恋を知らない私への処方箋――エリート上司と癒やし系同僚がくれる、ほんものの愛

第40話 変わらない距離

 次の日。目が覚めた私は大きくため息を吐いた。

 憂鬱だ。だって、昨日のあれがあるから。
 桐生さんと顔を合わせるの、超気まずい。

 でもこうなることをわかっていて別れを選んだんだからしかたないよね。
 彼も優しく受け入れてくれたんだし、きっと大丈夫。そう思おうとするけど、やっぱりどこか落ち着かない。

 今まで通り接することができるかな。いや、それよりも彼が普段通りに接してくれるかどうか。そっちのほうが不安だった。

 だって振られた相手と接するのって、嫌でしょ。そういう経験がないからわからないけどさ。

 どうしよう。冷たくされたら、無視されたら。

 いやいや。彼はそんな人じゃない。……そうじゃないけど。

 顔を合わせたとき、どんな態度を取ればいいの?
 だれか、教えて。


 もうげっそり。
 朝から考えすぎて疲れてしまった。もう帰りたいよ。

 会社のビルを見上げながら、またため息をついた。

「おはよう」

 不意に声をかけられて振り返る。

 びっくりして固まる私の前を、桐生さんはいつも通りの爽やかな笑顔で通り過ぎていく。

「今日も頑張ろうな」

 それだけ言うと、桐生さんは颯爽とビルの中へ入っていった。
 私はただ呆然とその背中を見送るしかできなかった。


 廊下を歩きながら考える。

 ……こんなものなの。そんなに簡単に、普通に振る舞えるもの?

 すれ違う社員と挨拶を交わしながらデスクに着き、ちらりと桐生さんを見た。
 至って普段通りだ。
 爽やかな笑顔で、同僚と話していた。

 うーん。私が気にしすぎなのかな。

 じっと見ているとふいに目が合って、慌てて視線をさまよわせる。
 彼は優しくにこりと微笑んでから、何事もなかったように再び同僚との会話を続けた。

 それからも、彼はいつもと変わらなかった。
 私は緊張のせいか、どうしてもぎくしゃくしてしまう。

 そんな私に、桐生さんは変わらず優しく笑うのだった。



 そして、昼休み。
 桐生さんに声をかけられて足を止める。
 向かい合った瞬間、心臓がやけにうるさく鳴った。

「食事でもしながら、話そう」

「あ、はい」

 かたくなっている私を見て、桐生さんはほがらかに笑う。
 ほんと、大人と子どもって感じ。
 いつまでも緊張していて、我ながら恥ずかしい。

 食堂に着くと桐生さんが昼食をご馳走してくれた。
 いいって言ったんだけど、「いいから」とあっさり押し切られてしまう。

 促されるまま席に腰を下ろした。

 目の前に彼がいる。それだけで気まずさが増していく。
 どうしていいかわからず、俯いたまま黙り込んだ。

「どうしたの? 今日はかたいね。もしかして、遠慮してる?」

「え? あ、はい」

 正直に答えると、くすくすと笑われた。

「君らしいな。……やっぱりいいな、そういうの」

 愛おしそうに向けられたそのまなざしに、頬が熱くなる。

「あの、その……」

 戸惑っていると、桐生さんはゆっくり首を横に振った。

「そんなに構えないで、普通にしてくれると嬉しい。
 まあ、君は真面目で優しいから、いろいろ考えちゃうんだろうけど」

 ふっと息をついたあと、まっすぐに私を見る。

「付き合う前に戻ろう。
 これからは、そうだな。ただの同僚でもいいし、友達でも。歓迎するよ」

 にこりと微笑まれて、私は唖然とした。

 すごい……。さすがというか、これが余裕ってやつなのかな。
 こういうことに慣れてる? いや、桐生さんって、そもそも振られなさそうだけど。

 付き合って別れたあとって、こんな感じなの?
 まあ人それぞれか。ドラマでもいろいろだもんね。
 ただ、桐生さんが優しくて大人なだけ。

 じっと見つめていると、彼は目を瞬かせて少し視線を逸らした。

「……ごめん。そんなふうに見つめられると、まだちょっと」

 言いにくそうに頬を染める。

「え! す、すみません」

 私も慌てて視線を外した。

 少しだけ沈黙が落ちたあと、桐生さんが口を開いた。

「さ、食べよう」

 そうだ。まだ食事をしていなかった。緊張のせいか、すっかり忘れていた。

「は、はい。いただきます」

 気恥ずかしさを誤魔化すようにご飯に食らいつく。
 すると、また彼が優しく笑った。
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