『完璧な姉の身代わりだったはずなのに、君じゃなきゃダメだと言われるまで』(「好きな人の妹とつき合う僕ってずるいですか?」改稿版)
4. 譲れないもの、本当の光
それから一週間、ボクたちは一言も口を利かなかった。
親友の昌樹から、とんでもない噂を聞かされるまでは。
「おい舜右! 大変だ! 1年の苺梨ちゃんが、体育館裏で斉木享司に呼び出されて告白されてるって!」
斉木享司――芸能事務所に所属する、誰もが認める学園一のイケメンで、ボクシング部のエース。
その名前を聞いた瞬間、ボクの脳裏に、ボクの前だけで泣き、笑い、怒っていた苺梨の姿が、鮮烈なフラッシュバックとなって押し寄せた。
京美先輩は、雲の上の太陽だった。
だけど、ボクの暗い心を照らし、生きている実感をくれたのは、いつだって隣で笑ってくれた苺梨だったんだ。
失いたくない。誰にも渡したくない。
「苺梨――ッ!!」
下履きに変える時間すら惜しくて、ボクは土足のまま校庭を駆け抜けた。
体育館裏。苺梨の腕を掴み、強引に引き寄せようとする斉木の姿が見えた。
「離せよ……っ!」
「おい磐崎、あんなヘタレのどこがいいんだよ。俺にしとけって」
「離せって言ってるだろ、斉木」
息を切らせたボクが二人の間に割って入る。斉木はボクを見下ろし、不敵に笑った。
「なんだぁ? 先輩の身代わりで妹と付き合ってたって噂の、吹奏楽部のモブじゃん」
その言葉は正論だった。ボクは卑怯で、最低な奴だった。
だけど――。
「苺梨。ボク、やっと気づいたんだ。ボクが本当に好きなのは、お姉ちゃんじゃない。キミだ。キミじゃなきゃ、絶対にダメなんだ!」
苺梨が大きく目を見開く。
次の瞬間、斉木の強烈な拳がボクの顔面に炸裂した。
視界が歪み、地面に叩きつけられる。口の中に鉄の味が広がった。
「センパイ!!」
苺梨が悲鳴を上げてボクに駆け寄ろうとするのを、ボクは手で制した。よろよろと、だけど真っ直ぐに立ち上がる。ボクシング部相手に、ボクの細い腕じゃ勝てっこない。でも、一歩も引く気はなかった。
「てめぇ、無抵抗のくせに何突っ立ってんだよ」
斉木がボクの胸ぐらを掴み上げる。ボクは彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「ボクは、暴力じゃ誰も守れないって知ってる。……でも、殴りたければいくらでも殴ればいい。その代わり、苺梨だけは、絶対に渡さない」
「この、モブが……っ!」
斉木が再び拳を振り上げた時、苺梨が斉木の腕に必死でしがみついた。
「やめて!! センパイに触らないで!!」
見たこともないような怒りと涙の形相で、苺梨が叫ぶ。
「無抵抗の人に暴力を振るうなんて最低! アタシは、傷だらけになってもアタシを真っ直ぐ見てくれる、この人が大好きなの! 消え失せろ、バカ!!」
学園のトップアイドル(男)に向かって「バカ」と言い放った苺梨の気迫に、斉木は毒気を抜かれたように手を離し、チッと舌打ちをして去っていった。
静かになった体育館裏。
ボクは腫れ上がった頬を押さえながら、目の前でボロボロと涙を流す愛しい女の子を見つめた。
「痛い、な……」
「バカ……! バカはセンパイだよ! なんで殴られてるの、なんでやり返さないの……っ」
「だって、ボク、弱いから。……でもね、心はキミだけでいっぱいなんだ」
ボクは一歩踏み出し、今度は迷わずに、彼女の小さな身体を強く抱きしめた。
驚いたように固まった苺梨の耳元で、世界で一番大切な、彼女の名前を呼ぶ。
「苺梨。ボクと、もう一度、今度は本当の恋人として付き合ってくれませんか?」
胸の中で、苺梨がコクコクと何度も頷くのが分かった。
見上げただだっ広い夕焼け空は、あの日の遊園地よりも、ずっと、ずっと綺麗だった。
―― 完 ――
親友の昌樹から、とんでもない噂を聞かされるまでは。
「おい舜右! 大変だ! 1年の苺梨ちゃんが、体育館裏で斉木享司に呼び出されて告白されてるって!」
斉木享司――芸能事務所に所属する、誰もが認める学園一のイケメンで、ボクシング部のエース。
その名前を聞いた瞬間、ボクの脳裏に、ボクの前だけで泣き、笑い、怒っていた苺梨の姿が、鮮烈なフラッシュバックとなって押し寄せた。
京美先輩は、雲の上の太陽だった。
だけど、ボクの暗い心を照らし、生きている実感をくれたのは、いつだって隣で笑ってくれた苺梨だったんだ。
失いたくない。誰にも渡したくない。
「苺梨――ッ!!」
下履きに変える時間すら惜しくて、ボクは土足のまま校庭を駆け抜けた。
体育館裏。苺梨の腕を掴み、強引に引き寄せようとする斉木の姿が見えた。
「離せよ……っ!」
「おい磐崎、あんなヘタレのどこがいいんだよ。俺にしとけって」
「離せって言ってるだろ、斉木」
息を切らせたボクが二人の間に割って入る。斉木はボクを見下ろし、不敵に笑った。
「なんだぁ? 先輩の身代わりで妹と付き合ってたって噂の、吹奏楽部のモブじゃん」
その言葉は正論だった。ボクは卑怯で、最低な奴だった。
だけど――。
「苺梨。ボク、やっと気づいたんだ。ボクが本当に好きなのは、お姉ちゃんじゃない。キミだ。キミじゃなきゃ、絶対にダメなんだ!」
苺梨が大きく目を見開く。
次の瞬間、斉木の強烈な拳がボクの顔面に炸裂した。
視界が歪み、地面に叩きつけられる。口の中に鉄の味が広がった。
「センパイ!!」
苺梨が悲鳴を上げてボクに駆け寄ろうとするのを、ボクは手で制した。よろよろと、だけど真っ直ぐに立ち上がる。ボクシング部相手に、ボクの細い腕じゃ勝てっこない。でも、一歩も引く気はなかった。
「てめぇ、無抵抗のくせに何突っ立ってんだよ」
斉木がボクの胸ぐらを掴み上げる。ボクは彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「ボクは、暴力じゃ誰も守れないって知ってる。……でも、殴りたければいくらでも殴ればいい。その代わり、苺梨だけは、絶対に渡さない」
「この、モブが……っ!」
斉木が再び拳を振り上げた時、苺梨が斉木の腕に必死でしがみついた。
「やめて!! センパイに触らないで!!」
見たこともないような怒りと涙の形相で、苺梨が叫ぶ。
「無抵抗の人に暴力を振るうなんて最低! アタシは、傷だらけになってもアタシを真っ直ぐ見てくれる、この人が大好きなの! 消え失せろ、バカ!!」
学園のトップアイドル(男)に向かって「バカ」と言い放った苺梨の気迫に、斉木は毒気を抜かれたように手を離し、チッと舌打ちをして去っていった。
静かになった体育館裏。
ボクは腫れ上がった頬を押さえながら、目の前でボロボロと涙を流す愛しい女の子を見つめた。
「痛い、な……」
「バカ……! バカはセンパイだよ! なんで殴られてるの、なんでやり返さないの……っ」
「だって、ボク、弱いから。……でもね、心はキミだけでいっぱいなんだ」
ボクは一歩踏み出し、今度は迷わずに、彼女の小さな身体を強く抱きしめた。
驚いたように固まった苺梨の耳元で、世界で一番大切な、彼女の名前を呼ぶ。
「苺梨。ボクと、もう一度、今度は本当の恋人として付き合ってくれませんか?」
胸の中で、苺梨がコクコクと何度も頷くのが分かった。
見上げただだっ広い夕焼け空は、あの日の遊園地よりも、ずっと、ずっと綺麗だった。
―― 完 ――

