職人の指先は嘘をつかない~老舗呉服店の跡取り娘は寡黙な和裁士に溺愛される~
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反物の上を滑る指先をいつまでも見ていられると気づいたのは、いつからだろう。
午後の光が差し込む作業場で宗一さんは正座のまま針を持ち、反物に糸を通していた。藍色の着物の袖口からのぞく手は、骨張っていて決して綺麗とは言えない。爪の脇には古い針だこがあって、甲には血管が浮いている。それなのに私は、その手から目を離せずにいた。
布を押さえる指の力加減。糸を引くときの手首のかすかな返し。ひとつひとつの動きに無駄がない。
長い時間をかけて磨かれた道具みたいな手だと思う。
「……詩織さん?」
「えっ、あ、はい」
名前を呼ばれて、我に返る。宗一さんはこちらを見ないまま、針を布に刺したところだった。
「お茶、ありがとうございます。そこに置いといてもらえますか?」
「あ……はい」
「体調でも悪いのかい? ぼーっとしていたみたいだけど」
湯呑みを置くと、彼は突然立ち上がり私と目線を合わせた。距離が近くて驚いたのに、それに彼の手が私の額に触れる。
「……!? あ、あの……っ」
「顔が赤いから、熱でもあるのかと思ったんだが大丈夫ならいい」
それだけを言って宗一さんは何事もなかったかのように作業場に戻った。
うちは、祖父の代から続く呉服屋【志乃川】だ。ここの一人娘の私は志乃川詩織。大学を卒業したばかりで、今は家業手伝いの立場だ。
店先には反物が並び、奥の作業場では宗一さんが日がな一日中針を動かしている。いつもの日常だ。
宗一さんは瀬那宗一さんといってフリーの和裁士だ。彼は、父と十歳差あり四十五歳だと聞いている。宗一さんの通っていた専門学校の卒業制作展に行った父がスカウトしたらしい。宗一さんはいつもお兄さんのように優しくて、私の大好きな人だ。
特に私はあの手が布を扱う姿が好きで、その姿はこの店の景色の一部だ。
お店には、仲良く切り盛りする両親と祖父がいて奥には宗一さんがいて……とても楽しかった。
そんな中、母が亡くなったのは私が高校生のときだった。それから父は一人で店を切り盛りして私は大学に行って家を出たのだけど、なんとなく実家に戻って店の手伝いをするようになった。
継ぎたいと正式に決めたわけではない。
ただ、他に行く場所も見つからなくて父が心配だった。気づけば、呉服屋の手伝いをしていた。
最近は、店の経営が思わしくないという話を父と番頭さんがこっそりしているのを聞いてしまった。
着物離れが進む時代に、老舗という看板だけではどうにもならないことも店の奥で育った私にはよくわかっていた。取引先を減らすとか、作業場を縮小するとか……そんな言葉が漏れ聞こえてくるたびに、胸の奥がひやりとした。
「詩織、お前はどうしたい」
ある晩、父にそう聞かれた。店を継ぐつもりがあるのか、それとも別の道を選ぶのか。
はっきりした答えを、私はまだ持っていなかった。
「継ぎたい気持ちはあるよ。ここを無くしたくない……でも、私に務まるのかが心配で。お母さんみたいに、うまく接客できるのかわからないしお父さんみたいに経営とかできるか不安で。大学で経営学部に行ったでしょ、少し不安になったの」
「俺も不安だったお前と同じだ。だけど、俺も母さんも、最初から出来たわけじゃない。母さんと結婚する前は本当に酷い有様だったんだから……だからもし、少しでも継ぎたいって思ってくれているなら俺は詩織に託したいって思ってる」
「お父さん……」
「まぁ、なんだ……ゆっくりでいい。考えていてほしい」
父はそれだけ言って湯呑みに口をつけると自分の部屋に戻って行った。
その背中を見ながら考える。
ただ宗一さんの仕事を見ていると、この店をこの文化を簡単に手放したくないという気持ちがある。彼のあの手が紡ぐものを、なくしてしまうのは惜しいと思う。
それから数日後、私は母の形見の着物を持って、作業場を訪ねた。
薄紅色に、控えめな菊の柄が入った訪問着。母が生きていた頃、大事な場でだけ袖を通していたものだ。
母を亡くしてから、もう何年もタンスの奥で眠っていた。
「これを……仕立て直していただきたくて」
風呂敷を解くと、宗一さんの手が伸びてきて生地にそっと触れた。指先が布の上を滑るように動く。皺を確かめ、色褪せ具合を見て縫い目を辿る。まるで着物と対話しているみたいだった。
「これは、奥様が着ていたものですね」
「知ってるんですか?」
「えぇ。あなたが生まれる前に……薄紅色が似合っていて。詩織さんも奥様に似てるから似合いそうですね」
そう言って宗一さんは立ち上がり、私の後ろに回った。肩から測るのだと、低い声で説明される。メジャーを持つ手が、私の肩にそっと触れた。
布越しなのに、その手の熱を感じる気がした。
「身長は奥様より高いですけど、肩幅は奥様よりも少し狭いですね」
「え?」
答える声が少し掠れた。宗一さんの指が、袖丈を測るために私の腕に沿って動く。骨張った、あの手だ。仕事道具を扱うときと同じ、丁寧で無駄のない動き。それなのに私は、心臓の音が大きくなっていくのを止められなかった。
「奥様の着物はほとんど私が作ったものなんです。この着物は、私が学校を卒業したばかりの頃に旦那様が奥様にプレゼントしたいって言って作ったものです」
「そうなのですか?」
「えぇ。では、採寸を続けますね……緊張は解けましたか?」
ふいに聞かれて、顔が熱くなる。
「えっ? 緊張なんて……し、してません」
「そうですか?」
宗一さんは短くそう言って口角を上げる。そして何事もなかったかのように採寸が続けられた。メジャーを持つ手が一瞬止まって、また動き出したのを、私は見逃さなかった。
もしかして、この人も——そこまで考えて、私は慌てて首を振った。仕事中の職人に対して、失礼な想像だ。
そう自分に言い聞かせても、採寸の間じゅう、宗一さんの手の動きから目を離すことができなかった。
***
その日の帰り際、急に雨が降り出した。
「傘は、お持ちですか?」
宗一さんが声をかけてくれたのは、店の軒先で立ち尽くしていた私を見かねてのことだったと思う。
「忘れちゃって……でも大丈夫です、近いので走ります」
「可愛らしい洋服が濡れてしまいますよ」
そう言うと、宗一さんは棚から一本の傘を取り出した。仕事用に置いてあるものらしい、少し古びた黒い傘だった。
「一緒にどうぞ。方向は、同じですし」
断る理由もなくて、私たちは一本の傘に入って歩き出した。宗一さんが傘を持つ手は、私の肩が濡れないように、少し自分の方へ傾けられていた。腕と腕の距離は、こぶし一つ分もない。
「詩織さん」
「はい、なんでしょう?」
「詩織さんは、店を継ぐんですか?」
沈黙を破ったのは、宗一さんの方だった。
「……わからないです。継ぎたい気持ちはあるけど、私にできるのか自信がなくて」
「私は詩織さんの継いだ店なら喜んで仕立てを続けたいです」
あまりにも率直な言葉に、驚いて隣を見た。宗一さんは雨に濡れた道の先を見つめたまま、少しだけ耳を赤くしていた。
「……変なこと言いました。詩織さんからしたら、おじさんにそんなこと言われたら気持ち悪いですよね……すみません」
「おじさんなんて、そんなわけありません。私にとっては素敵な男性です。それに嬉しかった、です」
傘の中、二人分の足音と雨音だけが響いていた。宗一さんの手が傘を握る、その骨張った指を私はまた見つめてしまっていた。触れそうで触れない距離。
その近さが、なぜだかとても心地よかった。
「宗一さんは、どうしてこの仕事を選んだんですか」
沈黙が気まずくて、そう尋ねてみた。宗一さんは少し考えるように間を置いてから、静かに答えた。
「私の家は、和裁を生業にしてきた家で祖母も和裁士でした。子どもの頃、祖母の手が布の上を動くのをずっと見てたんです。綺麗だなって思って、自分もなりたいと思ったのが最初です」
「私も、わかる気がします」
思わずそう漏らしてしまってから、しまったと思った。宗一さんが、ちらりとこちらを見る。
「詩織さんも、誰かの手を見てたんですか」
「……あ、いえ、その」
うまく誤魔化せず、口ごもる私を見て、宗一さんはめずらしく小さく笑った。傘の中、一瞬だけ視線が絡んで私は慌てて前を向いた。
店の前に着く頃には、雨は少し弱まっていた。傘を畳みながら、宗一さんが言う。
「また、送らせてください。雨の日は」
「……はい。よろしくお願いします」
なんでもないやりとりのはずなのに、家に入ってからも、しばらく心臓がうるさかった。
それから数週間、店には少しずつ客足が戻り始めていた。
宗一さんの評判を聞きつけて、遠方からわざわざ仕立てを頼みに来る人も増えている。父は「潮目が変わってきたな」と嬉しそうに言っていた。
母の着物も少しずつ形になっていった。作業場に顔を出すたびに、宗一さんはその日縫った部分を見せてくれるようになった。仕事の話をするときの宗一さんは、いつもより饒舌で袖の始末の仕方や柄合わせのこだわりを、嬉しそうに——本人は無表情のつもりなのだろうけれど語ってくれた。
その時間が、私は好きだった。
けれど、そんな穏やかな日々は、ある日突然崩れることになる。
「すみません……!」
作業場から聞こえた宗一さんの声に、私は飛んでいった。見ると、仕立てかけの着物の袖に、墨のような染みが広がっている。近くの棚から落ちた硯が原因らしい。
それは、老舗の得意先から頼まれた、大切な結納の着物だった。納期は三日後。しかも、店が信頼を取り戻すための、大事な仕事でもあった。
「私の不注意です。納期までに、必ず直します」
宗一さんの顔から、いつもの落ち着きが消えていた。手が、かすかに震えている。私は初めて、この人の余裕のない顔を見た。
「大丈夫。まだ三日あるから」
そう言ったものの、染み抜きと部分的な仕立て直しを三日でやり切るのがどれほど大変か幼い頃から仕事を見て育った私にはわかっていた。
騒ぎを聞きつけた父が、作業場に顔を出した。汚れた袖を見て、しばらく黙り込む。
あの結納の着物は、店の信用を取り戻すための、大事な仕事だった。もし納期に間に合わなければ、取引先との関係だけでなく、店の評判そのものに傷がつく。
「……宗一くん、できるのか」
父の声は静かだったけれど、重かった。宗一さんは深く頭を下げた。
「必ず間に合わせます。もし無理だとわかった時点で、すぐにご報告します」
父はしばらく宗一さんを見つめてから、小さく頷いた。
「わかった。詩織、宗一くんのことは任せる。無理はさせるなよ」
父が出ていったあと、作業場には重い沈黙が残った。私は、俯いたままの宗一さんの背中を見つめる。いつも堂々と針を持つ人が、こんなに小さく見えるのは初めてだった。
「宗一さん」
「……すみません、詩織さん。ご迷惑を」
「謝らないでください。それより、私に何か手伝えることは」
「大丈夫です。これは、俺の仕事なので」
その日から、宗一さんは作業場に泊まり込んだ。父も心配していたけれど、宗一さんは自分のミスだからと頑として譲らなかった。
二日目の夜、私は差し入れを持って作業場に向かった。灯りは、宗一さんの手元だけを照らしている。
積み重なった疲労のせいか、目の下には濃い隈ができていた。それでも、針を持つ手だけは、いつもと変わらず正確に動き続けている。
むしろ、いつも以上に丁寧だった。
声をかけるのも憚られて、私はしばらく戸口に立ったまま、その手を見ていた。骨張った指、浮き出た血管、針だこ。疲れ切っているはずなのに、少しも乱れない動き。
ああ、この人は本当に、着物のことしか考えていないんだ。
そう思ったとき、ふいに気づいた。私が見惚れていたのは、綺麗な手じゃない。誠実さが宿った手だった。不器用で、口下手で、でも自分の仕事に対してだけは、どこまでも真っ直ぐな人。
雨の日、傘を私の方へ傾けてくれた、あの優しさも同じだ。
その真っ直ぐさに、いつの間にか惹かれていたんだ。
「詩織さん?」
顔を上げると、宗一さんがこちらを見ていた。針を持つ手が、止まっている。
「あっ! 差し入れを持ってきました」
声が震えないように、精一杯平静を装った。でも多分、うまくいっていなかったと思う。
「ありがとうございます……あの、詩織さん」
「はい」
「どうして、そんな顔で見てるんですか」
心臓が跳ねた。どんな顔をしていたのか、自分ではわからない。
宗一さんは少しの間、じっと私を見ていた。それから、小さく笑った。作業場で、初めて見る表情だった。
「その顔、嫌いじゃないです。詩織さんは小さい頃から可愛くて癒されます」
「癒されますか」
「はい。とても。とても、元気が出てきました。ありがとうございます」
そして三日目の夜、着物は無事に仕上がった。
染みは跡形もなく消え、袖の生地は新しく仕立て直されていた。灯りの下で広げられたそれは、まるで何事もなかったかのように美しかった。
「間に合いましたね」
宗一さんの声には、安堵と疲労が混じっていた。三日間、まともに眠っていないはずなのに、その顔はどこか晴れやかだった。
「本当に、お疲れさまでした」
私はそう言いながら、畳の上に丁寧に置かれた着物を見つめた。それから、宗一さんの手に目をやる。針だこの上に、新しい傷ができていた。
「手、怪我してます」
「ああ……大したことないです」
「見せてください」
私は自分から、宗一さんの手を取った。骨張った指、硬くなった皮膚、細かい切り傷。ずっと見ていたその手に、初めて自分から触れている。そのことに気づいて、頬が熱くなった。
「詩織さん」
名前を呼ばれて、顔を上げる。宗一さんは、私の手をじっと見ていた。私が彼の手を取っているのに、まるで逆のことをされているみたいに。
「ずっと、聞きたかったことがあります」
「……はい」
「詩織さんは、いつも俺の手ばかり見てますよね」
息が止まった。気づかれていないつもりだった。でも、あんなに何度も見つめていたのだから、気づかれない方がおかしい。
「あ、あの、それは……っ」
「嫌だったわけじゃ、ないです」
宗一さんは、少し困ったように続けた。
「ただ、詩織さんに見られるたびに、変な感じがして。手元が狂いそうになるくらい」
「え……」
「好きなんだと思います、多分。詩織さんのことが」
不器用な言い方だった。それでも、まっすぐな声だった。宗一さんらしい、飾らない告白。
私が黙っていると、宗一さんの手が、そっと動いた。私の手を取っていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転していて、彼の指が私の手の甲に触れる。
仕事道具でも、生地でもない。初めて、宗一さんの手が私自身に触れていた。
「すみません。年上のおじさんに言われても困りますよね。ごめん」
そう言って宗一さんは離れる。
「宗一さん」
「すみません、本当に。……帰ります」
もう帰る支度をしていたからか、素早く鞄を持った。
「待って、ください」
私は、彼の着る羽織の裾を引っ張った。
「……詩織さん」
「私も……ずっと、宗一さんの手を見るたびに、どうしてか目が離せなくて。それが、好きって気持ちだったんだって、この間気づきました」
「……ダメですよ、おじさんに期待させては」
「期待、してください……」
宗一さんは私の手を取ると、少し力がこもる。骨張った指が、私の指の間に絡んだ。
「これから、私の手が触れるのは」
「はい」
「詩織さんだけでいいですか?」
その不器用な言葉に、私は笑ってしまった。泣きそうなのに、笑ってしまう。
「はい。ずっと、私だけがいいです。私だけに触れてください……着物以外は」
作業場の灯りの下で宗一さんの手が初めて私をしっかりと、抱きしめた。
私の背中にそっと腕が回される。少しぎこちなく、それでいて確かめるように優しく。
「詩織さん、あの」
「はい」
「こういうの、初めてで。何が正解なのかわからないです」
あまりにも真剣な声で言うから、私は肩を震わせて笑ってしまった。宗一さんが、少し不満そうに眉を寄せる。
「笑わないでください」
「ごめんなさい。でも、宗一さんらしいなって……それに嬉しくて」
顔を上げると、宗一さんはまだ困ったような表情をしていた。それでも、私の頬に触れる手つきは驚くほど丁寧だった。まるで、繊細な生地を扱うときのように。
「詩織さんの肌、思ったより柔らかいですね」
「なっ、なんで、そんなに触るんですか……!?」
「なんでって……触れたかったから。それ以外に理由はないと思いますけど」
私はその言葉に身体の奥が熱くなっていくのを感じた。
「それに、私の手が好きなんでしょう? だから遠慮せずに触りますよ」
窓の外では、いつの間にか夜が明けかけていた。作業場の隅には、無事に仕上がった結納の着物が、静かに佇んでいる。
三日間の緊張と疲労の果てに辿り着いた、この時間が、なぜだかとても愛おしく思えた。
「……明日、この着物をお届けしたら」
宗一さんが、ふと言葉を継いだ。
「少し、眠らせてもらってもいいですか。詩織さんの隣で」
あまりにも唐突な申し出に、頬が熱くなる。
「な、なに言って……」
「冗談ですよ……半分くらい」
そう言って笑う宗一さんの顔を、私はまた、見つめてしまう。
「言っておきますが、私、独占欲が強いので覚悟してくださいね……詩織さん」
そんなことを言う人だと思わなくて一瞬、思考停止する。だけど、次の瞬間、彼の手が私の唇に触れた。
「覚悟しておいて」
「……っ……」
頭が働き出したと思ったら、また停止する。こんなことされたのは初めてで、身体の熱が一気に上昇したのか顔は熱くなっていった。
それから半年後。
私は店を継ぐ決意を父に伝えた。宗一さんも、正式に店の職人として残ってくれることになった。
「本当にいいのか。うちみたいな小さい店で」
父にそう聞かれて、宗一さんは迷いなく頷いた。
「詩織さんがいる店なら、俺はどこにいても、いい仕事ができると思います」
相変わらず不器用な物言いだったけれど、父は満更でもなさそうに笑っていた。
結納の着物の一件以来、店には「丁寧な仕事をする呉服店」として少しずつ評判が広がっていった。
宗一さんの仕立てを目当てに訪れる客も増え、私も少しずつ、店のを任されるようになっていった。不安がなくなったわけではない。それでも隣に宗一さんがいてくれるなら、なんとかやっていける気がする。
ある日の閉店後、宗一さんが小さな箱を差し出した。
「やっと、旦那様からお許しをいただきました」
その箱を開けると、シンプルな指輪が入っている。
「詩織さんの指、ずっと測ってましたから」
「いつから、測ってたんですか」
「……詩織さんが手に触れさせてくれるから、その時に」
あまりにも早い自覚に、思わず笑ってしまった。宗一さんは照れたように、少しだけ視線をそらす。
「旦那様から漸くお許しをいただけたんです」
「お父さん?」
「えぇ。詩織さん、私と結婚するなら大切なことでしょう? まぁ、バレバレだったみたいですけど」
宗一さんの骨張った指が、私の左手の薬指にそっと指輪をはめた。着物を仕立てるときと同じ、丁寧で無駄のない動きだった。
「詩織さん、あなたのことを愛しています。私の妻になってくれませんか? 一生懸けて幸せにします」
「わ、私も宗一さんのこと愛してます」
宗一さんは私の頬に触れると、唇に唇を重ねた。
これから先も、この手だけが私に触れる。そう思うと、幸せで胸がいっぱいになった。
終


