どう生きるか
プロローグ
私は3歳の時、母親の虐待と不倫により、両親が離婚。
父子家庭で、父と父方のおばあちゃんと私の3人で暮らしていた。
父は仕事仕事で家にはほとんど帰らなかった。
離婚後、私が5歳になるまで父の職場で私と父は暮らしていた。
だけど父は私のおむつ替えが出来なかったため、父の姉や、母親。
私からするといとこのお母さんやおばあちゃんのところへ私を連れて行き、おむつを変えて貰っていた。
父は仕事は良くしてくれていたためお金には困らなかったが、夏休みなど、長期休みは始めから終わりまでいとこの家に預けられていた。
いとこの家も子供が2人いて、生活に余裕がある訳ではなかったので、
なんであんたなんかのためにご飯作らないといけないのよ、など、文句はしょっちゅう言われていた。
家では世間体を気にして、良くやってるね、すごいねと言われることを父もおばあちゃんも喜んでいた。
私は孫を育ててるの。
娘のためだから仕事頑張らないと。
よく言っていた。
間違ってはいない。。
だけど、家でのご飯は、ふりかけご飯、カビた食パン、お茶漬け、納豆など、食べれるものを冷蔵庫や棚を漁って食べていた。
髪を結ぶ時、わざとなのか、髪を強く引っ張られ、痛いと言うと、痛いっていうのはこういうことを言うのよ!と櫛で頭をガンガン叩かれて、ごめんなさいと謝っていた。
良くやってると言われたい、周りの目が気になるだけで、家で私にはだんだんあの女に似てきたね!と言う。
愛情や、大切にされてるなって感じたことは1度もなかった。
私は愛されていると感じたことも1度もなかった。
父子家庭で、父と父方のおばあちゃんと私の3人で暮らしていた。
父は仕事仕事で家にはほとんど帰らなかった。
離婚後、私が5歳になるまで父の職場で私と父は暮らしていた。
だけど父は私のおむつ替えが出来なかったため、父の姉や、母親。
私からするといとこのお母さんやおばあちゃんのところへ私を連れて行き、おむつを変えて貰っていた。
父は仕事は良くしてくれていたためお金には困らなかったが、夏休みなど、長期休みは始めから終わりまでいとこの家に預けられていた。
いとこの家も子供が2人いて、生活に余裕がある訳ではなかったので、
なんであんたなんかのためにご飯作らないといけないのよ、など、文句はしょっちゅう言われていた。
家では世間体を気にして、良くやってるね、すごいねと言われることを父もおばあちゃんも喜んでいた。
私は孫を育ててるの。
娘のためだから仕事頑張らないと。
よく言っていた。
間違ってはいない。。
だけど、家でのご飯は、ふりかけご飯、カビた食パン、お茶漬け、納豆など、食べれるものを冷蔵庫や棚を漁って食べていた。
髪を結ぶ時、わざとなのか、髪を強く引っ張られ、痛いと言うと、痛いっていうのはこういうことを言うのよ!と櫛で頭をガンガン叩かれて、ごめんなさいと謝っていた。
良くやってると言われたい、周りの目が気になるだけで、家で私にはだんだんあの女に似てきたね!と言う。
愛情や、大切にされてるなって感じたことは1度もなかった。
私は愛されていると感じたことも1度もなかった。