最年長側室の覚醒 〜身分の低い私の息子が世継ぎですか? 必ず命を狙われるので、死に物狂いで守ってみせます〜

エピソード10:断罪の鉄槌、崩れ落ちる右腕

クインテラ王国の後宮という名の巨大な盤面において、これほど鮮やか、かつ冷酷な奇襲がかつてあっただろうか。
第一側室エレナが、ブリジェットの「武力」、カタリナの「情報」、そしてフィオナから齎された決定的な「財政の証拠」を完全に融合させたその瞬間、第二側室ヴェロニカの運命は、本人が気づかぬうちに冷徹な死神の鎌によって刈り取られていた。

五月の長雨が上がり、王宮の中庭に突き抜けるような青空が広がったその日。
正妻オーレリアの呼びかけにより、数ヶ月ぶりとなる「全側室合同のお茶会」が、黄金宮の絢爛豪華なテラスで開催されていた。

大理石のテーブルの上には、最高級の茶葉を用いた紅茶と、色鮮やかな焼き菓子が並べられている。
しかし、そこに集まった夫人たちの間に、和やかな空気など微塵も存在しなかった。

「皆様、お揃いですわね。ふふ、今日はこうして皆様の元気なお顔を拝見できて、このオーレリア、大変嬉しく思っておりますわ」

上座に座る正妻オーレリアは、完璧な笑顔を浮かべていた。
だが、その瞳の奥には、白百合宮への激しい嫉妬と怨嗟で擦り切れた狂気の影が、隠しきれずにギラギラと張り付いている。
彼女の隣には、どこか誇らしげに、しかし同時にどこか怯えた表情で自身の腹部を庇うように座る第六側室リリィの姿があった。
リリィは、周囲の側室たちから向けられる無数の突き刺すような視線に対し、相変わらず「おどおどした哀れな少女」の仮面を被り、ドレスの裾を小さく震わせている。

「本当に、リリィ様の『おめでた』の噂には、私たちも驚かされましたわ。陛下があれほど毎夜通い詰められるのですもの、当然の結果ですわね」

第二側室ヴェロニカが、オーレリアに調子を合わせるようにして、意地の悪い笑みをリリィへと向けた。

「けれど……あまりに早い懐妊ですこと。後宮の医薬院の記録を調べさせてもらいましたけれど、入内からこれほど早く兆候が出るなんて、まるで……入内される前から、すでに何かを仕込んでいらしたのではないかと、疑ってしまいそうですわ」

ヴェロニカのその言葉は、リリィの不貞、あるいは帝国の工作を遠回しに糾弾する、鋭い棘を含んでいた。
リリィは「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げて顔を伏せる。

「まぁ、ヴェロニカ様。そのような不敬な邪推は、陛下のお耳に入ればただでは済みませんわよ?」

第四側室フィオナが、いつも通りの世渡り上手の笑みを浮かべながら、優雅に扇を煽った。
彼女の視線は、すでにヴェロニカを「死に体」として見限った、商人の冷徹な光を孕んでいる。

「ふん、日和見のフィオナには聞いていないわ。それよりも……」

ヴェロニカは、冷めた紅茶のカップをソーサーにガツンと乱暴に置くと、その狂気に満ちた細い目を、静かにハーブティーを啜っているエレナへと向けた。

「エレナ様。貴方の翡翠宮は、随分と静かですことね? 自分の息子が第一王位継承者になったと浮かれていたのも束の間、リリィ様が御子を宿されたとなれば、あの平民の血を引くアルフレッドとかいうガキの価値など、一瞬で塵に消え去るわ。今のお気持ちはいかがかしら?」

挑発。それも、母親の逆鱗をわざと踏み抜こうとする、極めて下劣な言葉だった。
普段の大人しいエレナであれば、ここで屈辱に唇を噛み締め、俯いていたかもしれない。
オーレリアもヴェロニカも、エレナのそのような「敗者の表情」を期待して、一斉に冷酷な視線を注いだ。

しかし、エレナは、ゆっくりとカップをテーブルに置くと、フッと、背筋が凍りつくような美しい笑みを浮かべた。

「ヴェロニカ様。人の心配をされる前に、ご自身の『足元』をよくご覧になった方がよろしいかと思いますわ」

エレナのその凛とした、あまりにも不敵な声に、テラスの空気が一瞬で凍りついた。

「な……何ですって? 平民の分際で、この私にそのような口の利き方を……!」

ヴェロニカが激昂して立ち上がろうとした、その時だった。

「――そこまでだ」

重々しく、冷徹な声が、テラスの入り口から響き渡った。
全側室が驚愕して振り返る。そこに立っていたのは、漆黒の軍服に身を包み、側近の近衛兵たちを従えた国王レオンハルトだった。
王の背後には、普段は決して表舞台に出ないはずの、王宮の最高司法機関である『審問院』の長官たちの姿もあった。

「へ、陛下……っ!? なぜ、このようなお茶会の席に……」

オーレリアが慌てて立ち上がり、最敬礼の姿勢をとる。
ヴェロニカも、王のただならぬ殺気に満ちたオーラに圧倒され、顔を青ざめさせながら膝をついた。

レオンハルトは、彼女たちの挨拶を一切無視し、大理石の床を軍靴で激しく鳴らしながら、ヴェロニカの正面へと歩み進んだ。
その鉄の仮面の如き美貌には、一抹の慈悲すら存在しない。

「第二側室ヴェロニカ。貴様を、王家財産の不法横領、および第一王位継承者アルフレッド暗殺未遂の容疑で、これより直ちに拘束する」

王の口から放たれた絶対の「断罪」に、テラス全体が、水を打ったような静寂に包まれた。

「は……? い、今、何と……? 暗殺……横領……? 何のことでございますか、陛下! 私は何も、そのような大罪など……っ!」

ヴェロニカは必死に声を張り上げ、オーレリアのドレスの裾に縋り付こうとした。

「オーレリア様! 助けてください! これは、何かの間違いです! 誰かが私を陥れようとして……っ」

「言い逃れは通用せぬ、ヴェロニカ」

レオンハルトは冷酷に手を挙げた。
すると、彼の背後から一人の女性が、優雅に、しかし圧倒的な存在感を放ちながら一歩前へと進み出た。
第三側室、カタリナだった。

カタリナは膝の上に、厳重に封印された一冊の『裏帳簿』と、何枚もの書類の束を抱えていた。

「ヴェロニカ様。貴方が過去三年にわたり、度支部の役人を脅迫して王宮の予算から私的に流用し、ご実家の公爵家へ送金していた決定的な証拠が、ここにあります。それだけではありません……。貴方がその公金を用いて、裏社会の暗殺ギルドへ計三回、巨額の資金を振り込み、翡翠宮のアルフレッド若君の命を狙わせたという事実も、拘束された暗殺ギルドの幹部、および度支部の役人たちの『署名付きの自白書』によって、完全に証明されましたわ」

カタリナの翡翠色の瞳が、哀れな獲物を見下ろすように冷たく光る。

「な……カタリナ……! 貴方、なぜそれを……っ!」

ヴェロニカの顔から、一瞬にして全ての血の気が引いた。彼女はガタガタと震え、床にへたり込んだ。

「これらはすべて、我が実家の情報網が、国家の不利益を排除するために調査し、エレナ様を通じて陛下へと提出されたものですわ」
カタリナは流れるような嘘を口にした。フィオナの実家の存在を完全に隠蔽しつつ、全ての功績を「エレナの陣営」のものとして王に上奏したのだ。

「オーレリア様……! オーレリア様、お助けください! 私は、私は貴女様のために……っ!」

ヴェロニカは、最後の希望として正妻オーレリアに縋り付いた。
しかし、オーレリアの顔は、怒りと恐怖で般若のように歪んでいた。
彼女はヴェロニカの手を激しく振り払うと、冷酷に言い放った。

「汚らわしい! 私の名前を気安く呼ばないで頂戴、ヴェロニカ! 貴女が実家の困窮を救うために公金を盗み、あろうことか王室の御子の命を狙っていたなど……! 私は、一切何も知りませんわ!」

トカゲの尻尾切り。オーレリアは、自身に火の粉が及ぶのを恐れ、長年の右腕であったヴェロニカを、一瞬で切り捨てたのだ。

「ああ……ああああ……っ!」

ヴェロニカは絶望の叫び声を上げ、床に涙を流して崩れ落ちた。

「連れて行け。即座に地下牢へ監禁し、実家の公爵家も含め、全財産の没収と、一族郎党の処刑の手筈を整えよ」

レオンハルトの冷徹な命令により、近衛兵たちがヴェロニカの細い腕を乱暴に掴み、大理石の床を引きずるようにして連れ去っていった。
彼女の狂乱した悲鳴が、遠ざかる回廊の奥へと消えていく。

残されたお茶会の席には、耐え難いほどの緊張感が漂っていた。
正妻派の右腕が、一瞬にして完璧に叩き潰されたのだ。

オーレリアは怒りと屈辱で全身を震わせ、ドレスの布地を引きちぎらんばかりに握りしめている。

エレナは、そのオーレリアの姿を、そして、その隣で相変わらず怯えるフリをしながらも、サファイアの瞳の奥に「……やるわね」と言わんばかりの凶悪な光を宿して自身を見つめてくるリリィの姿を、真っ直ぐに見据えた。

(まずは一人。オーレリア様、貴方の手足を、私はこれから一つずつ、確実に捥いで差し上げますわ)

エレナは、立ち上がったレオンハルト王に向かって、優雅に、そして気高く一礼を捧げた。
王は一瞬だけエレナを見つめ、何も言わずにテラスを去っていった。
その去り際、王の隠密たちが、白百合宮のリリィの周囲をさらに強固に囲い込むようにして影へと消えていくのを、エレナは見逃さなかった。

「ふふ、随分と退屈しないお茶会になりましたわね。皆様、お茶が冷めてしまいますわよ?」

フィオナが、何事もなかったかのように微笑み、新しい紅茶をエレナのカップへと注ぐ。

こうして、後宮の絶対的な権力構造の半分が、平民の側室エレナの手によって完全に崩壊した。
しかし、これは真の地獄の幕開けに過ぎない。
右腕を失い狂乱する正妻オーレリアの最後の暴走。
そして、王の軟禁を力尽くで突破せんとする大国のスパイ・リリィの「次なる毒牙」が、後宮をさらなる激動の渦へと巻き込んでいく。

エレナは、味方となった側室たちの中心に立ち、我が子アルフレッドの未来のために、さらなる冷徹な戦略を組み立て始めるのだった。
後宮の支配者が誰であるのかを、全世界に知らしめるために。
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