女除霊師の密かごと
俳優顔負けのイケメン・山本博士は落ち武者の攻撃を避けながら床に落とした眼鏡を素早く手に取って着用し直す。すると不思議なことにイケメン度は半減した。
落ち武者は最初の攻撃に失敗したことで逃げた方がいいと判断したのか、部室を走り出ていく。
「逃がしませんよ!」
山本博士がその後を追うように走り出す。
私はハッとして、急いでテニス部の部室を出た。
私はもう、除霊はできない。
でも山本博士は、こんな私なんかを追って除霊師を目指すらしい。
知らないよそんなことって思う。あんたが勝手に私に影響されて進路変えただけじゃんって思う。そんなことで私を巻き込まないでよって思う。
――だけどちょっとだけ、それだけ期待されておいて、夢だったとまで言われておいて、ここで尻込みして逃げるだけっていうのも情けなさすぎるかも――とも思った。
「こっ……ここは任せて!」
階段の踊り場にいる山本博士に向かって叫ぶ。階段を走り下り、テニスコートで走り回っている落ち武者を追った。
テニスコートに響くのは、硬い地面を蹴る私の荒い息と、甲冑の擦れる金属音。
あまり長期戦に持ち込むと、私の体力なんてすぐなくなる。
私は落ち武者を追いかけながら、早々にポケットから小瓶を取り出した。この中には、除霊用の粗塩がある。封じの儀式に必要な、霊力を込めた特製の塩だ。
霊冥高等学校の生徒たるもの、いつ何時でも幽霊が襲ってくることを想定し、塩くらい常備しているものなのである。
落ち武者がコート脇のフェンスに向かって方向転換する。
私は立ち止まり、素早くコートのアスファルトに円を描くように塩を撒いた。
「封陣、展開!」
塩を用いて、地面に五芒星のような術陣を形作る。空気がバチッと裂けるような音とともに、コートの表面が淡く光り始めた。
塩の陣が起動した。
落ち武者が術陣の中心に差しかかる。すると彼の足が止まった。まるで地面から何かに足首を掴まれたかのような止まり方だった。計画通りだ。
『ぐぬうっ!』
力任せに抜け出そうと暴れる落ち武者。しかし、塩の結界がそれを許さない。
落ち武者の体がガクンと崩れた。
視界の端、二階に続く外階段の踊り場の上に、人が見える。
山本博士が弓を構えていた。
私は急いで落ち武者から距離を取る。
次の瞬間、ビュオッと空気を裂く音が響いた。
矢が一直線に落ち武者の胸元へと飛んでいく。
その矢が当たる鈍い衝撃音とともに落ち武者の身体が宙へ浮き、砂のようになって空気の中に溶けていった。
私は肩で息をしながら、落ち武者が消えてゆくのを最後まで見届け、手を合わせた。
息が苦しいし汗もかいている。
私がこんなに一生懸命走ったのは、高校生になって以来、初めてのことだった。
◆
ぐったりした男子生徒を背中に背負いながら、山本博士がゆっくりと校舎へ戻っていく。私も猫を抱えて、山本博士の横を歩いた。
原付バイクの定員は一名なので、バイクは置いたまま、歩いて校舎に戻ることになったのだ。
私は置いていっていいから二人で戻れば? と提案してみたけれど、山本博士は決して私を置いていこうとはしなかった。
おかげで私たち二人とも、次の授業には間に合いそうにない。しかし、倒れていた生徒を保健室に連れて行ってましたという口実があれば、お咎めはなしだろう。
「それにしても、まさか塩だけで落ち武者の動きを封じるとは。さすが真中さんです」
山本博士が活き活きした表情で私を褒めてくる。あの距離から矢を放って急所に当てるそちらの方が凄いと思うが。
「まあ……除霊は苦手なんだけど、動きを封じるくらいなら、授業でもよくやってるし」
私は謙遜した後で、ぽつりと文句を言った。
「……ていうか、私のこと元から知ってたなら、最初から言ってよ」
私が昔はバリバリ除霊していた側の人間だなんて、この学校の生徒は誰も知らない。動物霊しか除霊しなくなった私の成績は中の下、冴えない生徒のうちの一人だ。だから山本博士も、私のことをそう見ているとばかり思っていた。
山本博士は一瞬沈黙してから、少し顔を背け気味に言った。
「……恥ずかしいじゃないですか。子供の頃に出会った貴女を追いかけてここまできたなんてそう簡単に言えません」
「恥ずかしい……?」
思ってもみなかった単語に私は目を丸くした。
信じられない。そんな感情あったのか。授業中は恥ずかしげもなく挙手しまくっているくせに。全校生徒の前で何度も表彰されてるくせに。緊張も恥も知らない人間なんだと思っていた。
「僕はですね、自然な流れで真中さんとバディを組みたかったんです。理想は、高等部随一の成績を誇る僕の実力に惚れ惚れした真中さんの方からバディに誘ってくることで……」
「…………」
「けれど、待てど暮らせど何故か誘ってこないので、仕方なく僕の方から提案したというわけです。僕の完璧な計画が台無しです。あのスライドも、真中さんにいつか見せるために用意したものだったのに、披露するのが随分遅くなってしまいました」
山本博士はちょっと凹んでいるような声のトーンで言った。
私は呆れながら返す。
「しかし、結果的に真中さんはこうして僕と一緒に行動してくれているので、ひとまず作戦成功といったところでしょう」
「いや、バディにはならないけどね?」
「僕ではまだ力不足ということですか?」
そうじゃなくて、あんたと一緒にいたら私が嫌でも目立っちゃうでしょーが!
私が山本博士の隣にいたら、ファンから石を投げつけられてもおかしくない。分不相応だと絶対にいじめられる。
「とにかく、私はあんたとは絶対に……」
「しかし、僕はどうしても真中さんと共に除霊がしたいんです。真中さんの気持ちがどうであれ、必ずや振り向かせてみせます。僕、努力して狙った成績を取れなかったこと、一度もないんですよ」
ふふんと得意げな笑みを浮かべる山本博士がなんとも恐ろしい。
眼鏡のレンズがキラリと光っていて、私は言葉を失うのだった。