夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

消えて、現れた

水面の煌めきに紛れてしまうほど小さな光の玉ひとつ。
それを見つけたのは、幼さ故の目敏さか、セドリックとリゼットのふたりだった。

だが、やがて数が増えていけば、それを見る人の数も当然ながら増えていく。

太陽光の反射による煌めきとは明らかに違う浮遊する無数の光の玉に、もしやあれが、と騎士たちの間で騒めきが広がり始めた。

見つけたくても見つけられなかった先ほどまでがまるで嘘のようだ。今や泉の上は数えきれない程の光の玉が舞い踊っていた。

水上できらきらと光が舞う美しさに、アーロンは思わず感嘆の声を上げる。隣で膝をついていたソニアも同様だ。


手紙で読んだ時からあれこれと想像はしていたが、実際に目にする光景はそれ以上だった。まるで泉の上の空間までもが水中の世界のようで、アーロンやソニアはうっとりと見惚れた。


誰もが無言で、身動きすることも忘れ。

どれほどの時間、そうして見惚れていただろう。


「あっ、こちらに来ます!」


一点を指し、セドリックが叫んだ。

無数の光の玉は自由に舞っているようで、実は泉の中心を起点にして浮遊していた。

だから、デンゼルの手紙にあったように、泉の淵にいるアーロンたちのすぐ側に来る事はなかったのだ。

けれどセドリックが言った通り、その光の輪からひとつ、他から離れてアーロンたちの方に向かう光の玉があった。


「わあ・・・っ」


興奮した声を上げたのは、セドリックかそれともリゼットか。驚きで固まっているソニアでない事だけは確かだ。


その時、アーロンは泉の中央から何かを感じ、はっとして顔を向ける。


そして見たのだ。


水の上、泉の中央に立つ何か。
先ほどまでは見えてなかったものを。

そのものは、人の形をしているが、薄らと向こう側が透けて見えた。


「精霊王、さま・・・?」


アーロンの口から小さな呟きが漏れるのとほぼ同時。


精霊王の視線が俄かに鋭くなり、ぐっとその手を前に突き出した。

まるで、何かに怒っているかのようなその仕草にアーロンが目を見張った時、泉の上を舞っていた全ての光の玉が一瞬で消えた。


まだ陽の光は十分に明るく、一斉に光の玉が消えても周囲の明るさは変わらない。
ただ舞い踊る無数の光の玉であれほど生気に溢れていた光景は、幻想的な雰囲気は変わらないまま、けれど静止画のように淑やかなものへ、そう、元の泉の姿へと戻っていた。


「・・・消えてしまったわ」


残念さを滲ませて、リゼットが呟く。
それに頷きを返しながらセドリックも口を開いた。


「すぐ近くまで飛んで来てたのに残念です。あと少しで、光の玉がソニアさまに触れそうでした」


セドリックとリゼットは、そう言ってソニアを見た。ソニアもまた、驚きすぎて目を白黒させている。
騎士たちも言わずもがなだ。

どうやら皆、近づく光の玉に気を取られていたらしい。アーロン以外は精霊王の姿を見ていなかったようだ。


その後、興奮が冷めないまま暫くその場に留まったが、再び泉の上に光の玉や、まして精霊王が現れる事はなかった。


デンゼルの手紙に書かれていた時間はともかくとして、昨年ジョーセフが光を見たと報告したのはもっと遅い時間帯だった。

では、早くに光が消えたのはなぜなのか。
あの時、アーロンが目にした精霊王の様子と関係があるのだろうか。


だが、そんな疑問を抱いた事すら忘れてしまう程の出来事が起こった。



明け方近く、宿営テントで眠るアーロンの夢の中に精霊王が現れたのだ。


『泉に来い』


精霊王の姿が消えると同時に目を覚ましたアーロンは、隣を見て驚いた。ソニアもまた目を覚ましていたからだ。


「え? アーロンさま?」

「え? ソニア?」


アーロンは、ソニアもまた夢の中で精霊王に呼ばれたと知り、驚いた。








< 38 / 42 >

この作品をシェア

pagetop