【社会篇】地図から消えた町
◆問題①
2019年、国土地理院は新しい地図記号を1つ追加した。名前は「自然災害伝承碑」、石碑を表す記号である。なぜこの年に追加する必要があったのか、次から最も適切な理由を選べ。
◆選択肢
ア.観光地の石碑が急に増えたため
イ.過去の災害の教訓が忘れられ、同じ場所で被害が繰り返されたため
ウ.石碑の数を数える授業が増えたため
◆答え・解説
正解はイ。この記号は、東日本大震災で「ここより下に家を建てるな」と刻まれた津波の石碑の教えが忘れられ、同じ土地で再び被害が出たことをきっかけに作られた。石碑は何十年も前からそこに立っていたのに、誰にも読まれず苔むしていた。私たちはようやくその文字を地図に載せることにした。次に石碑の警告が読まれなくなるのは、何年後だろうか。
-----------------------
◆問題②
長野県千曲市には、JR「姨捨駅」という実在の駅がある。日本三大車窓・田毎の月の名所として知られ、松尾芭蕉も句を残した。この地名の由来とされる、平安時代から伝わる説話の内容を答えなさい。
◆答え・解説
「姨捨」は、年老いた親族を山に置き去りにしたという伝説に由来する。『大和物語』『今昔物語集』にも記された古い話で、真偽は定かでないが、飢饉の多かった土地に語り継がれてきた。今も観光客は「日本一美しい」とされる月を見にこの駅を訪れる。彼らが見上げるのと同じ夜空を、かつて置き去りにされた誰かも、同じ場所で見ていたのかもしれない。
-----------------------
◆問題③
別府・登別・那須など、日本各地の温泉地には「地獄」と名のつく谷や池がある(例:血の池地獄、坊主地獄)。これらの地名がつけられた理由として正しいものを選べ。
◆選択肢
ア.温泉宿の宣伝のため後から名付けられた
イ.有毒ガスや高温の噴出で、実際に命を落とす人や動物がいたため
ウ.近くの寺の名前をそのまま使ったため
◆答え・解説
正解はイ。噴気や熱泥が噴き出す土地は硫化水素などの有毒ガスを発生させ、古くから人や家畜が命を落とす事故が実際に起きていた。「地獄」は観光用の演出ではなく、近づくなという先人の警告だったのである。現在も火山ガスによる死亡事故は各地で起きている。看板の「地獄」の文字を、私たちはただの温泉名として読み飛ばしていないだろうか。
-----------------------
◆問題④
奈良の東大寺にある大仏(盧舎那仏)は、完成当初は金色に光り輝いていた。当時の記録によれば、金を「ある金属」に溶かしてペースト状にしたものを大仏の表面に塗り、その後加熱してこの金属だけを蒸発させることで金メッキが完成したという。この「ある金属」として正しいものを選びなさい。
◆選択肢
①水銀 ②鉛 ③スズ ④銀
◆答え・解説
正解は①。金は水銀に溶けやすく、金と水銀を混ぜた「アマルガム」を塗って加熱すると、水銀だけが蒸発し金が美しく残る。752年に完成したこの金メッキ作業には5年もの歳月がかかったと伝わる。当時、作業に関わった人々の間で原因不明の病が広がったという記録も残り、蒸発した水銀を吸い込んだためだとする説が長く語られてきた。もっとも近年の土壌調査では汚染の証拠は乏しく、「本当の原因」は今も完全には解明されていない。金色に輝く大仏の下で、当時の人々は何を吸い込んでいたのだろう。
-----------------------
◆問題⑤
陶器の表面をガラス質のつやで覆う「釉薬(ゆうやく)」には、かつて鉛を含む成分が広く使われていた。鉛釉を使った器を、酸性の強い食品(梅干し・酢の物など)を入れる容器として長年使い続けた場合、何が起こる危険があるか。最も適切なものを選びなさい。
◆選択肢
①器が変色するだけで害はない
②鉛が食品に溶け出し、体内に蓄積して鉛中毒を起こす危険がある
③釉薬が剥がれて味が悪くなるだけ
④器が劣化して割れやすくなるだけ
◆答え・解説
正解は②。鉛釉は低温でも美しいツヤと発色が得られるため、洋の東西を問わず長く使われてきた。しかし鉛は酸性の液体に溶け出しやすく、慢性的に摂取すると鉛中毒(頭痛・貧血・神経障害など)を引き起こす。実際、鉛製の食器や調理器具が広く使われた古代ローマの遺骨からは高濃度の鉛が検出されており、これが帝国衰退の一因とする説さえある。今、家の食器棚に並ぶ「味のある」古い器は、本当にただの骨董品だろうか。
-----------------------
◆問題⑥
昭和の教科書やお札に描かれた歴史上の人物「聖徳太子」。しかし近年の教科書では、この人物の記述が大きく変わっている。どのように変わったか、次から選べ。
◆選択肢
ア.名前が「厩戸王」等の表記に変わり、実在や業績に慎重な記述が増えた
イ.実は女性であったことが判明した
ウ.生まれた年が100年ずれていたことが判明した
◆答え・解説
正解はア。あの有名な肖像画も、没後100年以上経ってから描かれた可能性が指摘されており、本人の顔とは限らない。同じことは像にも言える。上野公園の西郷隆盛像は、除幕式で妻が「主人はこんな顔じゃなかった」と漏らしたと伝わるほど、本人に似ていなかったとされる。私たちが「知っている」偉人の顔や功績の多くは、後の時代の誰かが「こうであってほしい」と作り上げた物語かもしれない。教科書やお札、銅像に映るその顔を、あなたは何を根拠に信じていただろうか。
-----------------------
◆問題⑦
「戸籍」についての問題sです。今は結婚や相続などの手続きに使われるこの制度だが、明治時代に全国統一で整備された最大のねらいは、実は別にあった。次のうち、戸籍制度が当時の政府にとって重要だった理由として最も適切なものを選べ。
◆選択肢
ア.国民全員に平等な教育を保障するため
イ.徴兵の対象となる男性を把握し、兵力を確保するため
ウ.結婚相手を紹介するため
◆答え・解説
正解はイ。明治政府は1871年に戸籍法を定めて全国の家族を統一的に登録し、その2年後の1873年に徴兵令を制定した。戸籍によって「どこの家に何歳の男子が何人いるか」が国家に把握され、その名簿がそのまま徴兵の基礎資料として使われたのである。今も子どもが生まれるたびに戸籍には新しい一行が加えられるが、この制度がもともと何のために人を「数える」仕組みだったのかを、多くの人は知らない。あなたの名前が記されたその一行は、いったい何のために生まれた記録なのだろうか。
-----------------------
◆問題⑧
家屋や学校を建てる「建築(けんちく)」の技術についてです。
昔、城や橋を作るとき、工事が失敗しないよう「人柱(ひとばしら)」という仕組みが使われることがありました。
それは、どんな仕組みだったでしょうか?
ア.柱を人間の形に彫(ほ)る
イ.人間を生き埋めにして、神様にお願いする
ウ.力持ちの人を柱の代わりに立たせておく
◆答え・解説
正解:イ
解説:昔は、崩れやすい土台を固めるために、生きた人間をそのまま埋めて工事の安全を祈りました。これは日本中で実際に行われていた記録が残っています。
現代のビルやトンネルではそんなことはしませんが、古い学校や古いお家には、当時の「人柱」が今も壁の中に埋まったまま、あなたのことを見守っているかもしれませんよ。
-----------------------
◆問題⑨
1970年代後半のカンボジア。当時の人口統計において、国民の平均年齢が劇的に「若返った」理由として、誤っているものを次の中から選びなさい。
◆選択肢
ア.政府が研究していた若返り薬を、全国民に配布したため。
イ.高度な医療体制が整い、乳幼児の生存率が飛躍的に向上したため。
ウ.「知識」を持つ大人たちが、眼鏡をかけているという理由だけで処刑対象となったため。
エ.戦争が起こり、18歳以上の人間が駆り出されたため。
◆答え・解説
答え:イ
解説:ポル・ポト政権は「文明の破壊」を掲げ、医師や教師を含む知識層を徹底的に殺害しました。その結果、教育や医療は崩壊し、平均寿命は一時10歳代まで暴落しました。
人口ピラミッドが若年層に偏ったのは、子供が生まれたからではなく、大人たちが「掃除」された結果なのです。もし、あなたがこの問題をスラスラと解けるほど「勉強」していたら、当時のあの国では、真っ先に穴の前に並ばされていたかもしれません。
2019年、国土地理院は新しい地図記号を1つ追加した。名前は「自然災害伝承碑」、石碑を表す記号である。なぜこの年に追加する必要があったのか、次から最も適切な理由を選べ。
◆選択肢
ア.観光地の石碑が急に増えたため
イ.過去の災害の教訓が忘れられ、同じ場所で被害が繰り返されたため
ウ.石碑の数を数える授業が増えたため
◆答え・解説
正解はイ。この記号は、東日本大震災で「ここより下に家を建てるな」と刻まれた津波の石碑の教えが忘れられ、同じ土地で再び被害が出たことをきっかけに作られた。石碑は何十年も前からそこに立っていたのに、誰にも読まれず苔むしていた。私たちはようやくその文字を地図に載せることにした。次に石碑の警告が読まれなくなるのは、何年後だろうか。
-----------------------
◆問題②
長野県千曲市には、JR「姨捨駅」という実在の駅がある。日本三大車窓・田毎の月の名所として知られ、松尾芭蕉も句を残した。この地名の由来とされる、平安時代から伝わる説話の内容を答えなさい。
◆答え・解説
「姨捨」は、年老いた親族を山に置き去りにしたという伝説に由来する。『大和物語』『今昔物語集』にも記された古い話で、真偽は定かでないが、飢饉の多かった土地に語り継がれてきた。今も観光客は「日本一美しい」とされる月を見にこの駅を訪れる。彼らが見上げるのと同じ夜空を、かつて置き去りにされた誰かも、同じ場所で見ていたのかもしれない。
-----------------------
◆問題③
別府・登別・那須など、日本各地の温泉地には「地獄」と名のつく谷や池がある(例:血の池地獄、坊主地獄)。これらの地名がつけられた理由として正しいものを選べ。
◆選択肢
ア.温泉宿の宣伝のため後から名付けられた
イ.有毒ガスや高温の噴出で、実際に命を落とす人や動物がいたため
ウ.近くの寺の名前をそのまま使ったため
◆答え・解説
正解はイ。噴気や熱泥が噴き出す土地は硫化水素などの有毒ガスを発生させ、古くから人や家畜が命を落とす事故が実際に起きていた。「地獄」は観光用の演出ではなく、近づくなという先人の警告だったのである。現在も火山ガスによる死亡事故は各地で起きている。看板の「地獄」の文字を、私たちはただの温泉名として読み飛ばしていないだろうか。
-----------------------
◆問題④
奈良の東大寺にある大仏(盧舎那仏)は、完成当初は金色に光り輝いていた。当時の記録によれば、金を「ある金属」に溶かしてペースト状にしたものを大仏の表面に塗り、その後加熱してこの金属だけを蒸発させることで金メッキが完成したという。この「ある金属」として正しいものを選びなさい。
◆選択肢
①水銀 ②鉛 ③スズ ④銀
◆答え・解説
正解は①。金は水銀に溶けやすく、金と水銀を混ぜた「アマルガム」を塗って加熱すると、水銀だけが蒸発し金が美しく残る。752年に完成したこの金メッキ作業には5年もの歳月がかかったと伝わる。当時、作業に関わった人々の間で原因不明の病が広がったという記録も残り、蒸発した水銀を吸い込んだためだとする説が長く語られてきた。もっとも近年の土壌調査では汚染の証拠は乏しく、「本当の原因」は今も完全には解明されていない。金色に輝く大仏の下で、当時の人々は何を吸い込んでいたのだろう。
-----------------------
◆問題⑤
陶器の表面をガラス質のつやで覆う「釉薬(ゆうやく)」には、かつて鉛を含む成分が広く使われていた。鉛釉を使った器を、酸性の強い食品(梅干し・酢の物など)を入れる容器として長年使い続けた場合、何が起こる危険があるか。最も適切なものを選びなさい。
◆選択肢
①器が変色するだけで害はない
②鉛が食品に溶け出し、体内に蓄積して鉛中毒を起こす危険がある
③釉薬が剥がれて味が悪くなるだけ
④器が劣化して割れやすくなるだけ
◆答え・解説
正解は②。鉛釉は低温でも美しいツヤと発色が得られるため、洋の東西を問わず長く使われてきた。しかし鉛は酸性の液体に溶け出しやすく、慢性的に摂取すると鉛中毒(頭痛・貧血・神経障害など)を引き起こす。実際、鉛製の食器や調理器具が広く使われた古代ローマの遺骨からは高濃度の鉛が検出されており、これが帝国衰退の一因とする説さえある。今、家の食器棚に並ぶ「味のある」古い器は、本当にただの骨董品だろうか。
-----------------------
◆問題⑥
昭和の教科書やお札に描かれた歴史上の人物「聖徳太子」。しかし近年の教科書では、この人物の記述が大きく変わっている。どのように変わったか、次から選べ。
◆選択肢
ア.名前が「厩戸王」等の表記に変わり、実在や業績に慎重な記述が増えた
イ.実は女性であったことが判明した
ウ.生まれた年が100年ずれていたことが判明した
◆答え・解説
正解はア。あの有名な肖像画も、没後100年以上経ってから描かれた可能性が指摘されており、本人の顔とは限らない。同じことは像にも言える。上野公園の西郷隆盛像は、除幕式で妻が「主人はこんな顔じゃなかった」と漏らしたと伝わるほど、本人に似ていなかったとされる。私たちが「知っている」偉人の顔や功績の多くは、後の時代の誰かが「こうであってほしい」と作り上げた物語かもしれない。教科書やお札、銅像に映るその顔を、あなたは何を根拠に信じていただろうか。
-----------------------
◆問題⑦
「戸籍」についての問題sです。今は結婚や相続などの手続きに使われるこの制度だが、明治時代に全国統一で整備された最大のねらいは、実は別にあった。次のうち、戸籍制度が当時の政府にとって重要だった理由として最も適切なものを選べ。
◆選択肢
ア.国民全員に平等な教育を保障するため
イ.徴兵の対象となる男性を把握し、兵力を確保するため
ウ.結婚相手を紹介するため
◆答え・解説
正解はイ。明治政府は1871年に戸籍法を定めて全国の家族を統一的に登録し、その2年後の1873年に徴兵令を制定した。戸籍によって「どこの家に何歳の男子が何人いるか」が国家に把握され、その名簿がそのまま徴兵の基礎資料として使われたのである。今も子どもが生まれるたびに戸籍には新しい一行が加えられるが、この制度がもともと何のために人を「数える」仕組みだったのかを、多くの人は知らない。あなたの名前が記されたその一行は、いったい何のために生まれた記録なのだろうか。
-----------------------
◆問題⑧
家屋や学校を建てる「建築(けんちく)」の技術についてです。
昔、城や橋を作るとき、工事が失敗しないよう「人柱(ひとばしら)」という仕組みが使われることがありました。
それは、どんな仕組みだったでしょうか?
ア.柱を人間の形に彫(ほ)る
イ.人間を生き埋めにして、神様にお願いする
ウ.力持ちの人を柱の代わりに立たせておく
◆答え・解説
正解:イ
解説:昔は、崩れやすい土台を固めるために、生きた人間をそのまま埋めて工事の安全を祈りました。これは日本中で実際に行われていた記録が残っています。
現代のビルやトンネルではそんなことはしませんが、古い学校や古いお家には、当時の「人柱」が今も壁の中に埋まったまま、あなたのことを見守っているかもしれませんよ。
-----------------------
◆問題⑨
1970年代後半のカンボジア。当時の人口統計において、国民の平均年齢が劇的に「若返った」理由として、誤っているものを次の中から選びなさい。
◆選択肢
ア.政府が研究していた若返り薬を、全国民に配布したため。
イ.高度な医療体制が整い、乳幼児の生存率が飛躍的に向上したため。
ウ.「知識」を持つ大人たちが、眼鏡をかけているという理由だけで処刑対象となったため。
エ.戦争が起こり、18歳以上の人間が駆り出されたため。
◆答え・解説
答え:イ
解説:ポル・ポト政権は「文明の破壊」を掲げ、医師や教師を含む知識層を徹底的に殺害しました。その結果、教育や医療は崩壊し、平均寿命は一時10歳代まで暴落しました。
人口ピラミッドが若年層に偏ったのは、子供が生まれたからではなく、大人たちが「掃除」された結果なのです。もし、あなたがこの問題をスラスラと解けるほど「勉強」していたら、当時のあの国では、真っ先に穴の前に並ばされていたかもしれません。
