完璧すぎる彼氏

君だけは知らなかった

第25話 「君だけは知らなかった」

プレゼンから三日後。

会社には朝から落ち着かない空気が流れていた。

「今日ですよね。」

「ああ。」

「結果発表……。」

社員たちは何度も時計を見上げている。

蒼真だけは、いつもと変わらずデスクに向かっていた。

「社長、緊張しませんか?」

若い社員が尋ねる。

蒼真は穏やかに笑った。

「もちろん緊張する。」

「でも。」

書類を閉じる。

「結果より大切なものは、もう手に入れたから。」

社員たちは不思議そうに顔を見合わせた。

その頃、花音は会社近くのカフェで蒼真を待っていた。

約束の時間になると、蒼真が静かに現れる。

「待たせた。」

「結果は?」

花音が不安そうに尋ねる。

蒼真は少し笑う。

「まだ連絡は来てない。」

「そっか。」

二人は窓際の席へ座った。

しばらく沈黙が続く。

すると蒼真が静かに口を開いた。

「花音。」

「うん。」

「今日は、ずっと話したかったことがある。」

その真剣な表情に、花音も姿勢を正した。

「高校二年の秋を覚えてる?」

「高校……?」

花音は少し考え込む。

「ごめん、思い出せない。」

「やっぱり。」

蒼真は優しく笑った。

責めるような笑顔ではなかった。

どこか懐かしそうな笑顔だった。

「あの日、雨が降ってた。」

その一言で、花音の胸が少しだけざわつく。

「校舎裏で、一人の男子生徒にタオルを渡した。」

「……。」

「『無理しなくていいよ』って言ってくれた。」

花音の瞳が大きく開く。

頭の奥で、ぼんやりと景色が浮かび始める。

雨。

濡れた制服。

俯いていた男の子。

「……もしかして。」

「うん。」

蒼真はゆっくりとうなずいた。

「あれは、俺だった。」

花音は言葉を失う。

「でも……あれだけのことだったよ?」

「花音にはね。」

蒼真は静かに笑う。

「あの日の花音は、いつも通り優しかっただけ。」

「……。」

「でも俺は。」

少しだけ声が震える。

「あの日、生きていてもいいんだって初めて思えた。」

花音の目に涙が浮かぶ。

「そんな……。」

「だから決めた。」

蒼真は花音を真っすぐ見つめた。

「君の隣に立てる男になるって。」

「大学で宅建を取ったのも。」

「会社を作ったのも。」

「誰かの帰れる家を増やしたかったのも。」

「全部、君に出会った日から始まった。」

花音は涙をこぼした。

自分は何も覚えていなかった。

それなのに。

目の前の人は、十年以上もその日の約束を胸に生きてきた。

「ごめんね。」

花音が震える声で言う。

「私、何も覚えてなくて……。」

蒼真は優しく首を横に振る。

「謝らないで。」

「君は、あの日と同じ。」

「困っている人を見ると放っておけない。」

「その優しさに、俺は何度も救われた。」

そっと花音の涙を指先でぬぐう。

「だから今度は。」

蒼真は照れくさそうに笑った。

「俺が一生、君を幸せにしたい。」

その言葉に、花音は静かにうなずいた。

「私も……。」

「これからは、蒼真を一人にしない。」

二人は互いの手を強く握り合う。

長い片想いは、ようやく同じ想いへと変わり始めた。
< 25 / 30 >

この作品をシェア

pagetop