちゃん。こんな時間に一人かと思ったら、男連れかい?」
下品な笑みを浮かべて近づいてくるのを見て、愛斗はすぐに真理子の前に一歩踏み出し、鋭い声で制した。
「俺の彼女に手を出すな。二度と近づくなよ」
その言葉に、真理子は一瞬目を丸くしたが、すぐにはっきりと頷き、愛斗の腕にそっと手を添えて続けた。
「そうです。この人が私の彼氏です。もう私に話しかけないでください」
二人の毅然とした態度に、関ヶ原は舌打ちをして「ふん、そういうことか」と悪態をつきながらも、これ以上は手を出せず、不満そうに去っていった。
騒ぎが収まり、再び静かな道に戻ると、愛斗は真理子の方を向き、少しだけ緊張した面持ちで口を開いた。
「さっきは… 咄嗟に『彼女』なんて言ってしまって、すみません。でも、ああでもしないと引き下がらないと思ったんです」
真理子は顔を少し赤らめ、静かに首を横に振った。
「いいえ、助かりました。ありがとうございます… それに、私も自分から『彼氏』だと言ってしまって…」
愛斗は深呼吸を一つして、まっすぐに真理子の瞳を見つめる。これまで胸の奥に秘めていた想いを、今こそ伝えると決めた。
「真理子さん、実は… 嘘で終わらせたくないんです。この何週間か、一緒に歌って、話して、困ったときに守りたいと思うようになって… いつの間にか、あなたのことを女性として、心から好きになっていました。
俺には演歌という自分の道があり、あなたにはあなたの輝く道がある。ジャンルも生き方も違うけれど、同じ音楽を愛する心は同じだと思っています。これから先、俺が本当にあなたの隣に立って、支えていく存在になりたい――よければ、俺と真剣にお付き合いしていただけませんか?」
夕暮れの光が二人の周りを柔らかく包み込む中、真理子は驚きと嬉しさが入り混じった表情で、しばらく愛斗の言葉を噛み締めるように聞いていた。やがて、瞳に柔らかな光を浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「私も… あなたの誠実さに、いつしか惹かれていました。一緒にステージに立つたび、安心できるようになって… 嬉しいです。末山愛斗さん、よろしくお願いします」
愛斗は真理子の手をそっと取り、包み込むように握り締めた。コンサートのリハーサルで磨かれた歌声だけでなく、これから始まる二人だけの恋の調べが、この夜から静かに奏でられ始めたのだった
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