君と見たい8日目

思い出

「ただいまー。もうメール見てよ。既読つかないから僕の好きな映画ばっかり借りてきちゃったよ。」
靴を脱ぎながらそう言う。しかし、部屋から返事はなかった。少し違和感を感じながら、足元をみると、彼女の靴もなかった。まだ、買い物中かな。でも、遅すぎるしなとそんなことを考えながらスマホを再確認する。依然として連絡はなかった。まぁ、そのうち帰ってくるだろうと思い、冷蔵庫からペットボトルを取り出し、飲み干す。そんなことをしてるうちにも違和感は増えてきていた。彼女は、以前電話が苦手だと言っていたので、電話をかけてもいいのか思案する。彼女のトーク画面で迷っていると、突然電話がかかってきた。番号を見ても知らない番号だった。少し怪しく思いながらも電話に出た。
「もしもし、こちら清水結唯さんの関係者でお間違いないでしょうか。」
「はい、そうですが。」
「失礼ですが、関係性をうかがってもよろしいでしょうか。」
「僕は結唯の彼氏です。結唯に何かあったのでしょうか。」
「申し上げづらいのですが、結唯さんは、午前10時30分ごろに事故にあい、今も意識がないのです。身元の確認を進めているうちに、あなた様の電話番号が出てきたので、連絡をいたしました。」
僕は頭の中が真っ白になり、膝から崩れ落ちそうになるのを何とか耐えたが、涙は止まらなかった。最愛の人を失うかもしれないという絶望が押し寄せてきた。そのあと、電話の人が何を言っていたのかはよく覚えていない。僕は気づけば病院にいた。受付で事情を話し、集中治療室の前の椅子で待たせてもらう。何分後かなどは正直覚えていないが彼女の両親がやってきた。彼女の両親もまた黙って椅子に座っていた。どれくらいの時間がたったかは覚えていない。集中治療室から人が出てくる。僕が何かを発する前に彼女の家族が話しかけに行った。
「先生、娘は大丈夫なのでしょうか。」
「一命はとりとめました。しかし、お伝えしなければならないことがあるので一度診察室に来てください。」
彼女の母親は、一命をとりとめたという言葉にほっとしていたように見えたが、そのあとの言葉で、また表情が一気に暗くなっているのが分かった。父親は、そんな妻に対して何か言うのではなく、黙って手を背中に置きさすり続けていた。夫婦仲が素晴らしいな。とどこか他人事のように感じてしまっていた。少し待つと、診察室に呼ばれたので彼女の両親と一緒に入る。中ではお医者さんが真剣な表情でディスプレイのほうを見ていた。そして、僕たちのほうを向いて話し出す。
「娘さんのことなのですが、先ほども言った通り一命はとりとめました。しかし、一部脳が損傷してしまい…」
そういいながら、ディスプレイに映っている脳のレントゲン写真を見せてくる。僕にはさっぱりわからなかったが。
「脳の大脳皮質といわれる記憶にに関する部分が損傷してしまい、まだ、正確なことは言えないのですが、おそらく今までの記憶を失っています。」
そう、医者が言い終わらないうちに彼女の母親が泣きだしてしまう。なんでうちの子が、何も悪いことなんかしてないのになどと言いながら。彼女の父親もうつむき動かなくなってしまった。みかねて、医者が、診察室の奥にベットとソファがあるので、一度休んでくださいというと、ゆっくりと動き出した。奥に姿が消えてから、また医者が話し出す。
「君は、結唯さんの彼氏さんかな。」
「はい、そうです。」
「そうか、君も疲れているだろう、奥に行って休んできたらどうだい。」
「いや、大丈夫です。一刻も早く結唯に会いたいので。」
そういうと、医者は少し考えた後、改めて僕に向き直る。
「あんまり、彼女に血がつながってない人に先に言うのはどうかと思うんだけど、まぁ君が先でもいいか。どうせ後で言うから。」
「待ってください、結唯は元の記憶がないだけじゃないんですか。もしかして手が動かないとかですか。」
「いや、違うんだ。これから言うことはおそらく一番悲しい出来事だろう。」
「僕は結唯さんを愛しています。足が動かなくたって僕が車いすを引きます。どこへだって連れていきます。手が動かなくても、僕が彼女の手として動く覚悟くらいできています。」
「覚悟はできているんだね。いいことだ。まだ、正確なデータがそろってないから正確な日数はわからないんだけど、おそらく彼女の記憶は7日程度しか持たないと思う。」
「今、なんて言いました。彼女は記憶を失った上に新しい記憶も得られないといいたいんですか。」
「残念ながらそうなるね。」
僕は怒りとやるせなさで目の前が真っ赤になっていき、医者の顔もよく見えなくなっていく。
「治る可能性はないんですか。」
「僕だって治せるなら治したいさ。結唯さんが不憫でならないもの。けど、これが今の医療の限界だ。脳という部分は本当に繊細で下手に手術すると、植物状態になってしまう可能性だってある。」
「でも…。」
「一度帰って休んでください。結唯さんが面会できるようになったらまた、電話しますから。」
僕が何か言う前に診察室から退出させられた。診察室の前にいても邪魔なので家に帰るために外に出る。いつの間にか外は暗くなっていた。家に帰ろうとバスに乗ったところで、昼から何も食べてないことに気づく。スマホを見ると二十時を示していた。おなかはすいていないが何か食べたほうがいいかなと思案しながら、最寄りのバス停で降りる。そういえば彼女はカレーを作ると言っていたのを思い出し、近くのカレーの店に入る。カレーを頼んでから、周りを見渡す。時計は二十一時を指しており、サラリーマンが多い印象だった。カレーが運ばれてきたので口に入れてみる。予想外の辛さに思わず顔をしかめる。辛いのは得意だったはずだが、結唯が作るカレーはいつも甘口だったので、知らず知らずのうちにその味に慣れていたんだと感じた。思わず涙が出そうになるが、我慢する。カレーを食べ終え、家に向かって歩き出す。
「ただいま。」
わかっていたはずなのに思わず声を出してしまった。当然帰ってくる声はない。電気をつけ、結唯がいつも座っていたソファーに寝転ぶ。結唯が家から持ってきたぬいぐるみを抱きしめてみる。彼女のにおいがした気がした。その瞬間、決壊した。僕は声をあげて泣いていた。なぜ彼女が、というやるせなさでいっぱいだった。気が付くと、彼女が横にいた。よかった、全部夢だったんだな。これからも彼女と幸せに暮らせるんだなと考えたところで目が覚めた。どうやらいつの間にか眠っていたらしい。スマホが鳴っていた。寝ぼけた声を出さないように注意しながら出る。
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