誰も愛さない天才王の覚醒 〜俺が新・王? 両親が命懸けで守ってくれた国なので、十人の最強の寵妃と完璧に経営してみせます〜

エピソード41:元平民は、新王の母となっても苦しい。

王宮を長年覆っていた正妻派の陰謀は潰え、女性たちを理不尽に縛り続けていた「妻を五人以上持ち、子は一人必ず生む」という狂気の古代法は、ついに撤廃された。

冷たい陰謀の渦に巻き込まれていた後宮は解体され、新しく生まれ変わったクインテラ王国には、穏やかで温かな平和が訪れたかのように見えた。

国王レオンハルトと、元平民でありながら幾多の修羅場を潜り抜けて正妻(王妃)となったエレナ。

二人は過酷な試練を乗り越え、深い絆と愛で結ばれたはずだった。

だが、王国という巨大な機構の「歪み」は、法律を一本変えた程度で綺麗さっぱり消え去るほど甘いものではなかった。

「……ご覧なさいな。あのお召し物、王妃様にはどこか浮いて見えますこと」

「お話しになりませんわ。どれほど着飾ろうと、立ち振る舞いににじみ出る平民の臭いは消せぬものよ」

王宮の長い回廊を、エレナは息子のアルフレッドの手を強く握りしめながら歩いていた。

すれ違う貴族出身の臣下や、宮廷の婦人たちが、露骨に扇で口元を隠しながらひそひそと囁き交わしている。

彼女たちの視線には、明らかな「蔑み」と「嫉妬」の冷たい色が宿っていた。

王妃という最高の地位に就こうとも、エレナの出自が「街の貧しい平民」であるという事実は変わらない。

血統と家柄を絶対の価値とする伝統的な貴族たちにとって、平民出身の女が王妃の座に居座り、さらにはその息子が次の国王となる未来など、到底許しがたい屈辱だったのだ。

政治の表舞台では、連日のように男たちの不満が渦巻いていた。

「正妻派の壊滅」によって旧来の利権を失った大貴族たちは、表面上はレオンハルト王に従順を装いながらも、裏では密かに集い、不穏な企てを練り続けている。

「国王陛下は正気を失われたのだ。たかが平民の女一人のために、我ら伝統ある貴族の権益を損なうなどああってはならぬ」

「王妃エレナ殿下を排除し、我が一族から新たな王妃を立てねば、このクインテラ王国の格式は地に落ちる」

それらの陰湿な圧力は、直接的、あるいは間接的な形をとってエレナの元へと届いていた。

朝食に届く果物に添えられた、身分の低さを揶揄する無記名の手紙。

大貴族の夫人たちが主催するお茶会に招かれれば、意図的に高尚な古典や他国の難解なマナーの話題を振られ、知性のなさを露呈させようとする嫌がらせ。

エレナがどれほど必死に勉強し、王妃としての作法を完璧に身につけようと努力しても、彼らは最初から「平民」というラベルを剥がすつもりなどなかったのだ。

「母上……手が痛いです」

小さな声にハッと正気に戻り、エレナは握りしめていた幼いアルフレッドの手を緩めた。

見下ろすと、まだ小さな七歳の息子が、心配そうに自分を見上げていた。

「ごめんなさいね、アルフレッド。お母様、少し考え事をしていて……」

「大丈夫です、母上。奴らの言うことなど、気にする必要はありません」

七歳とは思えぬほど静かで、どこかすみ渡った瞳。アルフレッドはエレナの手を今度は自分からギュッと握り返した。

「ですが、アルフレッド……。お前が私の子であるばかりに、お前までに醜い視線が向けられている。本当なら、もっと堂々と胸を張って生きられるはずなのに……」

エレナの目から、ほろりと涙がこぼれ落ちた。

かつて後宮で命を狙われていた頃は、「息子を守る」という一心で怒りを燃やすことができた。

だが、平和になったはずの今、自分という存在そのものが息子の未来の足枷になっているのではないかという罪悪感が、毒のようにエレナの心を蝕んでいたのである。

「母上が申し訳なく思うことなど、何一つありません」

アルフレッドの言葉は力強かった。

だが、その幼い瞳の奥に宿る冷徹な「覚悟」に、エレナはどこか空恐ろしいものを感じずにはいられなかった。

正妻派を滅ぼし、後宮の悪法を破滅させたはずの戦いは、まだ終わっていなかった。

いや、形を変えて、さらに深く、暗い「血統と権力」の泥沼へと続いていたのである。

平民出身の新正妃エレナにとって、この平穏な毎日は、ただ静かに首を締め上げられるような、苦しい戦いの日々に過ぎなかった。
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