初恋が君に届くまで
話を終えてマスターが席を立つと、料理をオーダーして3人は改めて乾杯する。

「カンパーイ! いやー、仕事のあとの一杯は最高!」
「岡田さん、お疲れ様でした。さすがですね。マスターも喜んでくださったし、フィラートにとってもよい販路が見つかって本当によかったです」
「おっ、むぎむぎ。ひょっとして俺のこと好きになっちゃった?」
「それはないですけど、改めて感心しました。やっぱり岡田さんは営業課のエースなんだなあって」
「じゃあじきに惚れるよ」

そう言って岡田は得意げにウインクした。

「わっ、生でウインクする人、初めて見たかも」

ガクッと岡田は首を折る。

「なんだよ、それー」
「だって漫画の中でしか見たことないです。そもそも私、ウインクできないし」
「そうなの? ちょっとやってみ」
「えー、できるかな」

つむぎは気持ちを整えてから、キュッと目に力を込めた。

「むぎむぎ、それだと両目つぶってる」
「ええ!? じゃあ、これは?」

今度はそっと目を閉じてみた。

「それは視力検査で見えづらい人だな」

むむーっとつむぎは頬を膨らませる。

「どうしてこんなに難しいの、ウインクって」
「そうか? 俺なんてどっちもできるぜ。ほらほら」

岡田は器用に右目と左目を交互につぶってみせる。

「ホントだ、すごいですね」
「まあな。女の子を落とすために練習したんだ」
「えっ、それで女の子は落ちるんですか?」
「いや、落ちた試しはない」
「ダメじゃないですか」

あはは!とつむぎは笑う。

人づき合いは苦手だが、岡田とは一緒にいるだけで自然と気分が明るくなった。

「綾瀬さんは?」
「ん? なに」
「できますか? ウインク」

軽い気持ちでそう訊いてみる。

すると丈は顔を上げてつむぎと視線を合わせてから、スッと左目だけ閉じてみせた。

つむぎは思わずドキッとして息を呑む。

(ひゃっ、なにこれ)

まさに漫画の世界のように、つむぎは頬を赤らめてうつむいた。

「おおー、綾瀬さんのキラーウインク、まじですごい。やっぱりイケメンはなにをやっても様になるな」

岡田の言葉に、つむぎも心の中で大きく頷く。

(本当に。片目つぶっただけで、なんでこんなに胸がドキドキするのよ)

赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、ごまかすようにカクテルのグラスをあおった時、隣から丈が手を伸ばしてつむぎの右手に重ねた。

「渡辺さん」

低い声が耳に響いて、またもやドキッとする。

「はい、なんでしょう」
「お酒はそれくらいに」
「でも、あの、酔いたい気分なんです」
「酔ったらダメだ」

そう言って丈はスタッフにミネラルウォーターを頼んだ。

「ほら、これ飲んで」

つむぎは渡されたグラスを口にしてゴクゴクと飲む。

ふうと息をつくと少し気分が落ち着いてきた。

「どう? 平気?」

顔を覗き込まれるとまたしても顔が火照りそうになり、慌てて「大丈夫です」と頷く。

一部始終を見ていた岡田がしみじみと口を開いた。

「綾瀬さんって、ホントにジェントルマンだなあ。女の子を酔わせて口説いちゃえ、とか思わないんですか?」
「口説く時は酔っ払っててほしくないですね。真剣に考えてもらいたいから」
「おおー、さすが! 酒じゃなくて俺に酔わせてやるぜ、ってことか」
「ははっ! 岡田さんの話術なら、アルコールに頼る必要ないですね」
「それがねえ……。笑いは取れるけどハートは奪えないんですよ。おもしろいけど好きではない、とか言われちゃう」

丈はおかしそうに笑う。

「うらやましいです。そんなに笑いを取れるなんて。営業の方って本当におもしろくて、話してるだけで楽しいですね」
「綾瀬さん。営業じゃなくてカラコンですよ、カラコン」
「いや、セルコンね」
「あっ、しまった。そうとも言うー」
「ははは!」

そのあとも丈は岡田との会話を笑顔で楽しんでいた。
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