虐げられ雨女の令嬢は、隣国の晴れ男の陛下に溺愛される

第4話 もう一人の晴れ男

 シャインの部屋から飛び出たレイニルは、口に手を当ててひたすらに廊下を突き進んでいる。

(キス……契約結婚ってキスで成立するものなの?)

 今まで4度の婚約を経験してきたレイニルだが、キスどころか触れようとした婚約者は誰もいなかった。
 それはレイニルの雨女としての呪われた能力の噂に半信半疑で、どの男たちも注意深く様子を見ているだけの日々だった。
 レイニルは美しい容姿の令嬢でありながら純潔、しかも初めてのキスだった。
 きっと自分は経験豊富な色男のシャインに遊ばれているだけなのだと、レイニルは涙を滲ませた。
 前方を見ないままで廊下の角を曲がろうとした時、向こう側から曲がってきた誰かと正面衝突した。

「う、わっ……!?」
「きゃっ!? ごめんなさ……」

 ぶつかった反動で後ろに倒れそうになったレイニルの体を、前方の男性が咄嗟に抱いて支えた。
 その男性の顔を目にした瞬間に、レイニルは別の衝撃で声を上げてしまった。

「へ、陛下っ……!?」

 レイニルを抱いて支えている目の前の男は、眩しいオレンジの髪と黄金の瞳。見間違えるはずもない、シャインだ。

「そんなに急いで、どこに行く?」

 余裕の笑顔で話しかけるその声も紛れもなくシャインだ。レイニルは顔を赤くするのではなく青ざめてしまった。

「陛下、たった今、お部屋にいましたよね!? どうして、ここに……?」

 シャインは瞬間移動でもしたのだろうかと、レイニルは超常現象を見たような感覚に陥って狼狽える。
 すると目の前の男がレイニルの体を引き寄せて、そのまま口付けた。

「……っ!?」

 先ほどと同じキスの感触にレイニルは目を見開く。だが今度はすぐにレイニルの方が男の体を両手で押して抵抗した。
 シャインのような男は唇を離すと、何事もなかったようにレイニルを床に立たせる。二人で立つと、この男性はシャインよりも少し背が低い気がする。

「ふっ……可愛いな」

 男は含み笑いをすると、呆然と立ち尽くすレイニルの横を通りすぎて、レイニルが歩いてきた方の廊下を進んで立ち去っていく。
 レイニルは再び熱を帯びた唇を両手で覆う。辺りを見回すが誰もいない事に安堵するが、まさか廊下で2度目のキスをされるなんて……。
 ようやく正気に戻ったレイニルは、スイッチが入ったように勢いよく体を反転させて来た道を早足で戻る。
 シャインの部屋の前に来ると、ノックもせずにドアを乱暴に開ける。その部屋には先ほどと同じくシャインがソファに座っていた。
 シャインの前までくると、王を見下す形になっても構う事なくレイニルは怒りの声を上げる。

「陛下!! 瞬間移動ができるなんて聞いてません!!」
「は? 何を言ってるんだ?」

 さすがのシャインもツッコミどころが分からない。

「だって今、廊下にいましたよね?」
「オレは、ずっとここに座っていたが」

 シャインが嘘をついているようには見えない。だとすると、あのシャインに似た男は一体誰なのだろうか。
 口も動きも停止してしまったレイニルの前で、シャインも少し考えた後に何かを思いついた。

「あぁ、そいつはオレの弟だな」
「……弟?」
「名はヘリオス。双子の弟だ」

 レイニルはハッと思い出した。レイニルの姉・ローサの婚約者は、シャインの弟……つまりヘリオスだ。
 しかしレイニルは今までヘリオスに会った事がなかったし名前も初めて知った。双子だけあって容姿も声もそっくりで見分けがつかなかった。

(さっきのお方はシャイン陛下ではなく、ヘリオス殿下だった……)

 そう頭では理解したが、シャインの唇を見ていたら思い出してしまった。新しく重ねられた唇の熱と感触を。

(でも、ヘリオス殿下はローサお姉様の婚約者なのに、なんで私にキスしてきたの?)

 ヘリオスの意図は分からないが、シャインにはキスの事は言ってはいけない気がした。
 レイニルはもうシャインと結婚していて妃だし、ヘリオスにだって婚約者がいる。浮気ではないにしても大問題となるだろう。
 再び顔を赤くして狼狽えていると、シャインが両手を伸ばしてレイニルの両腕を掴んで引き寄せた。

「きゃっ……?」

 バランスを崩したレイニルの体は前のめりになり、ソファに座るシャインの膝の上に座らされてしまった。
 しかも向かい合う形で鼻先が触れそうなくらいの至近距離で二人の視線が重なる。これは今こそ2度目のキスをされてしまうかもしれない。

「言っておくが、さっきみたいに部屋を飛び出しても意味ないぞ」
「……どうしてですか?」
「行く場所は他にない。お前の部屋はここだからな」

 つまり、シャイン陛下と同室。当然、1つしかないベッドも一緒に……。
 すでに契約結婚の『勝負』は始まっていた。シャインはレイニルの心よりも先に、物理的な距離を縮めるところから攻めている。

「言っただろう、オレはレイニルを溺愛してやると」

 それはシャインの口説き文句ではない。決意表明であり宣戦布告でもあった。

 それだけではなく、レイニルはとても重要な事に気付いてしまう。
 ヘリオスがシャインの双子の弟という事は、ヘリオスの方が晴れ男かもしれないという可能性だった。
 いや、もしかしたら二人とも晴れ男なのかもしれない。

 最強の晴れ男二人を相手にして、レイニルの雨女の能力は発揮できるのだろうか。
 レイニルがシャインの妃となった初日、全く雨が降る様子もなく一日が終わろうとしていた。
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