冷徹なエリート社長はセフレな私を一途に愛して孕ませたい
「悪い……美桜……行かないでくれ」
彼の指がシーツを強く握りしめる。
「恭司さん」
美桜の瞳に再び涙が滲んでくる。
恭司本人は最後だから手酷く抱くと言い張っていたけれども、性急さは目立ったものの決して乱暴ではなかった。酔っているにも関わらず、美桜の身体が悦ぶことを最優先してくれているようだった。どちからといえば、彼女のことを繋ぎ留めようとしているような雰囲気を感じてしまった。
「恭司さんは不器用です」
恭司はしばらくは起きないだろう。
こんなにも酔っているのであれば、仕事だって休んだ方が良いかもしれない。
美桜はじっと恭司のことを見つめた。
「それに……最後は嫌です。起きたらちゃんとお話ししてください」
そうして、彼の頬に猫の親愛の挨拶のようにそっと彼女は口づけたのだった。
(行くなって言ってる恭司さんを放っていくのは忍びないけれど……)
出勤の準備をしないといけないだろう。
美桜は恭司を起こさないようにしてベッドからすり抜ける。
床に落ちていた下着を身に着け、とりあえずニットワンピースに袖を通した。
(スーツに着替えなきゃいけない)
部屋を出ようとした、ちょうどその時。
暗闇の中、美桜のスマホが明滅した。
そっと近づいて画面を確認すると……。
「……お父さんからだ」
実は昨晩、恭司の帰りを待っている間に、父には「新宮順一とは結婚するつもりがない」とはっきりメールを送っていたのだ。
返事がきたようなので目を通す。
「え? そんな……」
美桜はみるみる青褪めていく。
スマホを持つ手が震えた。
『順一坊ちゃんとの縁談を破談には絶対にさせない。噂が立っている。お前も私もこのままだと悪く言われたままだ。それならば噂を実現させた方が良い。お前がわざわざ幸せを手放す理由が分からない。お前が御影の会社で働いていることは突き止めてある。働くのには目を瞑ってやっていた。だが、今日、お前を迎えに行くことにした。お前のマンション前に向かっている。会えなかった場合は会社に迎えに行く』
父は昔からこうだ。
こちらの言い分を聞いてくれない。
(私は新宮部長と結婚しても幸せになれないのに……)
おそらく父としては美桜の最善を願っての行動なのだろうが――ことごとく美桜の人生の自由を奪ってしまっている事実に気付いてくれていない。
――このままだと父が御影の会社に乗り込んできかねない。
自分のマンションに閉じこもったところで、大家に頼み込んで部屋に強攻してくる可能性が高い。
とはいえ、恭司のマンションに匿わせてもらったところで、父のことだから警察を呼んだりして、恭司に迷惑をかける羽目になる。
だとすれば……。
(メールや電話だけじゃ会社に乗り込んでくるかもしれない。だったら、お父さんと直接会って話をつけなきゃ)
美桜は恭司をチラリと見る。胸の前に合わせた両手をぎゅっと握り合わせた。
(お父さんとの決着をつけたら、恭司さんとちゃんとお話がしたい)
だけど、このままマンションを出て行ってしまったら……。
酔いから醒めた恭司から拒絶されて、もう二度と会えなくなるのだろうか?
WEBニュースに乗っていた女性との縁談話を進めてもらうのだろうか?
けれども、美桜は首を横に振った。
(私は恭司さんが話していたことを信じる)
美桜が「恭司さんも他の女性と……」と昨日の話を持ち出した時、恭司が苦しそうな顔をしたのを思い出す。
――誤解されて苦しいのは美桜だって分かっているのだから。
(あの女性と恭司さんには関係はない。信じるべきは噂じゃなくて恭司さん本人なんだから)
それに――恭司は美桜に嘘は吐いたことはなかった。
再会した時に知らぬ存ぜぬの態度を見せたりしたこともあったし……昨晩の発言は感情を爆発させた結果、思ってもみなかったことを発言してしまったに違いないので……それらは不問としよう。
「もしも私の勘が外れても、この選択を選んだ私自身の責任ではありますが……」
恭司が起きた時に悲しまないようにと美桜はメモを書き残すことにした。
そうして、書き終えると、ふっと口元を綻ばせた。
「恭司さんが会いたくないって言ったとしても、今度は私が恭司さんに『責任とってください』って、社長室に乗り込みますからね」
美桜は恭司の髪を猫を撫でるように優しく撫でると、そっと手を離した。
「恭司さん、待っててくださいね。それじゃあ」
瑠璃色に染まりはじめた空を眺める。
――ドイツの時よりも――恭司と出会って生まれ変わることができたあの日よりも――少しだけ早い朝。
美桜は恭司の元を飛び出したのだった。