大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~
 面食らった澄乃は眉をひそめた。

「どうしたの? わたし、何か変?」

「いえいえ。とんでもない。今日もお綺麗でございますよ」

 うふふ、と含み笑いしながら一礼し、佐和は書斎のほうへ歩いていく。澄乃はさらに眉根を寄せ、佐和の背中を睨んだ。

 変なのは佐和だ。朝からお世辞を言うなんて、よっぽどいい夢でも見たのかしら?

 そう考え、ふと思い当たって澄乃はまたも赤面した。

「……そんなの見ただけでわかるはずないわ」

 さっき鏡で念入りに確認したもの。いつもと何も変わらない。変わっていない……はず。

 澄乃は少しだけ唇を尖らせ、食堂へ入った。

 朔也はすでに席についていた。

 いつもどおり軍服に着替え、髪を整えてひげもきちんとあたっている。ふだんの平日と何も変わらない。いつもどおりの朝……のはず。

 朔也はごく自然に立ち上がり、いつもと同じように澄乃の椅子を引いた。

「おはようございます」

「……おはようございます」

 いつもと同じ挨拶。でも、今朝はすでに挨拶を交わしている。……あんなにも近くで。

 気恥ずかしさから目を逸らし気味にして澄乃は席に着いた。

「おはようございます!」

 これまたいつもどおりに元気よく挨拶しながら千夏が朝食を運んで来る。配膳していると佐和に付き添われた篤之が、ステッキをつきながらゆっくりと食堂へ入ってきた。

「おはようございます、義父(ちち)上」

「おはようございます、お父様」

 ふたりが立ち上がってお辞儀すると、篤之は頷いて自分の席についた。介添えした佐和が食卓を見回して頷く。千夏はホッとした表情になると、一礼して出ていった。

 箸を取り上げた篤之が、ふと澄乃の顔に目を留める。

「澄乃、顔が赤いようだが、風邪でも引いたか?」
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