溺れるほど、きみが好き~国民的アイドルと初恋の幼馴染に奪い合われて、困ってます~

第62話 弟の優しさ

 守兄はぴたりと動きを止めた。

「な、なんだよ……こんなときに」

 眉をひそめながら、名残惜しそうに上体を起こす。
 気だるげに立ち上がると、インターホンの画面をのぞき込んだ。

「はい……」

『姉ちゃん! いる~?』

 ――え!? 太陽!?

 弟の声に驚いて、私は慌てて飛び起きた。
 乱れた衣服や髪を急いで整える。

 妙な恥ずかしさが込み上げてくる。
 守兄と目が合い、思わずふたりして固まった。

 な、なんで太陽が……。



 そのあと少しだけ守兄と太陽がやり取りを交わし、私は帰ることになった。

 先ほどのこともあり、気恥ずかしさが勝って守兄とはまともに話せなかった。
 視線もちらちらと合わせるだけ。
 けれど、それは彼も同じだった。


 マンションを出ると、外はもうすっかり日が暮れていて、街灯や店先の明かりが歩道を照らしていた。
 弟と並んで歩きながら、そっと横目で太陽の様子をうかがう。

 すると、不意に彼の瞳がこちらを向き、ばっちりと目が合った。

「なに?」

 きょとんとした顔で問われ、慌てて言葉を探す。

「え!? い、いや……どうして迎えに来てくれたのかなって」

 正直に尋ねると、太陽は少し苦笑しながら答えた。

「だって、心配だったんだよ。
 守兄がいるから大丈夫かなとは思ったけど……うーん、いろいろとね」

 どこか言いにくそうに笑う太陽。

 もしかして、あきらのことを指しているのだろうか。
 きっとそうなんだろうな。この子、ほんと鋭いからなあ。

 また弟に心配をかけてしまったことに、胸がちくりと痛んだ。

「うん、ごめんね。心配かけて」

 細かい事情まではわかっていないんだろうけど。弟が私を気づかってくれているのは明らかだった。
 だから、素直にそう伝える。

 すると、太陽がふっと柔らかく笑った。

「僕、あきらさんと会ったよ」

「えっ!?」

 声がひっくり返る。
 やっぱり……あのあと、あきらは家にいたの? 太陽と鉢合わせてしまった?

 驚いて目を大きく見開いた私を、太陽は優しく見つめ返してきた。

「あきらさんから、だいたいの事情は聞いた。
 ねえ、本当にあきらさんと別れるの?」

 彼にしては珍しく、真剣な表情。
 その瞳には、ほんのり切なさがにじんでいた。

 あきらの顔が脳裏によみがえり、胸にじわりと痛みが走る。

 少し考えてから、私は小さく頷いた。

「……うん。そうなるかな」

 気持ちを誤魔化すように、わざと笑みを浮かべる。

「それでいいの? 姉ちゃん、守兄と付き合うの?」

 まっすぐな眼差しに射抜かれ、心臓が強く跳ねる。
 すべてを見透かされているようで、動揺する。

「うん……そう。守兄と付き合う。あきらとは、別れる」

 声が小さくなっていく。
 本当は嫌だという気持ちがにじみ出てしまうようだ。

「……ふーん」

 太陽はどこか納得しきれない顔で、ふいに視線を落とす。

「な、なによ?」

「ううん、別に。姉ちゃんがそう決めたなら、僕は何も言わないよ。
 守兄のことは大好きだしさ。あの人なら、姉ちゃんを幸せにしてくれる」

 そう言って、くしゃっと笑う太陽。
 じんと胸が熱くなる。

 本当に、できた弟だ。
 どこまで把握しているのかはわからないけど、私の気持ちを尊重して、傷つけないように配慮してくれている。

 ありがとう、と心の中でそっとつぶやいた。

「それに、守兄の方がこれ持ってそうだしね」

 太陽がいやらしい笑みを浮かべ、人差し指と親指で丸を作る。

「た、たいよう!」

 思わず声を上げると、太陽はケラケラと笑った。

「もうっ!」

 怒りながらも、いつの間にか心が少し軽くなっていることに気づく。
 守兄と弟のおかげで、どん底だった気持ちが少しずつ晴れていた。

「太陽……ありがとう」

 微笑みかけると、太陽も嬉しそうに笑ってくれた。
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