女除霊師の密かごと
白露院の姿が、結界の中に封じられた。
無数の呪縛が彼を閉じ込めていく。
突風が吹き抜け、御三家の女の結い上げていた髪が、風に舞ってほどけた。
その姿に、私は息を呑んだ。
――似ている。私と。姿も表情も、魂の在り方すらも。
だから白露院は、執拗に私を狙ったのだ。
白露院を処刑した女、封じた女。私とは違うはずの誰かだけれど、私の血筋に確かに連なる人々。因縁が百年の時を超え、この現代まで伸びていた。
怨念の底で、彼は、何故また現れたと思ったのだろう。
己を封じた女と同じ顔をした者が、堂々と自分の懐に入り込んできたのだから。
流れ込んできた記憶の映像が霧のように解け、私は再び現実へと引き戻された。
白露院は、地面を這いずりながらこちらへ向かっている。その姿は博士の矢によってもう人の形を保っておらず、黒い靄となって消えようとしていた。
最後の力を振り絞るように、まだこちらを見ている。
私は傷の痛みに堪えながら立ち上がった。
「……おい、その出血で動くなや」
背後から兄の声が飛んでくる。
それを無視して、私はゆっくりと前へ進んだ。
そして、白露院の崩れかけの頭部を、ゆっくりと抱き締めた。
白露院の動きが止まる。
白露院は恐ろしい怨霊として名を馳せているが、同時に、悲劇の人としても知られている。
陰陽寮に召され、当時最年少で高位の職を与えられた天才。
彼が研究していたのは動物霊のことだった。
貴族たちは彼の術を恐れた。待っていたのは異端審問と、見せしめの公開断罪。
その憎しみと絶望が、怨念となって後世を蝕んだ。
私は、腕の中の白露院に語りかけた。
「……報われなくて、信じていた人に裏切られて、罪人として処されて、苦しかったですよね」
黒煙のように揺れる白露院の体が、私の胸元で微かに震える。涙を堪えている子どものような、弱々しい震えだった。
「私は貴方のことを忘れません。後世まで語り継ぎます。貴方の悪行だけでなく、貴方の悲劇も、研究における成果も」
血の足りない私の声はもう、囁きのように掠れていた。
けれども、それでも彼に届いたらしい。
「……もう眠ってください。人に忘れられない限り、貴方の誇りに終わりは来ないから」
白露院の影が静かにほどけていく。
その目に、最後の光が戻り――一筋の涙が、私の腕の中に流れ落ちた。
それは、千年の呪いの幕引きにふさわしいほどに、穏やかな涙だった。