死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない




 縁側に座って空を見上げると、天高く積み上がった入道雲が見えた。
 志乃が取り付けた風鈴が、湿り気を帯びたぬるい風に揺れ澄んだ音を鳴らす。

 小春は手の中の小さな巾着を見つめた。中には、完成したばかりのラムネ菓子が入っている。

「ラムネ菓子ができたわ」
 独り言のように呟くと、榊の精霊がすぐに声を弾ませた。

『小春、すごい! 本当に作っちゃったんだね!』
「うん。これで朔夜様をいつでも助けられるわ」

 風鈴がちりんと鳴った。

「……役目はちゃんと果たせた」

『僕たちも安心したよ。最近、奥の院の空気が変なんだ』
『朔夜様を回復できる薬があれば心強いよ』

「奥の院……」

 先日の瘴気騒ぎを思い出し、小春は反射的に巾着を胸元へ抱き寄せた。

「これを使わなくてもいい世界なら、一番いいのに」
 ぎゅっと麻の巾着を握りしめる。

「朔夜様にはずっと元気でいてほしいの。私は生きる力を取り戻せた。全部、朔夜様のおかげだもの」

 遠くで蝉が鳴いた。じい、じい、と夏の音が響くたび、胸の奥に切なさが滲んでいく。

「いただいた恩を……朔夜様に返したいわ」
『これで安心してそばにいられるね!』

 無邪気な声だった。
 けれど、小春はすぐに返事をしなかった。

(ラムネは完成した。でも、それだけでは朔夜様は止まらない。私がそばにいる限り、あの方は私を守ろうとしてしまう)

 蝉の声を聞きながら、小春がゆっくりと口を開く。

「菓子はね、離れていても作れるの」

 精霊たちがざわついた。
『待って。それ、どこかへ行くみたいに聞こえる』

 小春は静かに首を振る。
「離れていても、朔夜様を助けることはできるわ」
(たとえ、おそばにいなくても)
 目の奥が熱くなり、誤魔化すように空を見上げた。

「私は、もう──」

 喉が震えて、それ以上は言えなかった。
 風鈴の音が急に遠く聞こえる。

『違うよ! それは小春を守るためでしょ!』
 草木たちがざわざわと葉を揺らした。

「……でも、朔夜様は苦しんでおられるわ。そんなの、私は望んでない」
 ぽたりと涙が落ち、着物に小さな染みを作る。

『小春、離れたらだめ!』
『朔夜様は、そんなこと望んでないよ』

 精霊たちの声を聞きながら、小春は静かに立ち上がった。
 そして、手の中のラムネ菓子をもう一度見つめる。

「渡してくるね。朔夜様を救う菓子を」

(最後は笑って、お渡ししよう)

 その瞬間、草花たちは一斉に押し黙った。
 空に浮かぶ入道雲だけが、夏の熱を抱えたまま、さらに高く伸びていた。




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