転生令嬢は謎の騎士に溺愛されています!?~地味スキルと言われましたが【待機】と【接続】で料理も魔法も思いのまま? 辺境で幸せになります!~
その日の夕方。
私たちは街道沿いの開けた場所で、最初の野営をすることになった。
とはいえ、明後日には国境の拠点に着く予定のため、本格的な陣地は構築せず、簡易テントをいくつか張るだけの簡素なものだ。
一応、私には一番上等な一人用のテントが割り当てられた。
シオンさんたち騎士団の皆さんは、少し離れた場所で固まって休んでいる。
深夜。
ふと目が覚めた私は、テントを抜け出した。
辺りは静まり返り、満天の星空が広がっている。
ふと見ると、消えかけた焚き火のそばに、漆黒のマントを羽織った大きな背中があった。
レオンさんだ。
「レオンさん。まだ起きてるんですか?」
私が声をかけると、彼はビクッと肩を揺らし、振り返った。
「ユフィ……。起こしてしまったか? 俺は寝ずの番だ。君を危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」
最強の騎士団長が、たった一人のサポーターのために徹夜で見張りをしてくれているらしい。
私は申し訳なさと温かい気持ちになりながら、こっそり持参していた道具を取り出した。
小さな鍋に水を張り、【待機】させていた熱を使って即席の温かいお茶を淹れる。
「はい、差し入れです。夜は少し冷えますから」
湯気の立つカップを差し出すと、レオンさんは翡翠色の瞳を丸くして、それから、酷く優しく目を細めた。
「ありがとう。君は本当に、いつも……」
レオンさんはカップを両手で包み込むように受け取ると、一口飲み、幸せそうに息をついた。
焚き火の赤い光が、彼の美しい横顔を柔らかく照らしている。
「レオンさんも、無理しないでくださいね。私のサポートが必要な時は、いつでも言ってください」
「ああ……君が傍にいてくれるだけで、俺はなんだってできる気がするよ」
静かな星空の下。
パチパチと薪の爆ぜる音だけが響く中、私たちは並んで座り、穏やかな夜の時間を共有した。
ふと、見上げた夜空に瞬く無数の星々を見つめる。
この世界の夜空には、前世の夜空を縦断していたような『天の川』は見えない。
星々を繋いで星座を作り、そこに名前を付けるような習慣も、この国にはないそうだ。
「……星にまつわる古い物語があるんですよ」
温かいお茶でほっと一息ついた私は、何気なく口を開いた。
「物語、か。ぜひ聞かせてほしい」
「恋人同士だった男女のお話です。二人はとても仲が良かったんですが、仲が良すぎてお互いの仕事をおろそかにしてしまって。それに怒った神様が、二人を『星の川』と云う大きな星の川の両岸に引き離してしまったんです」
「引き離した、だと?」
レオンさんの声が、微かに低くなった気がした。
「はい。でも、二人があまりにも悲しむので、神様は条件を出しました。しっかり真面目に働くなら、一年に一度、夏の夜にだけ星の川を渡って会うことを許す、って。それが今日くらいの時期の星空なんです」
ロマンチックな悲恋の物語。
前世では、七夕の時期になると街中が笹飾りで彩られたものだ。
「理解できないな」
ふと隣を見ると、レオンさんが焚き火の光の中で、酷く冷たく、恐ろしいほど鋭い瞳をして星空を睨みつけていた。
「レオンさん?」
「俺がその男なら、一年に一度など絶対に待たない。引き裂くというのなら、星の川ごと剣で叩き割り、二人を遠ざけた神を滅ぼして、その日のうちに彼女を奪い返す。……たった一日でも、愛する者を失って平常心でいられるはずがない」
その声はひどく真剣で、冗談や例え話の類には全く聞こえなかった。
事実、彼の周囲の気温がスッと下がり、凄まじい覇気のようなものが漏れ出している。
(さ、さすがSクラス冒険者……! 神様が相手だろうと、容赦ない)
「ただの物語ですよ!? あ、あれがオリヒメの星ににているかも!?」
私が指差した先には一等星に匹敵する明るさの星が煌めいていた。
「あの星を辿って……あっちがヒコボシの星ぽいなあ……」
「その物語は、どこで読んだんだ?」
相変わらず怖い表情のまま、レオンさんは星空を睨み上げている。
剣に手を掛けるのは、やめて欲しいんだけどーー。
「えーっと、前世、とか言ったら信じます? ここじゃない世界、ここじゃない私の居たところのお話」
ゆっくりと視線がこちらに向けられた。
何かを探るような目つき。
「君は」
「なんて、嘘です嘘! 折角星がこんなに見えるのに、勿体ないなあとか思って。ほら、あの星とあの星を結ぶと、大三角……クレープぽくないですか?」
慌てて両手を振りつつ、適当に星を示すと、レオンさんは漸く喉の奥で笑いをもらした。
やばい。
ここの世界って前世話禁忌かもしれないもんね。
気を付けないと。