イケメンすぎる、君が好き。
番外編

桐生先輩は王子様


ファンside

桐生先輩は、今日も格好いい。

あんな人が同じ学校にいたら、目で追ってしまうのは自然の摂理だと思う。

すらりと伸びた背に、さらさらの金髪。

涼しげな目元に、誰にでも優しい性格。

運動神経抜群で、困っている人がいればさりげなく手を差し伸べてくれる。

何よりあのイケメンな外見と言動。

私と同じ女子だって言うのが、信じられないくらいだ。

...........私が桐生先輩のファンになったのは、入学してまだ間もない頃だった。

体育祭で転んでしまった子に、手を差し伸べていた先輩を見かけたのがきっかけだ。

それ以来、すっかり夢中になってしまった。

とはいえ、先輩に話しかける勇気があるかといえば、答えは当然、ノーである。

だって先輩の周りには、いつだって人がいるから。

女子に囲まれていることもあれば、友達と楽しそうに話していることもある。

そんな賑やかな輪の少し外側から、こっそり眺めているのが私の定位置だった。

今日だって、そう。

放課後、教室を出て昇降口へ向かっていると、ちょうど先輩の姿が見えた。

金色の髪が、人混みの中でもよく目立つ。

隣には、いつもの男の子もいた。

たしか、小野寺先輩。

先輩と同じクラスらしく、よく一緒にいる人だ。

私たちファンの中でも、彼の存在はなんとなく認識されている。

特別目立つわけではないけれど、気づけば先輩のすぐ近くにいる。

.......そんな人。

小野寺先輩が何かを話すと、桐生先輩はいつも、心の底から楽しそうに笑った。

……いいなあ。

私もあんなふうに、先輩と気軽に話してみたい。

できれば、名前を呼んでもらったりなんかして。

いやいや、無理。

想像しただけで顔が熱くなってきた。

そんなことを考えながら歩いていた、そのときだった。

「ねえねえ、君。今帰り?」

「……え?」

突然、知らない男の人に声をかけられた。

振り返ると、見覚えのない他校の制服を着た男子が二人、私のすぐそばに立っていた。

「今、一人?よかったら遊びに行かない?」

「え、あ……」

どうしよう。

知らない人だし、そもそも遊びに行くつもりなんてない。

早く帰りたいし、何より、今は桐生先輩の姿を目で追っていたい。

「すみません、ちょっと急いでて……」

「えー、いいじゃん。ちょっとくらい」

「何年生?」

「えっと……」

断っているのに、二人はまったく引き下がってくれない。

どうしよう、怖い。

周りには下校する生徒もいるけれど、わざわざこちらを気に留める人はいない。

誰かに助けてもらう?

だめだ、いま周囲に頼れそうな知り合いはいない。

そんなことを考えていると、男子の一人が私の顔を覗き込んできた。

「てか、連絡先――」

その時だった。

「ねえ」

凛とした声が響いた。

「嫌がってるみたいだけど」

……え?

聞き覚えのある声に、思わず顔を上げる。

そこにいたのは、金色の髪を揺らしながらこちらを見つめる――。

「……桐生、先輩?」

声が震えた。

だって、だって。

桐生先輩が、目の前にいる。

いつもは遠くから眺めているだけの、憧れの先輩が。

しかも、私を助けに来てくれた。

「別に、俺らはちょっと話しかけてただけだし」

男子の一人が、面倒くさそうに言い返した。

けれど、先輩は少しも怯まなかった。

「うん。でも、断られてたよね?」

穏やかな声だった。

それなのに、まっすぐ相手を見据える目には、はっきりとした強さがある。

「困ってる人にしつこくするのは.......格好悪いよ?」

…………格好いい。

いや、知ってた。知ってたけど。

実際に目の前でこられると、やっぱり破壊力が違う。

「……チッ。行こうぜ」

男子たちは気まずそうに顔を見合わせ、やがて不満げな様子で立ち去っていった。

その背中が見えなくなるまで見送ってから、先輩はくるりと私に向き直った。

「大丈夫?」

「は、はいっ!」

声が裏返った。

「だ、大丈夫です!

あの、ありがとうございます……!!!」

私はぺこぺこと勢いよく頭を下げた。

何回お礼を言っても足りない。

だって、助けてもらっただけでもありがたいのに、助けてくれたのが桐生先輩なのだ。

ほんと私、今日まで生きててよかった。

「そんなに慌てなくてもいいのに」

先輩がくすっと笑う。

「何もなくてよかった」

「……っ!」

そう、ニコッと笑った顔すらもイケメンで。

供給過多で死にそうだ。

今なら一生分の鼻血を出せそうな気がする。

だって、いつも遠くから見ていた笑顔が、今はこんなに近くにあるんだ。

しかも、私に向けられている。

どうしよう、心臓がうるさい。

さっきまで怖くて仕方なかったのに、今は別の意味で落ち着かない。

「あ、あの……!」

気づけば、口が勝手に動いていた。

「桐生先輩、ですよね……?」

「うん?そうだけど」

「わ、私、先輩にずっと憧れてて……!」

言ってしまった。

言ってしまったあああああ!

いやいやいやいやいや、別に告白したわけじゃないし。

憧れてるっていうのも、ファンとして好きという意味で、そういう意味ではないし。

いや、そういう意味って何!?

頭の中が大混乱に陥っていると、先輩はぱちぱちと瞬きをして―――。

それから、ふわりと笑った。

「そっか。ありがとう」

…………あ。

だめだ、好き。全然好き。

そんなことを言われたら、ますます好きになってしまう。

「いつも見てます……!

あ、いや、変な意味じゃなくて!

学校で、先輩が……その、格好いいなって……!」

「ふふ。嬉しいな」

しどろもどろの私を見て、先輩は楽しそうに笑った。

恥ずかしい。でも、嬉しい。

憧れの先輩が、私の話を聞いてくれている。

もうこれだけで、今日という日は記念日にしてもいいと思う。

そんなことを考えていたら、先輩の視線がふと私の頭のあたりへ向いた。

「髪型、いつもと違って可愛いね」

「…………え?」

思考が止まった。

…………へっ?

「え、あ、これ……!」

私は慌てて自分の髪に触れた。

普段は邪魔にならないように結んでいるのだけれど、

今日はなんとなく気分を変えたくて、髪を下ろしてきたのだ。

でもまさか.....

まさか、桐生先輩に気づいてもらえるなんて。

「きょ、今日はちょっと、気分を変えてみようかなって……!」

「うん。似合ってる」

さらっと、何でもないことみたいに言われた。

…………。

待って。

今日、何か起きすぎじゃない?

ナンパから憧れの先輩に助けてもらって、髪型まで褒めてもらって。

もう十分だ。

これ以上は、心臓がもたない。

そう思った、そのときだった。

「でも――」

先輩が、そっと手を伸ばした。

え。

疑問を抱く間もなく、先輩の指先が、私の髪の毛先に触れる。

そのまますり、と、優しく撫でられた。

「…………っ!?」

声が出なかった。

今桐生先輩、私の髪撫でた....?!

頭の中で、その事実が何度も何度も繰り返される。

逃げるように視線を上げると、先輩と目が合った。

涼しげな目元が、柔らかく細められる。

「あんまり可愛いと、ワルい虫も寄ってきちゃうから、気をつけて」

くすっと悪戯っぽく笑う先輩。

…………。

………………。

………………いや、無理。

無理無理無理。

何、それ。

何、その台詞。

何、その笑顔。

しかも、髪を撫でながら!?

「……は、はいっ。気をつけます……!」

ようやく絞り出した声は、情けないくらい小さかった。

先輩は満足そうに頷くと、私の頭から手を離した。

「うん。じゃあ、気をつけて帰ってね」

「は、はい……!ありがとうございました……!」

また頭を下げる。

今度は、さっきよりもずっと深く。

先輩は軽く手を振って、少し離れたところで待っていた小野寺先輩のもとへ戻っていった。

小野寺先輩がキラキラした目で何かを話す。

すると先輩は、楽しそうに笑った。

……いいなあ。

小野寺先輩は、いつも先輩の近くにいる。

当たり前みたいに隣に並んで、当たり前みたいに一緒に帰っていく。

そんな小野寺先輩が、私はちょっぴり、羨ましかったりする。

私だって、先輩とあんなふうにお話ししてみたい。

もちろん、付き合いたいとかそういうのではなく。

さすがに先輩が女子であることくらいは分かっている。

もしかしたら、小野寺先輩は彼氏なのかな、なんて。

でも、案外お似合いな気がする。

桐生先輩のとなりでにこにこしている小野寺先輩を想像して、くすっと笑った。

二人の後ろ姿が夕焼けに溶けて、小さくなっていくのを見送る。

桐生先輩って、本当にすごいなぁ。

困っている人を助けて、遠巻きに見ていただけの私でも髪型の変化に気づいてくれる。

特別なことをしているつもりなんて、きっとないのだろう。

だからこそ、余計に惹かれてしまう。

本当に、かっこいい。

先輩はきっと、明日もあさってもその先も、ずっと格好いい。

そして私はまた、賑やかな輪の少し外側から、その姿を眺めるのだろう。

――ちなみに。

その日の夜、私は友達とのメッセージで、今日の出来事を一時間近く語ることになる。

もちろん、髪を撫でたところは、

いかに先輩のかっこよさが表現できているか、三回くらい読み返して確認してから送った。

だって、あんなの。

誰かに話さずにはいられないじゃないか。

明日、髪を結んでいくかどうかは、まだ決められそうにない。

だって、もしも。

もしもまた、先輩が気づいてくれたら。

そんな期待をしてしまう自分が、確かにいるのだから。
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