秋の静寂に、小太り女のポエムを添えて

雨中の作戦

 刻一刻と雨足が強まる中、私は年季の入った錆だらけのジャングルジムの側で六郎に背中を押され歩き出す。私の視界の先に、公園の入口に入ろうとする鶴間君の姿が映った。

  鶴間君はこの公園を抜け道として使うつもりなのだろう。私は捨て猫が入ったダンボール箱が置いてあるベンチの前に立つ。

 そして膝を曲げ、零れそうな大きな瞳で私を見つめる小猫と目を合わす。雨の中、捨てられた子猫を心配する女子の出来上がりだ。

  私は小さく深呼吸しながら横目で鶴間君を盗み見る。クラスでナンバーワンのイケメンは、もう直ぐ私の背後を通る。

『よし! 小田坂ゆりえ「3分間の魔法」を使うのは今だ!!』

 六郎が離れた場所から私の心の中に叫んで来る。私はこの作戦の成否とは別の事で緊張していた。 そう。私が本来の姿に戻れる「3分間の魔法」には、それを発動する為に台詞を設定しなくてはならないのだ。

  六郎が言うには何でも言いらしいが、1度設定すると変更は不可らしい。それを聞いてからの私は、ずっと頭の中でその台詞を考えていた。

  私が本来の姿に戻る為の重要な手段「3分間の魔法」これから何度も口にするであろうその台詞を、私は脳細胞をフル回転させ考えていた。

  どうせ多用する台詞なら品があって格好良くてお洒落なのがいいわ。数ある候補から3つに絞ったけど、どれにするか決められない!

『おい小田坂ゆりえ! 何してんだアンタ! 台詞は何でもいいからさっさと発動しろ!』

  「理の外の存在」に属するアルバイト金髪男が耳をつく大声で怒鳴って来る。うるさいわね! この乙女の繊細な迷い心を理解しない無粋者が!!

  ······ん? そう言えば今日、抜き打ちで実施された現国の小テストで「無粋」の類義語を選ぶ問題があったわ。 私何を選択肢から選んだかしら?

 えーと。1つは「野暮」で。もう1つは······

「······そんな所で何してんだ? 小田坂」

「無骨!?」

 私は突然の背後からの声に驚き、思考の片隅にあった言葉を思わず叫んでしまった。え? 私今何て言った? 何て言葉を口にした?

『おい小田坂ゆりえ! 呆けてる暇は無いぞ!「3分間の魔法」は発動されて今のアンタは本来の姿に戻ってるぞ!』

 六郎の大声で私は我に返る。へ? 発動された? も、もももしかして、私がつい口走った「無骨」が台詞として設定された?

 うそ!? 今の無し! もう一回やり直させてよ!  慌てふためく私は、思い出した様に声の主を見た。私に声をかけたのは、クラスメイトの北海信長だった。

「······ほ、北海君?」

  長身の北海君は、雨の中公園でしゃがみ込む私を訝しげに見つめていた。そして何かに気づいた様にベンチの下を覗く。

「······捨て猫か」

 北海君は鋭い両目でダンボール箱の中の子猫を睨む。当の小猫は警戒心を全く見せず小声で鳴いている。 ど、どうしてこの公園に北海君が?

 肝心の鶴間君は? あ、あれ? 鶴間君が居ない? ついさっき公園の入口に居たのに? 何で? 私は必死で雨中の公園を見回したが、鶴間君の姿はどこにも見当たらなかった。

 おい! 責任者の金髪男! これは一体どう言う事よ!?

「ニャーッ!」

 小猫の一際大きい鳴き声に、私は後ろを振り返った。そこには、傘を放り出し子猫を両手に抱いた北海君の姿が在った。 強雨はたちまち北海君の黒い学ランを濡らして行く。私は慌てて北海君の傘を拾いその中に彼を入れる。

「······ほ、北海君。その猫をどうするの?」

  短い髪を濡らしながら、北海君は大事そうに手にした子猫を見つめていた。

「こんな所に置いとけねーだろ」

  北海君はそう言うと、長い両足を動かし歩き出す。私は北海君が濡れない様に傘を差し出しながら一緒に歩く。


 ······新興住宅地の中を、私と北海君は無言で歩いていた。不思議と通行人も皆無で、聞こえるのは傘と地面を叩く雨音だけだ。

  時折子猫に目をやると、子猫は安心仕切った様子で北海君の大きな両手の中で眠りに落ちていた。 やがて私達は世帯向けのマンションの前に辿り着いた。すると、北海君は不思議そうに私を見た。

「おい小田坂。何でお前、俺の家まで付いて来たんだ?」

 突然の北海君の質問に、私は戸惑ってしまう。つ、付いて来たと言われても。私はただ傘を持っていただけで。 すると、北海君は視線を自分の真上にある傘に移した。そしてその傘を持つ私を改めて眺める。

「······そうか。お前、猫が濡れない様に俺の傘を持っててくれたのか。道理で身体が濡れて無い訳だ」

  え? う、ううん。猫って言うより、北海君が濡れない為だったんだけと。で、でも。気づくの遅くない?

「じゃ、じゃあ。私はこれで」

  ひょっとして北海君は天然なのだろうか? そんな考えが頭をよぎった時、私の聴覚に北海君の声が聴こえた。

「ありがとな。小田坂」

  私が後ろを振り向いた時、北海君の後ろ姿は既に小さくなっていた。また一段と強くなって来た雨音は、何故か私の耳には遠く聞こえた。

「······厄介な事にならねーといいんだかな」

  いつの間にか私の隣に居た六郎のその言葉は、激しく打ちつける雨音に掻き消されていた。







〘······雨音は孤独を紛らわせてくれる。それはどんな名曲よりも、私の心を慰めてくれた。 だが、その名曲は雨粒の形となって私の身体を濡らして行く。私は手にした傘を切なく見上げる。 初めから分かっていた事だった。女性用の傘は私の身体には小さく、傘の用途を成していない。私は決意する。近所のスーパーに男性用の傘を買いに行こうと〙

      
         ゆりえ 心のポエム
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