溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

第21話 いち難去ってまた、いち難?

 そのあと、守兄はあっさりと背を向けて去っていく。
 遠ざかる背中が小さくなり、やがて片手を上げてのんきに手を振った。

 ……なんだったの。
 ほっとしたような、でもまだ胸のざわつきは消えない。

 守兄がいなくなった途端、あきらと私のあいだに気まずい沈黙が落ちた。
 やばい、この空気。ご機嫌斜め?

 そっと横目でうかがうと、あきらの眉間にはくっきりシワが。
 口元はへの字で、明らかに怒ってる。

「あ、あきら」

 おそるおそる声をかけた、その瞬間。

「さっき、何話してたの? 二人で」

 刺さるような鋭い声。
 こそこそ話していたのが、よほど気に食わなかったらしい。

「あ、あれは別に……ほら、挨拶してただけだよ。
 それに、あきらとデート中だから邪魔しないでって言ったの。だから帰ったでしょ?」

 必死に笑顔を作って言い訳するけど、あきらはじっと目を細め、私を見据える。

「家がどうとか聞こえたけど。あいつ、星の家に行ったことあるの?
 俺なんて一度しか行ったことないのに」

 憤慨した声で詰め寄ってくる。
 ぎらついた視線に、思わず一歩下がった。

 そう、あきらが私の家に来たのは一度きり。
 しかも外からちらっと見ただけで、あんまりじろじろ見られると困るから、急いでその場を離れた。
 中まで入られたら、貧乏なのは一目でバレる。

 そんな生活を、赤裸々にさらす勇気なんてない。

 ここは、なんとか誤魔化すしかない。

「えーと、それは……幼馴染だから。小さいころに来たことを言ってるんだよ」

 嘘。本当は昨日来た。
 またひとつ、あきらへの嘘が増えてしまった。

「ふーん、ずいぶん仲良いんだね、守兄と」

 あきらは唇を尖らせ、腕を組んで横目で睨んできた。

 険悪な空気がどんどん濃くなっていく。
 うぅ、どうしよう。

「守兄のことはもういいでしょ。今は私とデート中なんだから、楽しもう?
 せっかくの休みだよ?」

 そっと腕を絡ませ、彼の隣にぴたりと寄り添う。

 あきらが一瞬きょとんとして、照れたように視線を逸らした。
 こういうとこ、ほんと可愛い。

「え? まあ、うん」

 まだ不満げだけど、なんとか頷いてくれた。

 ほっと息をついた私の目に、照れたあきらの顔が映る。
 その表情がたまらなく愛しくて、そっと頬にキスをした。

「っ……ひ、星?」

 大きく目を見開いたあきらと目が合って、つい口元がゆるんだ。

「ふふっ」

 視線を落とすと、彼の気配が近づいてきて、唇を塞がれた。

 しばらく、静かな甘い時間が続く。

 長く深い口づけのあと、ふたりでそっと顔を離した。
 お互いに照れたように目を合わせ、くすりと笑う。

「星……好きだよ」

「私も、あきらが好き」

 小さく囁き合い、指先を絡めて歩き出す。

 ひとまず、守兄のことは納得してくれたみたい。よかった。
 でも、いつかは話さないといけないのかな。

 守兄が初恋の人だったことも、私の複雑な家庭のことも。

 わざわざ言うことじゃないと思ってる。
 聞かれてもいないのに告げるのは、なんだか違う気がするし。
 それに、あきらに余計な心配をかけたくないしね。

 けど……隠し続けるのも、正直苦しかった。
 あきらへの嘘や秘密がどんどん増えていくみたい。

 いつか話す日が来るのだろうか。


 ***


 そして、数日後。

 校門を出たところで、私は足を止めた。
 あんぐりと口を開け、視線の先を凝視する。

「やあ、星」

 校門のすぐ外で、爽やかな笑みを浮かべて手を上げる人物。

 守兄。

 急いで駆け寄り、彼の腕を掴み、校門の死角へと引っ張り込んだ。
 人目を避けるようにして、小声で問いただす。

「ちょっと、いったいどうしたの? こんなところまで」

「星に会いに来たんだけど?」

 きょとん顔で返されてしまう。
 私は怒りを込め、詰め寄った。

「なんでわざわざ学校に来るの!?」

「ちょうど仕事が終わったところでね。時間を見たら下校時刻だったから、迎えに来たんだ」

 悪びれもなく、にこりと微笑む顔を見ながら、私は大きくため息をついた。

 ……いや、別にいいんだけど。

 でも、周りの視線が痛い。

 こっそり周囲を見回すと、女生徒たちの視線が一斉にこちらへ集まっていた。
 当然、視線の先にいるのは守兄。

 やっぱり目立つんだよね。

 整った顔立ちに、すらりとした体型。立っているだけで絵になる人。

 小さい頃から、わかってた。
 守兄と一緒に歩くと、いつだって視線を浴びる。

 あの頃はただの「妹分」に見られていたんだけど、今は違うのかな。
 私たち、いったいどういう関係に見えてるんだろう。

 じっと彼を見つめると、ぐっと顔が迫ってくる。

「なに? 俺に見惚れて」

 不意打ちの距離に、息が止まりそうになる。

「な、なんでもないよ」

 ぷいっと顔を背け、慌てて離れる。

「ここじゃ目立つから、移動しよ!」

 そう言って一歩踏み出した、その瞬間。

「いたっ」

 誰かとぶつかった。
 目の前に見慣れたパーカーが映る。

 嫌な予感が走った。

 顔を上げると、
 そこには――あきらがいた。
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