初恋が君に届くまで
「えー、それでは。これまで我々をサポートしてくれた綾瀬さんに感謝を込めて。乾杯!」

植木の言葉に、皆も一斉にグラスを掲げた。

「カンパーイ! 綾瀬さん、長い間本当にありがとうございました」

始まった送迎会で皆からの労いの言葉を受けつつ、丈は寂しさを噛み締める。

(あっという間にこの日を迎えてしまった。結局彼女にはなにも伝えられずに)

最後の2週間は、つむぎとまともに話すことさえできなかった。

今もつむぎは、丈から遠く離れた端の席で友美と小さく会話している。

(せめて今夜のうちに連絡先を交換しなければ、本当に彼女との接点がなくなってしまう)

視界の隅に常につむぎを捉えつつ、ほかの女性社員達に囲まれて身動きが取れない。

そうこうしているうちに、一次会はお開きとなった。

「綾瀬さん、二次会の場所までご案内しますね」

参加するのが当然のように、丈は周りを固められたまま店を出る。

振り返ると、つむぎはその場に佇んだまま友美に手を振って見送っていた。

(彼女は来ないのか。くそっ)

なりふり構わず「ちょっとごめん」と言いながら人なみをかき分けてつむぎに近づく。

「渡辺さん」
「綾瀬さん? どうされました?」
「最後に挨拶を」
「あ、はい。そうですよね。綾瀬さん、このたびは大変お世話になりました。綾瀬さんのおかげで私もたくさんのことを学ばせていただきました。フィラートのために尽力してくださって、本当にありがとうございました」

程よく酔いが回っているのか、ほんのり頬をピンクに染めたつむぎは、両手を揃えて丁寧にお辞儀をする。

丈はそんなつむぎに早口で詰め寄った。

「こちらこそ。渡辺さん、スマホ貸して」
「はい? え?」
「いいから早く。ロックも解除して」
「あ、はい」

つむぎは肩に掛けていたバッグからスマートフォンを取り出し、丈に差し出す。
受け取った丈は素早く操作した。

「綾瀬くん、どうしたのかなぁ。 なんか急いでるみたい。あ、自分のスマホを忘れたから貸してほしかったのかな?」

小さく呟くつむぎの声が聞こえてきた。

どうやら酔ってひとり言を口にしているのだろう。

それにしても、酔っているのにちゃんと「綾瀬さん」と「綾瀬くん」を使い分けているところがつむぎらしい。

「はい、ありがとう」

操作を終えたスマートフォンを返すと、つむぎは両手で受け取った。

「なんだろう? あ、もしかして時間を確かめたかったのかな? それなら今何時って聞いてくれたらよかったのに」

丈は思わずクスッと笑う。

「渡辺さん、今何時?」
「えっ? あ、はい。21時17分です」
「そう、ありがとう」
「ええー? じゃあさっきスマホを触ってたのはなに? 綾瀬くん、時計を見たかったんじゃないの?」

ダメだ、これ以上は吹き出してしまう。

丈は改めてつむぎに向き直った。

「システムになにか不具合があったら、いつでもネクサスに連絡してきて」
「はい。ありがとうございます、綾瀬さん」
「それとあとでメッセージを送るから、返信して。じゃあ」

そう言って背を向けると、つむぎの「えっなに? 綾瀬くん、訳わかんないよ」という呟きが聞こえてきた。

丈はまたクスッと笑ってから、二次会に向かう人達と合流した。
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