未来と過去とイフがわかるお嬢様の学園生活
 「あぶき君を助ける方法はないの?」

 そう尋ねてきたのは、
 あぶきの母だった。

 私は、かすかに意識を集中させた。

 未来を見る。

 さらに
「もし違う選択をしたら」
 というイフの世界まで確認する。

 しかし、
 どれだけ見ても答えは変わらなかった。

「ないわね」

 あぶきの母は目を見開いた。

「そんな……本当に何も方法はないって言うの?」

「正確には一つだけあるわ」

「それは?」

「病院嫌いを克服して、
入院を受け入れて、
治療も、
手術も受けることを検討することね」

 静かな部屋に沈黙が落ちた。

 私は何度も未来を確認していた。

 あぶきは重度の喘息を抱えている。

 医師は何度も入院を勧めている。

 それでも本人が拒否している。

 薬は飲まない。

 診察も最低限は受ける。
 だけど、
 途中で投げ出す。

「未来を変えてよ?」

 母は必死そうだった。

 私は呆れたように答えた。

「未来は変えられる。
でも、本人が変わる意思を持っている場合だけだよ」

 再び未来を確認する。

 病院へ向かう未来、
 入院する未来、
 拒否し続ける未来、
 いくつかのの可能性を確認する。

 だが、
 病院へ行かずに助かる未来だけは存在しなかった。

「未来予知でも、
イフの世界でも確認したわ。
病院へ行かないで助かる未来は、
一つもないって言っていい」

 私はさらに続ける。
「そもそも、本人が何も変えようとしていないのに、
私だけに何とかしてほしいでどうかしてる」

 それは責めているのではない。

 事実だった。

 未来を知る能力は万能ではない。

 本人が動かなければ、
 未来は動かない。

「私には選択肢を示すけど、
選ぶのは本人次第だよ」

 それ以上、私にも言えることはなかった。

 翌朝、
 私は制服に袖を通した。
 白いブラウスに白のスカート。
 私立白薔薇学園の制服だ。

 この学校は制服が二種類あり、
 その日の気分で好きな方を選べる。

 今日はブレザーの制服にした。

 鏡を見て身だしなみを整える。

 スクールバッグを肩へ掛けると、
 小さなもぞもぞという感触があった。

 バッグの隙間から、
 小さなハムスターが顔を出す。

 もっとも、それは本物のハムスターではない。

 妖精のクリチェートだった。

「今日は学校?」
「そうだけど」

 クリチェートは私の肩へ飛び乗る。

「人間に見つからないようにしてね」

 私はそのまま登校した。

 白薔薇学園は県内でも有数の進学校だった。

 校舎は新しく、
 ガラス張りの廊下には朝日が差し込む。

 設備も整っている。
 図書館も広い。
 制服も可愛い。
 私はこの学校が気に入っていた。

 ただ一人だけ、予測できない存在がいる。

 石ノ木レオ君。
 彼だけは例外だった。
 私は未来予知ができる。
 過去を見ることもできる。
 さらに、選ばれなかった可能性――イフの世界まで確認できる。
 普通なら、それで十分だった。

 だが石ノ木君だけは違う。
 彼は世界を素手で壊せる力を持ち、
 歴史改竄と法則改竄まで使える。
 世界のルールそのものを書き換えてしまう存在。

 だから私が未来や過去を見ても、
 それ自体を石ノ木君が後から書き換えてしまえば意味がない。

 私の能力は、
 彼の前ではほとんど無効化される。
 未来が見えないわけではない。
 ただ、「石ノ木君がその気になれば全部変えられる」という前提がある。
 予測不能とは、そういう意味だった。

 一時間目のホームルーム。
 担任の先生が紙を配る。
「今日は進路希望調査を書いてください」
 教室が少しざわつく。
「まだ決まってないよ」

 私は紙を受け取り、
 迷わず書き始めた。
 将来就きたい仕事、
 進学先、
 必要な資格、
 卒業後の予定、
 私はすべて知っている。

 未来を見れば、
 一番失敗しない選択肢が分かるからだ。

 私は最悪の未来を避けられる進路を書いた。

 夢や憧れではない。

 現実的で、失敗する可能性が最も低い未来だった。

 放課後、
「ちょっと職員室まで来てくれるか?」

 担任に呼び出された。

 私は素直についていく。

 先生は進路希望調査を見ながら言った。

「ずいぶん現実的だね」
「はい」
「もっと夢はないの?」

 私は少し考えてから答えた。
「私はもう小学生ではありません。
もちろん夢は否定しません。
でも私は政治家の家で育っています」

「政治家?」

「実父も養父も政治家です」
 先生は驚いていた。

「だから政治家令嬢として、
非現実的なことを書くわけにはいきません」

 将来の進路一つでも、
 周囲から見られる立場がある。

 夢だけでは済まされない世界がある。

 先生は納得したように頷いた。

「そういう事情だったのか」

 先生は話題を変えた。
「ところで、どうして白薔薇学園を選んだの?」
 私は即答した。
「進学校だからです」
「それだけ?」
「偏差値が高かったので」
 先生は笑う。
「すごく現実的だね」
「それだけではありません」
「ほかにも?」
「校舎が綺麗でした」
「なるほど」
「制服も可愛いです」
「そうなんだ」
「制服が二種類あって、
その日の気分で選べるところも気に入りました」
「そんな理由もあるんだ。」
「毎日着るものですから、結構大切だったりします」
「確かにね」
 先生は進路希望調査を返してくれた。
「ありがとう。
参考になったよ」
「失礼します」

 私は一礼して職員室を後にした。

 先生には、話さなかった。

 一番最悪な未来を回避できる進路が、
 白薔薇学園に進学するということを。

 そして、
 この学園には、
 石ノ木君という予測不能の存在が入学する未来が見えていたということを。

 帰り道、
 クリチェートが肩へ飛び乗る。

「異能のことは話さなくてよかったのか?」
「先生は普通の人間だから。
未来予知や過去視、
イフの世界なんて説明しても信じられないし、
信じたとしても先生にはどうすることもできない」

 クリチェートは静かに頷く。

「だから話さないんだ」
「それだけじゃないけどね」

 私は夕焼けに染まる白薔薇学園を振り返る。
 未来は見えている。
 過去も知っている。
 無数の可能性も理解している。
 
 だけど、
 無数の可能性も、
 未来も、
 行動次第では、
 誰も予測できない道も作れたりする。
< 3 / 7 >

この作品をシェア

pagetop