銀狼騎士は転生悪役令嬢と番になる運命でした

路地裏の出会い、銀色の獣

数ヶ月後。
私は「落馬のショックで大人しくなった令嬢」を完璧に演じ続け、周囲の警戒を完全に解くことに成功していた。
家族は私を「利用価値のない、おとなしい置物」として無視してくれたので、行動は自由そのもの。私は家庭教師の目を盗んでは、お忍びで帝都の城下町へ足を運んでいた。
前世で憧れた、活気ある市場。焼き立てのパンの匂い。
自分の足で地面を踏みしめて歩く。ただそれだけのことが、涙が出るほど愛おしかった。
そんなある日、私は少し足を伸ばして、平民街の奥にある古い闘技場や奴隷市場が並ぶ寂れた区画へと迷い込んでしまった。
引き返そうとしたその時。
強烈な獣の血の臭いと、男たちの罵声が路地裏から聞こえてきた。
「おい、この役立たずの犬め! 騎士のくせに魔獣に遅れをとって、片脚を怪我したからって売り飛ばされるとはな!」
「うるさ……い……」
低い、地を這うような掠れた声。
壁の隙間からのぞき見ると、そこにいたのは、大きな銀色の狼の耳と、立派な尾を持つ獣人の青年だった。
ボロボロの鎖に繋がれ、銀色の髪は泥と血で汚れ、衣服は引き裂かれている。しかし、その鋭い琥珀色の瞳だけは、決して光を失わず、目の前の商人を睨みつけていた。
私の胸が、ドクン、と大きく跳ね上がった。
(ジュリアン王子を見た時は1ミリも動かなかった私の心が……どうして?)
彼の身に纏うのは、圧倒的な孤高と、耐え難いほどの痛み。
前世の病室のベッドの上で「どうして自分だけが」と世界を呪っていた頃の私と、どこか重なって見えたのかもしれない。
「その獣人、私が買い取ります」
気がつけば、私は路地裏に足を踏み入れ、凛とした声で言い放っていた。
「は、ハァ!? なんだお嬢ちゃんは……って、その身なり、貴族様か!?」
「いくらですか。今すぐその鎖を外しなさい」
商人は私の差し出した金貨の袋(逃亡資金の一部だが、背に腹は変えられない)を見て、目を剥いた。
「毎度あり! おい、そいつは元帝国騎士団の戦士だが、脚をやって使い物にならねえぞ!」
「構いません」
鍵を受け取り、商人は逃げるように去っていく。
路地裏に残されたのは、私と、地面に伏した銀狼の獣人。
私は彼の前にそっと膝を突き、汚れるのも構わずに、彼の太い首に巻き付いた鉄の首輪の鍵を開けた。
ガチャン、と重苦しい音が響く。
「……何が目的だ、貴族の小娘」
彼は私を警戒し、牙を剥き出しにして唸った。いつでも喉笛を噛み切れるという構えだ。
私は彼の琥珀色の目を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑んだ。
「目的? そうね……。私、これからこの国を捨てて、誰も知らない場所へ旅に出るの。もしよければ、私の『初めての旅の仲間』になってくれない?」
青年は驚いたように目を見開いた。
私の手を取り、冷たい風が吹く路地裏で、新しい運命の歯車が回り始めた。
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