王太子妃になりそこねた公爵令嬢は、我儘をつき通す

第7話 公爵令嬢は先生の言うことを聞く

朝から激しい雨が降っている。
アリステアは、それを眺めながら昼はどうするのかと考えてしまった。

アリステアは雨がひどい日でも、東屋を利用していた。
雨の中、東屋まで行くのは確かに面倒ではあるが、それでもあの静かな空間の方が好きなのだ。
しかし公爵令嬢をそれに付き合わせるのは違う気がする。
どうしたものかと悩んでいる間にも授業は終わった。

(まぁ……いいか。選ぶのは向こうだし)

わざわざ隣のクラスに顔を出して声を掛けようとは思わない。
公爵令嬢が好きに判断すればいい。

傘と弁当を手にアリステアは教室を出た。


* * *


「アリスさん!」

傘を広げたところで、声を掛けられた。
周りには公爵令嬢だけではなく、渡り廊下へと向かう生徒たちの姿がある。ちらほらと視線がこちらを向く。

「良かった。アリスさんも東屋に行かれるんですね」

公爵令嬢は淡いピンク色の傘を広げてニコニコと笑っている。

「……無理しなくてもいいんですが?」

敬語を使うと一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、他人の目があることに気づいたのだろう、あぁという表情をして。

「さすがにドレスだと無理ですけど、制服ですもの」

公爵令嬢は雨の中くるりと回る。
ピンクの傘もくるりと回る。
ふわりとダークグリーンのスカートが踊った。

(……淑女らしいのか、らしくないのか)

「まぁいいですけど」

アリステアはそれ以上何も言わず、東屋へと向かう。
その後をついてくる音がする。
傘の分だけ距離があるはずなのに、不思議と近い気がする。

ぽつ、ぽつと雨の音。
傘が雨を弾く音。

露に濡れた木々が、どんよりとした曇り空の下でほのかな明るさを見せる。

ピンクの傘は雨空の下で咲く花のようだった。

(アジサイ……も咲く時期か)

ふと、毎年見ている光景を思い出す。
生垣の緑と、青と紫のコントラスト。
アリステアですら心を奪われるそれを、彼女はどう思うのだろうか。

(……いや、そんなことはどうでもいいか)

アリステアはいつもの東屋までの道を、後ろの気配を気にしながら歩いた。


* * *


東屋の前に辿り着くと、アリスさんに無言で先に行くよう促された。
傘を閉じてベンチに座ろうとしたところで、タオルを渡された。

「あの……?」
「傘をさしてても、少しは濡れている」
「……でも、これはアリスさんの分ですよね?」
「大して濡れてないから、俺はその後使えばいい」

そうは仰いますけど、クラリッサとて気が引ける。

「よく考えろ。紳士が淑女よりも先に使うか?」

その発言にクラリッサは笑いそうに、いや笑ってしまった。

「ふふ……紳士……ふふ」
「おい!」

むっとした表情が余計におかしくて声をあげそうになるのを懸命にこらえる。だってこちらは淑女のはずですもの。

「ええ、お借りしますわ。紳士の方」
「……馬鹿にしやがって」

とても不機嫌になってしまわれて、これはさすがにやりすぎたとクラリッサは反省する。

「馬鹿にはしてませんわ」
「……どうだか」
「ちゃんと分かってます。アリスさんは口は乱暴ですけれども、中身はとても紳士ですわ」

そう。今みたいに、アリスさんは優しくしてくださる。
あの日もそう。

――まだ十位を諦めないって言うなら、教えてやらないこともない

そう言ってくださった。
そこからはとても熱心に丁寧に、クラリッサに向き合ってくださっている。

数学が全く分からないと伝えれば一年生の基礎から付き合ってくださり、歴史は苦手な分野がどこなのかを分析し、地理にいたっては地図の見方から丁寧に教えてくださった。

面倒くさそうにしていても、ちゃんと見てくださるのだ。

だから雨の日でも、クラリッサはこうして東屋へと来ている。
だってそこにはアリスさんがいる。

「いいか、これくらいの雨ならともかく、風の強い日と雷が鳴ってる日は絶対に来るな」

ほら、今だってクラリッサのことを心配して下さる。
とても過保護なのです。なんだかお父様やお兄様のようです。

「わかりましたわ」

クラリッサは我がままですけど、聞きわけもいいのです。
アリスさんにダメだと言われましたら、ちゃんと守ります。

だって大事な先生ですもの。
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