距離感がおかしい後輩に懐かれているが、特に困ってはいない
第4話 距離感がおかしい後輩VSアルハラ上司
「時子ちゃん、今夜、一緒にどうだい?」
仕事をしていると、部長に声をかけられ、顔を上げる。
彼は手でぐいっと酒を飲む仕草をしていた。
私は苦笑しながら肩を竦める。
この部長は、普段は気のいい性格なのだが、酒が絡むと少々……いわゆるアルハラ上司に変貌してしまう。
「飲め飲め」と部下に酒を勧め、酔い潰してしまうのが常だった。
私は比較的酒に強いので、彼のお気に入りになっている。
「部長、こちらをどうぞ」
九段坂が部長のデスクにドスン、と書類の山を叩きつけた。
「ん? なんだねこれ――」
紙の束に目をやった部長はぎょっとしている。
気になった私もそれを覗き込んだ。
「アルハラに関しての社内規定、社内相談窓口一覧、厚生労働省の資料、判例などをまとめておきました」
九段坂がニコッ! と笑う。
「部長、どうかご参考までに……」
後輩が目を開くと、ドロっとした闇色の目が部長を見ていた。
部長は思わず「ヒッ……」と怯む。
私は思わず感心してしまった。
「九段坂くんは詳しいんだな。私も後学のために資料をコピーさせてもらっていいだろうか」
「もちろんです、先輩! お役に立てれば幸いです」
部長は私たちのやり取りと、机の上の紙の山を見比べては「えぇ……」とだけ、声を漏らしている。
「九段坂くんって、もしかして部長のこと、あまり好きじゃないのかい?」
「そう見えますか?」
給湯室で2人きりになって、私が九段坂に話題を振ると、彼は口元に笑みを浮かべたまま首を傾げていた。
ただ、目は笑っていないのが気にかかる。
「そういえば……」
「先輩のお察しのとおりですよ。俺は新入社員歓迎会で、部長にたらふく酒を飲まされて……」
そして嘔吐したのだった。
それは恨んでいても仕方ない。
「でも、それがきっかけで、先輩とこうして親密な仲になったんですもんね。そう考えると、部長ってキューピッドなのかも」
「そうか……?」
中年男性のキューピッド、シンプルにやだな。
親密な仲になったかどうかは、とりあえず不問として……。
「部長の健康も大事ですけど、先輩が一番大事なので」
九段坂は、私に優しい笑みを浮かべている。
それは、素直に嬉しい。
私は部長にお茶を運んでいく。
部長は「ああ、ありがとう」と言いながら、私になにか紙片を渡してきた。
私はそれをポケットにしまう。
これは、部長が秘密裏に情報を伝達したいときによく使う手段だ。
つまり、この空間にいる人間に知られたくない事情があるのだろう。
あとで確認しよう。
私は何事もなかったように自分の席に戻った。
「今、なにか違和感があったような……」
さすが九段坂、察しが良い。
私は「気のせいじゃないか?」と返しながら、お手洗いに向かう。
化粧を直しながら、紙片を開いた……。
◆
――居酒屋のカウンター席。
「いやぁ、さすが時子ちゃん。私の誘いを受けてくれるとは嬉しいよ」
部長は引きつった笑みを浮かべている。
「……で、なんで九段坂くんがいるのかね……?」
「俺はひとりで飲みに来ただけなので、お構いなく」
九段坂はちゃっかり私の隣に陣取っていた。
私がお手洗いで紙片を開くと、そこには居酒屋の名前と住所がメモされていたのだ。
それで私を飲みに誘うのを諦めていなかったことを察した。
「すみません、『うっかり』メモをデスクの上に置きっぱなしだったかもしれません」
「なにィ!?」
「ですが、それを九段坂くんが見たとは限りませんね。『偶然』鉢合わせたんじゃないですか?」
「そうですよ。俺なにも知らなくて。『偶然』って素敵な言葉ですね。運命感じちゃう」
私と九段坂は、きっと悪どい笑みを浮かべていたことだろう。
部長は苦々しい顔をしたあと、「ふん、まあいい」と開き直る。
「結局、ここに来たのは変わりない。さあさあ、飲みたまえ」
そこへ、店員がドリンクを運んできた。
「あ、俺ノンアルを頼んでおいたんですよ。まずは3人で乾杯しませんか?」
「おいおい、九段坂くんはひとりで飲みに来たんじゃなかったのか?」
「そんな意地悪言わないでくださいよ先輩。ここで会ったのも何かの縁じゃないですか」
私と九段坂は悪い笑みを浮かべながら、ふたりでノンアルの入ったグラスをかち合わせる。
部長はいよいよ、苦虫を50匹くらい噛み潰したような顔をしていた。
「ふん。俺は酒を頼むからな。時子ちゃんにも飲んでもらうぞ」
そこへ、スッ……と私に水を差し出す九段坂。
「先輩、俺、悪酔い対策も調べてきたんです。少しでも気分が悪くなったら言ってくださいね?」
「おお、準備がいいな九段坂くん」
「何なんだコイツらは……」
ドン引きした様子の部長はピタッと動きを止める。
「ああ、部長、気にしないでください。俺はただ、茜先輩のお話を保存したいだけなんです」
九段坂がスマホの録音画面をちらっと見せた。
「……お、俺はそろそろこの辺で……」
部長は、結局酒を一滴も飲まずに居酒屋を出ていく。
「まだお通しも出ていないのにな」
「いったいどうしたんでしょうねえ」
ふたりでクスクス笑いながら、カウンター席で隣り合って焼き鳥を頼んだ。
「九段坂くん。ノンアルでいいから付き合ってくれよ」
「あ、茜先輩に付き合ってって言われた……永久保存版……」
「本当に録音してるのか君は」
仕事をしていると、部長に声をかけられ、顔を上げる。
彼は手でぐいっと酒を飲む仕草をしていた。
私は苦笑しながら肩を竦める。
この部長は、普段は気のいい性格なのだが、酒が絡むと少々……いわゆるアルハラ上司に変貌してしまう。
「飲め飲め」と部下に酒を勧め、酔い潰してしまうのが常だった。
私は比較的酒に強いので、彼のお気に入りになっている。
「部長、こちらをどうぞ」
九段坂が部長のデスクにドスン、と書類の山を叩きつけた。
「ん? なんだねこれ――」
紙の束に目をやった部長はぎょっとしている。
気になった私もそれを覗き込んだ。
「アルハラに関しての社内規定、社内相談窓口一覧、厚生労働省の資料、判例などをまとめておきました」
九段坂がニコッ! と笑う。
「部長、どうかご参考までに……」
後輩が目を開くと、ドロっとした闇色の目が部長を見ていた。
部長は思わず「ヒッ……」と怯む。
私は思わず感心してしまった。
「九段坂くんは詳しいんだな。私も後学のために資料をコピーさせてもらっていいだろうか」
「もちろんです、先輩! お役に立てれば幸いです」
部長は私たちのやり取りと、机の上の紙の山を見比べては「えぇ……」とだけ、声を漏らしている。
「九段坂くんって、もしかして部長のこと、あまり好きじゃないのかい?」
「そう見えますか?」
給湯室で2人きりになって、私が九段坂に話題を振ると、彼は口元に笑みを浮かべたまま首を傾げていた。
ただ、目は笑っていないのが気にかかる。
「そういえば……」
「先輩のお察しのとおりですよ。俺は新入社員歓迎会で、部長にたらふく酒を飲まされて……」
そして嘔吐したのだった。
それは恨んでいても仕方ない。
「でも、それがきっかけで、先輩とこうして親密な仲になったんですもんね。そう考えると、部長ってキューピッドなのかも」
「そうか……?」
中年男性のキューピッド、シンプルにやだな。
親密な仲になったかどうかは、とりあえず不問として……。
「部長の健康も大事ですけど、先輩が一番大事なので」
九段坂は、私に優しい笑みを浮かべている。
それは、素直に嬉しい。
私は部長にお茶を運んでいく。
部長は「ああ、ありがとう」と言いながら、私になにか紙片を渡してきた。
私はそれをポケットにしまう。
これは、部長が秘密裏に情報を伝達したいときによく使う手段だ。
つまり、この空間にいる人間に知られたくない事情があるのだろう。
あとで確認しよう。
私は何事もなかったように自分の席に戻った。
「今、なにか違和感があったような……」
さすが九段坂、察しが良い。
私は「気のせいじゃないか?」と返しながら、お手洗いに向かう。
化粧を直しながら、紙片を開いた……。
◆
――居酒屋のカウンター席。
「いやぁ、さすが時子ちゃん。私の誘いを受けてくれるとは嬉しいよ」
部長は引きつった笑みを浮かべている。
「……で、なんで九段坂くんがいるのかね……?」
「俺はひとりで飲みに来ただけなので、お構いなく」
九段坂はちゃっかり私の隣に陣取っていた。
私がお手洗いで紙片を開くと、そこには居酒屋の名前と住所がメモされていたのだ。
それで私を飲みに誘うのを諦めていなかったことを察した。
「すみません、『うっかり』メモをデスクの上に置きっぱなしだったかもしれません」
「なにィ!?」
「ですが、それを九段坂くんが見たとは限りませんね。『偶然』鉢合わせたんじゃないですか?」
「そうですよ。俺なにも知らなくて。『偶然』って素敵な言葉ですね。運命感じちゃう」
私と九段坂は、きっと悪どい笑みを浮かべていたことだろう。
部長は苦々しい顔をしたあと、「ふん、まあいい」と開き直る。
「結局、ここに来たのは変わりない。さあさあ、飲みたまえ」
そこへ、店員がドリンクを運んできた。
「あ、俺ノンアルを頼んでおいたんですよ。まずは3人で乾杯しませんか?」
「おいおい、九段坂くんはひとりで飲みに来たんじゃなかったのか?」
「そんな意地悪言わないでくださいよ先輩。ここで会ったのも何かの縁じゃないですか」
私と九段坂は悪い笑みを浮かべながら、ふたりでノンアルの入ったグラスをかち合わせる。
部長はいよいよ、苦虫を50匹くらい噛み潰したような顔をしていた。
「ふん。俺は酒を頼むからな。時子ちゃんにも飲んでもらうぞ」
そこへ、スッ……と私に水を差し出す九段坂。
「先輩、俺、悪酔い対策も調べてきたんです。少しでも気分が悪くなったら言ってくださいね?」
「おお、準備がいいな九段坂くん」
「何なんだコイツらは……」
ドン引きした様子の部長はピタッと動きを止める。
「ああ、部長、気にしないでください。俺はただ、茜先輩のお話を保存したいだけなんです」
九段坂がスマホの録音画面をちらっと見せた。
「……お、俺はそろそろこの辺で……」
部長は、結局酒を一滴も飲まずに居酒屋を出ていく。
「まだお通しも出ていないのにな」
「いったいどうしたんでしょうねえ」
ふたりでクスクス笑いながら、カウンター席で隣り合って焼き鳥を頼んだ。
「九段坂くん。ノンアルでいいから付き合ってくれよ」
「あ、茜先輩に付き合ってって言われた……永久保存版……」
「本当に録音してるのか君は」