銀狼騎士は転生悪役令嬢と番になる運命でした

獣人の故郷、咆哮の連峰

【レオン視点】
天空都市『ハルシオン』に別れを告げ、俺たちは竜の背骨山脈をさらに東へと越えた。
王国の法も、公爵家の権力も完全に届かない、峻険なる岩山とどこまでも続く大草原の境界――そこが、俺の故郷である獣人の国『ガルハラ』だ。
「――ここが、レオンの生まれた国なのね……!」
馬車の御者台から身を乗り出し、エリーゼが琥珀色の瞳を輝かせて声を上げた。
乾燥した、けれど力強い大地の風が彼女の金髪を揺らす。見上げる空には、王国の夜会で見かけるような着飾った鳥ではなく、獲物を狙う本物の大鷹が悠然と円を描いていた。
「ああ。人間どもはここを『蛮族の地』と呼ぶが、俺たちにとっては、力と誇りだけがすべてを決める唯一の自由な大地だ」
俺は隣に座るエリーゼの腰を引き寄せ、その細い身体を俺の体温で包み込む。
ハルシオンの夜にリミッターを外して以来、彼女をこうして抱きしめることが、俺にとって当たり前の日常になっていた。エリーゼも、最初は顔を真っ赤にして固まっていたが、今では嬉しそうに俺の胸に身体を預けてくる。
「懐かしい匂いだ。……どうやら、出迎えが来たらしいな」
地平線の向こうから、激しい土煙が上がった。
大地を揺らすような蹄の音と共に、数騎の巨躯がこちらに向かって猛スピードで駆けてくる。
「おいおい、誰かと思えば……人間の国へ出稼ぎに行ったきり死んだと噂されていた、元騎士様の『レオン』じゃねえか!」
馬車を取り囲んだのは、狼の耳と尾を持つ、筋骨隆々とした三人の獣人の戦士たちだった。
その先頭に立つ片目の男――俺の昔の喧嘩仲間であるガイルが、大斧を担ぎながら凶暴な笑みを浮かべる。
「ガイル、相変わらず品のない吠え面だな。俺の馬車を止めて、何の用だ?」
俺が御者台から立ち上がり、低く威圧するような声を放つと、獣人たちの目が一瞬で鋭くなった。弱肉強食のこの国では、挨拶代わりに小競り合いが始まるのは日常茶飯事だ。
しかし、ガイルの視線が、俺の背後に隠れるように立っているエリーゼへと移った瞬間、空気の温度が跳ね上がった。
「あん? なんだその貧弱な人間の女は。まさか、お前ほどの男が、そんなひょろっちい小娘を戦利品として連れてきたわけじゃねえよな?」
「ガイル。口を慎め」
俺の銀色の耳が完全に後ろへと倒れ、体内から本物の殺気が漏れ出す。
だが、ガイルは挑発を止めない。それどころか、面白そうにエリーゼを値踏みするように一歩近づいてきた。
「獣人の国に入るなら、群れの理(ルール)に従ってもらうぜ。その女がレオン、お前の何なのか、俺たちに力で証明してみせな――」
ガイルが言葉を言い切る前に、俺の身体は動いていた。
ドゴォン!!
「が、はっ……!?」
御者台から跳躍した俺の拳が、ガイルの分厚い胸板に直撃した。
まともな防御すら許されず、ガイルの巨体が大草原の土へと叩きつけられ、激しく転がっていく。残りの二人の戦士が、驚愕のあまり息を呑んで武器を構え直した。
俺は倒れたガイルを見下ろし、愛用の大剣の柄に手をかけながら、地獄の底から響くような声で吼えた。
「勘違いするな、ガイル。この女性は、俺が命を賭して守る『旅の相棒』であり――俺の生涯唯一の『番(つがい)』だ」
俺の琥珀色の瞳に、野性の、そして絶対的な独占欲の熱が灯る。
昨夜、彼女の白い肌に刻み込んだ俺の愛の痕跡。それを誇るように、俺はエリーゼを背中に庇い、群れの戦士たち全員を睨みつけた。
「彼女に指一本でも触れてみろ。たとえ同族だろうが、首を噛みちぎってバラバラにしてやる」
「っ……ひ、ひぇ……!」
かつて帝国を震撼させた『銀狼』の本物の殺気を前に、二人の戦士は完全に戦意を喪失し、尻餅をついた。
ガイルも胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべながらも、俺の瞳の奥にある「本気」を悟ったのか、観念したように不敵な笑みを漏らした。
「……く、クソが。相変わらずイカれた強さだぜ、レオン。番を連れての帰郷、歓迎してやるよ」
俺はふっと殺気を収めると、振り返って馬車の上のエリーゼを見た。
彼女は、俺のあまりの過保護さと、何より公衆の面前で『俺の番』『俺の女』と宣言された恥ずかしさで、耳の先までリンゴのように真っ赤に染まっていた。
「レ、レオン……もう、みんな見てるわよ……っ」
「気にするな。この国では、最初にこれくらい示しておかないと、羽蝿(はばえ)がうるさいからな」
俺は彼女の小さな手を優しく取り、その甲に誓いのキスを落とした。
ここから始まる、獣人の国での新しい暮らし。
王国の追手も届かないこの野生の大地で、俺たちの愛は、さらに激しく、深く、誰にも邪魔されることなく育まれていくのだった。
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