クール弁護士の背中に恋をしたら、なぜか溺愛監視されています


 あまりよく眠れないまま、翌朝を迎えた。
「いかん……。まだ背中がちらついてる」
 のろのろと身支度を整え、どうにか出社する。
 どうにか無心で仕事をこなし、迎えた退社時間。
「小宮」
 背後から声をかけられ、肩が跳ねた。
 振り向くと、そこにはいつもどおりスーツを着込み、銀縁眼鏡をかけた坂下さんが立っていた。
「お、お、お疲れさまでっす!」
 思わず声が裏返った。
 坂下さんは一瞬眉をしかめたが、すぐに真剣な表情で私を見つめた。
「昨日のことなんだけど」
「はい」
「事務所の人間には、内緒にしてもらえないか?」
 声を落としてそう告げられる。
「副業ってほどじゃない。ただ祖父の店を手伝っているだけだけど、うちの事務所は本業以外の仕事を原則認めてないから」
「ああ、そうですよね。クライアントとどこで出くわすかわからないし」
 眼鏡を外していたのも、顔を知られないようにするためだったのだろうか。
「もちろん、誰にも言いません」
 クールな見かけに反してあんな素晴らしい体をお持ちだなんて、誰にも知られたくない。
「これは、ふたりだけの秘密です!」
 私は決意をあらためてぎゅっとこぶしを握ってうなずいた。すると坂下さんは不思議と真面目な顔のままじっと私の顔を見た。
「ふたりだけか。……でも、どこまで信用できるかな」
「え?」
 坂下さんの口元に、うっすらと意味深な笑みが浮かんだ。
「おまえドジだからな。俺の目が届かないところで誰かに話されても困る」
「そ、そんなことしません。だって私――」
「だから提案。俺と付き合え」
「え?」
 付き合う?
 それはつまり、あの素晴らしい背中を、いつでもすぐそばで眺められるということ?
「形だけの交際だ。一緒に昼食ったり夜食事に行ったり……なんだ、その……休日はたまに一緒に外出したり・・・…」
「ということはデートの際は坂下さんのファッションに注文つけてもいいですか?」
「で、デート? まあ、別にいいけど……」
「付き合います!」
「早っ!?」
私は興奮おさえられぬ勢いで身を乗り出した。
「私、背中フェチなんです!」
「は?」
「坂下さんは、私がずっと探し求めていた理想の背中の持ち主なんです!」
「はああ!?」
 驚愕する坂下さんを、私はうっとりと見つめた。
「昨日のお背中、本当に素敵でした。広くて、逞しくて、男の中の男って感じで。あんなに素晴らしい背中に出会ったのは初めてです。思い出すだけで、今もドキドキが止まらなくて……」
「ド、ドキドキ?」
 坂下さんは耳まで真っ赤になっている。照れているのだろうか。あのいつもはクールで冷静沈着で怖いくらいの坂下さんがこんな顔をするなんて、なんてかわいいの!
「偽装交際だろうが監視目的だろうが、あの背中を独り占めするためなら、私、なんだってします!」
「なんだよそれ、背中、背中って……まあ、最初はそれでもいいか」
「え?」
 坂下さんは睨むように私を見つめた。
「決まりだ。今日から、お前は俺のもの」
「それはつまり、坂下さんの背中も私のものということですね? 痛ぁ!」
 言った瞬間、おでこに軽いデコピンをもらった。
「なんで怒るんですか?」
「うるさいこの背中フェチが! 覚悟しておけよ。俺は独占欲、かなり強いからな」
「私の背中への執着心も甘く見ないでくださいっ。痛ぁ!」
 またデコピン。
「張り合うところが違う。ああもういい。ほらさっさと一緒に帰るぞ」
「はーい」
「付き合い初日なんだから、飯行くぞ」
「はーい!」
 坂下さんは盛大なため息をつくと、廊下をずんずんと歩き始めた。
 私はその背中を追いかける。
 不意に坂下さんが立ち止まり、私の手を握った。
 とても熱くて力強い手に、背中を見たときとは違う胸の高鳴りを覚えた。
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