凍てついた令嬢は、異国の太陽に抱かれる
第三十五話:バグの解法、あるいは神罰の鉄槌(エルサ・ゼオン・カイル視点)
【エルサ視点】孤独な思考のループ
「ーーゼオン様のあの誠実さは、義務。救い上げることで己のプライドを満たしているだけ」
薄暗い自室の机で、私は一人、白紙の羊皮紙に無数の数式を書き殴っていました。
フランチェスカ様が残していった言葉は、私の大人の脳内で強力なバグ(論理エラー)となり、システムを狂わせ続けています。
(ゼオン様の熱が、もし私個人に向けられたものではなく、ただの『王太子としての役割』の出力結果だとしたら。私の存在価値の計算式は、根本から崩壊する……)
前世の二十五年、そして今世。私は常に「相手が求める役割」を計算し、それを完璧に演じることで生存してきました。だからこそ、ゼオン様の無条件の愛が「ただの役割演劇」だと言われた瞬間、それを否定する明確なデータを持たない私の頭脳は、再び暗い檻の底へと転落していくようでした。
「違う、と……証明したいのに」
ペンを持つ指先が、冷たく震えていました。彼が嘘をついているとは思えない。けれど、大人の理性が「騙されるな、期待するな」と、かつての傷口を抉るように囁くのです。一生懸命に、必死に、私は彼を信じるための「正しい答え」を導き出そうと、終わりのない思考の泥沼を彷徨っていました。
その裏側で、我が主君がどれほど凄惨な「現実の解法」を実行しているかも知らずに。
【ゼオン視点】奈落への調教
「ーーひっ、あああああッ……!?」
ガルディニア王宮の地下、一般の貴族は存在すら知らない特設審問室。
そこには、さっきまで高級なドレスを纏っていたはずのフランチェスカと、その父親である公爵が、床に這いつくばって文字通り血の涙を流していた。
身体的な拷問? そんな安いものは使わない。カイルが用意した「論理的、かつ物理的な完全なる圧殺」だ。
「公爵。貴様らの領地における不正会計、および近隣諸国との不法な密貿易の証拠だ。すべてカイルが裏を抑えてある。本日をもって貴様らの爵位は剥奪、全財産は没収、一族全員を最果ての鉱山奴隷に処す」
「で、殿下……っ! お許し、お許しください! フランチェスカが、あの小娘に少し口を滑らせただけで、なぜ我が家がここまでの目に……っ!」
老公爵が血を吐きながら床に頭を打ち付ける。
その隣で、フランチェスカは恐怖のあまり失禁し、ガタガタと歯を鳴らして震えていた。彼女の自慢だった美しい髪は乱れ、プライドなど粉々に砕け散っている。
「『少し口を滑らせた』だと?」
俺は立ち上がり、這いつくばるフランチェスカの顔を、容赦なくブーツの底で踏みつけた。
「ぐぇっ……!」
「俺のエルサを惑わせ、傷つけた。その罪の重さが、国一つ分にも満たないとでも思ったか? 貴様らが演じた『大人の嘘』など、俺の絶対的な力の前ではただのゴミ屑だ。殺された方がマシだと思えるほどの絶望を、その薄汚い魂に刻み込んでやる」
踏みつける足に力を込めると、彼女の鼻骨が鈍い音を立てて砕けた。だが、痛みなど恐怖の十分の一にも満たないだろう。彼女の脳内は今、一瞬にしてすべてを失った「論理的な破滅」の事実で、立ち上がる気力さえ完全にへし折られていた。
【カイル視点】蛇の完全なるねじ伏せ
「フランチェスカ嬢。貴女はエルサ様を『救い上げることでプライドを満たしている』と評しましたね」
私は眼鏡の位置を静かに直し、冷徹な微笑みを浮かべて、ぼろぼろになった彼女の前にしゃがみ込みました。
「残念ながら、それは貴女の致命的な計算違いです。我が主君がエルサ様に向ける執着は、そのような安い理性や義務では測れない。……殿下は、あの御方のためなら、この国(ガルディニア)の貴族の半分を平気で間引き、大陸を血の海に沈められるお方です。貴女は、触れてはならない神の領域の鱗を逆撫でしたのですよ」
私が手元の書類ーー彼らのすべての逃げ道を封じる財政破綻の証明書を彼女の目の前で破り捨てると、フランチェスカの瞳から完全に生気が消え失せました。
物理的な痛み、論理的な逃げ道の完全な喪失。
もう二度と、声を発することさえ不可能なほどに、彼女の精神は完全にねじ伏せられ、蹂躙されたのです。
「殿下、処分を執行いたします。……それと、エルサ様ですが」
「分かっている」
ゼオン殿下はブーツについた血を無造作に拭き取ると、その紺色の瞳に、狂おしいほどの独占欲と、エルサ様へ向けるための唯一の「温もり」を戻されました。
「まだ部屋で一人、あの馬鹿げたバグを解こうと泣いているはずだ。……今すぐ、俺がその頭脳ごと、完全に抱きしめて上書きしてやる」
立ち上がる力さえ失い、泥のように床に転がる亡霊たちを残し、ゼオン殿下は我が国の「至宝」が待つ、静かな寝室へと歩みを進めました。
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