【完】猶龍(ゆうりゅう)
第三部 潜入、そしてお雪との出会い
◇第一話


 横浜は、長崎とは異なる種類の熱気を持つ町だった。開港からまだ数年しか経っていないその港町には、日本各地から集まった商人、職人、そして幕府の役人たちが入り乱れ異国の建物と日本家屋が奇妙な形で隣り合っていた。
 石造りの洋館が並ぶ通りの向こうに、瓦屋根の日本家屋が続く光景はまるで二つの異なる時代が、同じ地面の上で無理やり重ね合わされているかのようだった。

 この町の空気は、長崎のそれとは明らかに質を異にしていた。長崎は幾百年もの間、異国との交流という特殊な役割を担ってきた、いわば熟成された港町であった。そこには、異国の存在に対する、ある種の慣れと静かな均衡があった。
 しかし横浜は、開港とともに突如として生まれた、いわば新興の町であった。この町には、まだ均衡というものが存在せず日本人と異人たち、そしてそれぞれの思惑を持った様々な勢力が絶えず、ぶつかり合いながら新しい形を模索している最中であった。

 劉太郎と名乗る青年は、その混沌とした町の一角に静かに身を落ち着けた。表向きは、蘭学を学ぶ浪人という体で異人の言葉や書物に興味を示す若者として町の人々の間に紛れ込んでいった。

 横浜に着いて最初の数日、劉太郎は、宗海から与えられた新しい住居の町の外れにある、小さな長屋の一室に籠もり、この町全体の地理とそこに集まる人々の動きをまず把握することに努めた。
 彼は、長崎での経験から闇雲に人々に接触することの危うさを既に学んでいたためだ。この町では、より慎重により計画的に任務を進めなければならないと、彼は自分に言い聞かせた。

 彼が探るべき対象は、この町に密かにしかし着実に広がりつつあるヤソ教徒の集団だった。特に、宣教医として知られるアメリカ人――ジョン・バラという男の周辺に日本人の信徒たちが集まりつつあるという情報が、本山からの内々の指示に含まれていた。バラという名前は、劉太郎が横浜に到着する以前から、既に長崎の宗海の情報網の中で注目すべき人物として名前が挙がっていた。バラは、単に信仰を広めるだけでなく、医療という人々の生死に直結する実利的な手段を通じて、日本人たちの心に深く入り込んでいるという評判であった。

 劉太郎は、まずバラが開く施療所の周辺を注意深く観察することから始めた。施療所は、町の外れ開港場から少し離れた場所にあり、日本家屋を改築した質素な建物であった。劉太郎は初めてその建物を目にした時、その質素さにいくばくかの意外さを感じた。彼が想像していた異人の施設は、もっと大掛かりな異国風の壮麗な建物であった。しかし、施療所は、周囲の日本家屋とそれほど違わない控えめな外観を持っていた。

 施療所には、貧しい病人や身寄りのない者たちが日々列をなしていた。彼らの多くは、単に治療を求めてそこに来ているだけで信仰とは無関係だった。劉太郎は、この施療所の前を数日にわたって、様々な時間帯に通り過ぎるようにして観察した。
 朝早くから並ぶ患者たちの列、施療所から出てくる人々の表情、そして、時折見られる、施療所の内部からの物音。それらの一つ一つを、彼は丹念に記憶に留めていった。

 しかし、その中に確かに、密やかに祈りを捧げる者たちの姿があった。ある日の夕暮れ、劉太郎は施療所の裏手を通りかかった際、数人の人影が建物の外れで、静かに頭を垂れている様子を目撃した。
 彼らの口からは低い、しかし確かな熱を持った言葉が途切れ途切れに聞こえてきた。それは、劉太郎が長崎で見たあの隠れた信徒たちの祈りの姿と、どこか似ていた。しかし、横浜のこの信徒たちには長崎の信徒たちが常に纏っていた、あの緊張と恐れの空気が幾分薄いように、劉太郎には感じられた。開港地という、より自由な空気の中で彼らの信仰が少しずつ、公然たるものへと変わりつつあることの一つの兆しであったのかもしれない。

 その夜、劉太郎は宿の一室でこの日観察した内容を静かに整理した。彼は、まだこの町の全体像を完全には把握できていなかった。しかし、この施療所という場所がこの町におけるヤソ教徒たちの活動の重要な中心地であることは既に、はっきりと感じられた。




◇第二話


 ジョン・バラという男に、劉太郎が初めて直接接触したのは横浜に着いてから一月ほど経った頃だった。

 この一月の間、劉太郎は施療所の周辺を観察するだけでなく、町の蘭学者や開港場で働く通訳たちとの交流も少しずつ広げていった。それは、長崎での経験を踏まえた彼なりの戦略であった。単独で施療所に近づくよりも、まず町の学問的な交流の輪の中に身を置き、その中から自然な形でバラとの接点を見出す方がより安全であると彼は判断していた。

 その戦略はある程度、功を奏した。町の蘭学の私塾で知り合った、ある年配の商人が劉太郎にバラの施療所を訪れることを勧めたのである。
 その商人は、以前バラの治療によって命を救われたという経験を持っていた。

「あの異人の医者は、腕がいい。学問に興味があるなら、話を聞いてみるのも悪くはないだろう」

 その商人の紹介という体で、劉太郎は初めて施療所の敷居を正式に跨ぐことになった。しかし、実際には、その日劉太郎が施療所を訪れた時、バラの方から劉太郎に声をかけてきたのである。

 施療所の前で、蘭学書を読んでいるふうを装って佇んでいた劉太郎にバラの方から声をかけてきたのである。バラは、日本語をある程度話すことができた。
 その言葉には、異国の訛りが強く残っていたが意志は明確に伝わってきた。

「その本は、読めるのか」

 バラがそう問いかけた時、劉太郎は驚きを隠すことに苦労した。バラの目には、警戒するような色はなくむしろ、純粋な好奇心が浮かんでいた。劉太郎は、この瞬間までバラという人物を、あくまで探るべき対象として、ある種の距離を保った視点で捉えていた。しかし、実際に向き合ったバラの目には、劉太郎がこれまで想像していた、狂信的なあるいは陰謀を秘めた宣教師の姿とは、明らかに異なる素朴な人間らしさがあった。

「少しは……まだ、学び始めたばかりです」

「学ぶことは、良いことだ。何を学んでも、それは神が人に与えた力だ」

 劉太郎は、その言葉に内心で身構えた。神、という言葉があまりにも自然に日常の会話の中に混ぜ込まれることに、驚きを感じたのである。村の寺で聞く「仏」という言葉とは、まったく異なる響きだった。
 仏教における仏は、多くの場合に経典の中の、荘重なある種の距離を持った文脈の中で語られる言葉であった。しかし、バラが口にする神という言葉は、まるで日々の食事や、天気の話をするのと同じ調子で、ごく自然に、会話の中に織り込まれていた。その自然さこそが、劉太郎にとって最も新鮮でそして、最も戸惑いを覚える点であった。

「あなたは、その神をいつも感じておられるのですか?」

 劉太郎は、任務としての観察を装いながらも、その問いには彼自身の個人的な興味も混じっていた。それは、かつて幼い頃、父に「なぜ、阿弥陀様は目に見えないのに、いらっしゃると分かるのですか」と問うた時と、本質的に同じ種類の問いであった。

 バラは、しばらく考えるような顔をした。それから、施療所の中を指し示した。中では、痩せた老女がバラの助手から薬を受け取り深く頭を下げていた。

「あそこにいる者たちの中に、神を感じる。彼らが生きようとする力の中に、彼らが互いに助け合う姿の中に」

 その言葉は、劉太郎の中に静かに、しかし確かに残った。目に見えぬ神が、目に見える人々の行いの中に現れる、という考え方は彼が慣れ親しんだ仏教の教義とは違う、しかし通じるものを持っているようにも思えた。それは、母が語った「花が雨を予感して首を垂れる」という目に見える現象の中に潜む、目に見えない法則性についての言葉ともどこか呼応するものであった。

 この日の対話は、それほど長くは続かなかった。しかし、劉太郎はこの短い対話の中に、これまでの長崎での経験とは異なる新たな種類の手応えを感じていた。
 バラという人物、そして、彼の語る神という存在への理解の入り口がこの日初めて劉太郎の前に開かれたのである。








◇第三話


 施療所に通う日本人信徒たちの中に、一人の娘がいた。名をお雪といい、施療所でバラの助手を務める若い女だった。

 劉太郎が初めてお雪を見たのは、施療所の裏手にある小さな畑で彼女が薬草を摘んでいる姿だった。その姿は、貧しい身なりでありながらどこか清潔で静かな気品を纏っていた。彼女の動きには、余分なものがなく一つ一つの所作が丁寧にしかし迷いなく行われていた。

 この時の劉太郎は、既に幾度か施療所を訪れ、バラとの対話を重ねていた。しかし、施療所の運営に実際に深く関わっている日本人たちの中に明確な形で近づいたことはまだなかった。お雪との出会いは、劉太郎にとって施療所のより内側の世界へと踏み込む、最初の機会であった。

 畑には、様々な種類の薬草が丁寧に植えられていた。お雪は、その一つ一つの葉の形を確かめながら、必要な分量を慎重に摘み取っていた。夕暮れに近い光の中で彼女の横顔は、静かな集中とそこに込められた確かな目的意識をはっきりと物語っていた。

「……その草は、何のためのものですか」

 劉太郎が声をかけると、お雪は顔を上げ少し驚いた表情を見せた。それから、穏やかな笑みを浮かべた。

「熱を下げるための草です。バラ先生が教えてくださいました」

 お雪の声は、静かでしかし芯の通った響きを持っていた。劉太郎は、その声になぜか安心するような感覚を覚えた。それは、かつて母の声に感じた安心感と、どこか似ていた。しかし、お雪の声には母の声にはないある種の独立した強さのようなものも同時に感じられた。

 劉太郎は、この日お雪としばらくの間、薬草についての他愛のない会話を続けた。お雪はバラから学んだ様々な薬草の効能について、丁寧にしかし決して自慢げにではなく劉太郎に語った。
 その語り口には、知識を披露することへの喜びとそれを他者に伝えることへの純粋な善意がはっきりと感じられた。

 その日以来、劉太郎は施療所を訪れる度にお雪と少しずつ言葉を交わすようになった。任務のためという建前は当初は確かに存在していた。お雪が信徒たちの中でどのような役割を持っているのか、彼女を通じてより深い情報を得られるかもしれないと考えていたのは、事実だった。
 宗海への報告書の中にも、劉太郎は当初お雪という人物の存在を施療所の運営に関わる一人の重要な信徒として、簡潔に記していた。

 しかし、言葉を交わす度に劉太郎の中でその建前は少しずつその輪郭を失っていった。お雪との会話は他の信徒たちとの会話とは明らかに異なる質感を持っていた。
 それは、単なる情報収集のための会話ではなくいつしか、劉太郎自身が純粋にその時間を楽しみにするような、そういう種類の会話へと変わっていったのである。



◇第四話


 お雪の生い立ちは、決して幸福なものではなかった。両親は、彼女が幼い頃に相次いで病で亡くなり親戚の家をいくつか渡り歩いた末に横浜の町に流れ着いたのだという。

 この生い立ちの詳細を、お雪はある夕暮れ施療所の裏の畑で劉太郎に語った。それは、二人がそれまでの他愛のない会話を超えて初めて互いの内側についてより深く語り合った日であった。

 お雪の話によれば、彼女の両親はもともと東国のある小さな村の農家であった。しかし、お雪が七つの時、まず父が流行り病で亡くなり、その二年後母もまた同じ病で命を落としたという。
 両親を失ったお雪は、まず母方の伯母の家に身を寄せたが、その家もまた貧しさのためにお雪を長く養う余裕がなかった。お雪は、その後幾つかの家を渡り歩き、時には奉公人としての厳しい扱いを受けることもあったという。

「バラ先生に出会うまで、私は自分が生きている意味を考えたことがありませんでした」

 ある日、施療所の裏の畑でお雪はそう語った。夕暮れの光が畑の緑を赤く染めていた。

「バラ先生は、私に初めて、生きることそのものに意味があると教えてくれました。神が、私を生かしておられるのだと」

 劉太郎は、その言葉を静かに聞いていた。お雪の信仰は、教義として学ばれたものではなく彼女自身の生の経験から直接生まれたものだった。
 それは、劉太郎が村の寺で受けてきた体系化された教義とはまったく異なる種類の信仰だった。

 劉太郎はこの時お雪の話を聞きながら、彼女の生きてきた道のりの厳しさに深い痛みを感じていた。それは、単なる同情ではなかった。むしろ、彼自身が比較的恵まれた環境で寺の子として、両親の愛情を受けながら育った環境――の中で、抱えていた「なぜ」という問いというのが、いかに恵まれた状況の中でのいわば贅沢な悩みであったのかをお雪の話は、劉太郎に静かに、しかし鋭く示唆していた。

「あなたは、その神を、恐れることはないのですか」

 劉太郎が問うと、お雪は少し不思議そうな顔をした。

「恐れる、とは」

「見えないものを信じるということは、恐ろしいことのように私には思えます。何を信じているのか確かめる術がないから」

 お雪は、しばらく黙っていた。それから、静かに答えた。

「確かめる術がないからこそ、信じるのだと思います。確かめられるものを信じるのは、ただの知識です。確かめられないものを、それでも信じようとすること――それが、信仰なのではないでしょうか」

 その言葉は、劉太郎の中に深く沈み込んだ。それは、かつて父が言った「見えないからこそ尊い」という言葉と、表面的には似ていた。
 しかし、お雪の言葉には父の言葉にはなかった生きた実感が伴っていた。父の言葉は、教義として与えられたものだった。お雪の言葉は、彼女自身の苦しみとそこから見出した希望から直接生まれたものだった。

 劉太郎は、この日の対話を長く胸の中に留めた。それまで、彼が接してきた信じるという行為の在り方――了念の疑いを知らない穏やかな信仰、伝兵衛の恐れと共にある信仰、バラの使命感に満ちた信仰――それらに、お雪の苦しみから直接生まれた信仰が新たに加わったのである。
 それぞれの信仰の形は、微妙に異なりながらもどこかで共通する何かを持っているように劉太郎には感じられた。しかし、その共通するものの正体を彼はまだ明確な言葉にすることができなかった。




◇第五話



 劉太郎は、この頃から任務のための報告書を書く手が少しずつ鈍くなっていくのを感じていた。以前は、観察した事実を冷静に機械的に記録することができた。だけれどお雪や施療所に集う信徒たちの姿を見るたびに彼らを探るべき対象として見ることに、次第に心の抵抗を感じるようになっていった。

 この変化は、劉太郎にとって静かにしかし確実に進行していくものであった。長崎での日々においても、彼は伝兵衛のような人物との対話を通じて任務者としての自分と、一人の人間として相手に共感する自分との間の緊張を既に経験していた。
 しかし、横浜でのこの緊張は長崎でのそれよりも、さらに深くさらに個人的な質を持つものへと変わりつつあった。

 ある夜、宿の一室で劉太郎は報告書を書きながら、筆を止めた。紙の上には、施療所の見取り図や信徒たちの氏名、集会の日時などが淡々と記されていた。しかし、その紙の上にお雪の名を書く段になって劉太郎の手は、止まったまま動かなくなった。

 なぜ、止まるのか。劉太郎は、自分自身に問うた。
 任務は、任務だ。お雪という一人の娘が信徒たちの集団の中でどのような役割を持っているのかを記録することは彼が受けた使命の当然の一部であるはずだった。

 劉太郎は、この夜幾度も筆を紙に近づけ、そしてまた離した。その繰り返しの中で、彼は自分自身の内側にある二つの相反する力を、はっきりと感じ取っていた。一つは、宗門への忠誠、そして父や宗海から託された任務への責任感。もう一つは、お雪という一人の人間への次第に深まっていく、ある種の敬意とそれを超えたまだ名付けられない感情であった。

 しかし、劉太郎の胸の中にはお雪を単なる情報の対象として扱うことへの強い抵抗があった。それは、恋愛感情と呼ぶべきものなのか、それとも、もっと別の人としての敬意のようなものなのか劉太郎自身にもはっきりとは分からなかった。

 結局、その夜、劉太郎はお雪の名を報告書に記さなかった。その代わりに、施療所の全体的な様子とバラの活動の概要だけを記した。それは、彼が任務の中で初めて行った小さな、しかし決定的な裏切りだった。

 この裏切りは、外見上はごく小さなものであった。報告書の一行が抜け落ちているだけであり、宗海がそのことに直ちに気づく可能性は低かった。しかし、劉太郎自身にとって、この一行の欠落は極めて重い意味を持っていた。それは、彼が任務という枠組みの中で、初めて、自分自身の判断によって意図的に、情報を隠したという事実であった。
 これまで、彼は任務者としての自分を、常に忠実に遂行してきた。この夜の行為は、その忠実さの、初めての……また確かな綻びであった。



◇第六話

 夏が近づく頃、劉太郎はお雪に誘われて信徒たちの小さな集会に初めて参加することになった。それは、任務にとって絶好の機会であるはずだった。信徒たちの祈りの様子、彼らの結束の強さを直接観察できる機会だったからである。

 お雪からこの誘いを受けた時、劉太郎は任務者としての自分とお雪という人物への個人的な関心を抱く自分との間で、複雑な心の動きを経験した。任務者としての彼は、この機会を当然、活用すべきものと理解していた。
 しかし、その一方で彼はお雪がこの誘いを単なる情報提供の機会としてではなく、彼女自身の大切な信仰の場を劉太郎という一人の人間と共有したいという、純粋な思いから行っているのだということも感じ取っていた。

 集会は、施療所の裏手にある小さな部屋で行われた。
 十数人の信徒たちが集まり、バラの言葉に耳を傾け、共に歌を歌い、祈りを捧げた。部屋の中は質素な作りであったが、壁には、簡単な十字の印が飾られ、床には清潔な畳が敷かれていた。
 信徒たちは、それぞれ、日々の労働の疲れを纏いながらもこの部屋に入る時には、どこか晴れやかな表情を見せていた。

 劉太郎は、その部屋の隅に座りその様子を見つめていた。歌われる歌の意味は、彼にはほとんど分からなかった。しかし、その歌声の中に込められた素朴で、しかし力強い感情ははっきりと伝わってきた。歌声は、必ずしも整った美しさを持つものではなかった。
 むしろ、様々な音程、様々な調子が入り混じった素朴な合唱であった。しかし、その不揃いさの中に劉太郎は、経を読む時のあの整った所作とは異なる、ある種の生々しい熱を感じ取っていた。

 祈りの時間になると、信徒たちはそれぞれ目を閉じ、静かに頭を垂れた。劉太郎も、周囲に合わせて目を閉じた。その瞬間、彼の脳裏に故郷の本堂の灯明の火が浮かんだ。父が経を読む声、了念の穏やかな顔、智源の最後の言葉が次々と、彼の意識の中を通り過ぎていった。

 この瞬間、劉太郎は自分が、二つの異なる世界の間に宙吊りになっているような感覚を覚えた。目を閉じて祈るヤソ教徒たちの姿と、経を読む故郷の僧たちの姿は、外見上は大きく異なるものであった。しかし、その内側にある目に見えぬ何かに向かって心を集中させるという行為そのものには、驚くほどの共通性があった。この共通性の発見は、劉太郎にとって大きな衝撃であった。

 目を開けた時、劉太郎は隣に座るお雪が静かに涙を流しているのに気づいた。

「どうかしたのですか」

 集会が終わった後、劉太郎が問うとお雪は涙を拭いながら、静かに笑った。

「悲しくて泣いているのではありません。ただ時折、祈りの中で心が満ちすぎて涙が出てしまうのです」

 劉太郎は、その言葉の意味を、完全には理解できなかった。
 しかし、心が満ちすぎる、という感覚が、どのようなものであるのかを彼もまた、いつか知りたいと密かに願うようになっていた。



◇第七話

 しかし、劉太郎の内側での葛藤とは無関係に時代は動いていた。幕府とヤソ教徒たちとの関係は、依然として緊張を含んでおり、劉太郎の任務である信徒たちの動向を探り、その情報を宗門と間接的には幕府の関係機関に報告することは、依然として重要な意味を持ち続けていた。

 この時期、日本各地では開国に対する反発――特に、攘夷を唱える尊王の志士たちの動きが、徐々に活発化しつつあった。横浜の町にも、こうした志士たちの気配が、時折感じられるようになっていた。
 異人たちへの襲撃事件の噂も、町中で密かに語られるようになっていた。この不穏な空気の中で、幕府は開港地における秩序の維持にこれまで以上に、神経を尖らせていた。

 ある日、宗海から密かな連絡があった。
 信徒たちの集団の中に、外国との不穏な連携を図っている者がいるという疑いが幕府側から出されているという。劉太郎には、その疑いの真偽をより詳しく探るよう指示があった。

 この連絡を受け取った時、劉太郎はこれまで感じたことのない深い動揺を覚えた。彼が、これまでの数ヶ月間じっくりと観察してきた信徒たちの姿――バラの誠実な使命感、お雪の、苦しみから生まれた純粋な信仰、そして、他の信徒たちの、貧しさの中での、静かな祈りの日々それらのどこにも幕府を脅かすような政治的な陰謀の影は見出すことができなかった。

 劉太郎は、その指示に強い抵抗を感じた。彼が知る信徒たちは、政治的な陰謀を企てるような者たちではなかった。彼らは、ただ貧しい暮らしの中で目に見えぬ神に、静かに祈りを捧げているだけの人々だった。

「もし、疑いが誤りだと分かればそれを正直に報告すればよいのですか」

 劉太郎が宗海に問うと、宗海は、静かに、しかし鋭い目で劉太郎を見た。

「お前は、もう、あの者たちに、心を寄せているのだな」

 劉太郎は、その問いに、即座には答えられなかった。宗海のこの指摘は、劉太郎自身が、これまで明確に言葉にすることを避けていた事実を、真正面から突きつけるものであった。宗海は、それ以上何も言わずただ、静かに息をついた。

「気をつけよ、劉太郎。任務と心とを、混同してはならぬ。お前がどちらを選ぶにせよ、その選択には大きな代償が伴うだろう」

 その言葉は、劉太郎の胸に重く沈んだ。彼は自分がもはや、単純に「任務のために」信徒たちを観察しているのではないことを、はっきりと自覚していた。しかし、その自覚をどう扱えばいいのか彼にはまだ、分からなかった。




◇第八話


 夏の終わり劉太郎は、お雪と施療所の裏手の畑で二人だけで話す機会を得た。夕暮れの光が、二人の影を長く伸ばしていた。

 この日、劉太郎は、宗海からの指示――信徒たちの中の不穏な動きを探るという任務について深い苦悩を抱えたまま、施療所を訪れていた。彼は、この日の対話の中でお雪から何か、任務に関わる有益な情報を得られるかもしれないという任務者としての意識を、まだ完全には捨てきれていなかった。
 しかし、実際にお雪と向き合った時その意識は、次第に後景へと退いていった。

「あなたは時折、とても遠くを見るような目をされますね」

 お雪が、ふとそう言った。その言葉は、かつて母がそして了念が少年時代の猶龍に向けて言った言葉と、奇妙に似ていた。

「そう見えますか」

「はい。何を見ているのですか」

 劉太郎は、しばらく黙っていた。何を見ているのか、正直に答えることはできなかった。故郷のことや任務のこと、自分の中の矛盾、それらすべてをお雪に語ることはできなかった。

 この沈黙の中で、劉太郎は自分がこれまでの人生で、何度この種の問いを、様々な人々から受けてきたかを静かに思い返していた。
 了念、母、旅の僧、智源、そして今はお雪。彼らは皆、それぞれの立場から劉太郎の中にある、遠くを見る性分を見抜いていた。この一致は、劉太郎にとって自分という人間の、根源的な性分が、どれほど揺らぐことなく、この生涯を通じて一貫して存在し続けているのかを、改めて実感させるものであった。

「分かりません。おそらく、まだ自分でも見えていないものを、見ようとしているのだと思います」

 お雪は、その答えに、静かに頷いた。

「私も、時折、そういう目をしているのかもしれません。バラ先生に出会う前は、いつも、自分の未来が見えなくて恐ろしかった。今は、少し違います。まだ全部は見えませんが、進むべき方向だけは感じられるようになりました」

「その方向とは」

「神と共に、人々のために生きること。それだけです」

 その言葉は、単純でありながら劉太郎の胸に深く響いた。自分にも、そのような迷いのない方向を見出すことができるのだろうか。彼は、その問いをお雪には口にしなかった。ただ、静かに畑の向こうに沈む夕日を、二人で見つめていた。

 その沈黙の中に、劉太郎は、かつて松の木の下で了念と過ごした時間と、どこか似た穏やかさを感じていた。しかし、同時にその穏やかさの奥に、彼が今抱えている任務との間の、深い矛盾が、静かにしかし確実に存在していることも、感じていた。この矛盾は、もはや、単に抽象的な問題ではなく宗海から告げられた、幕府の疑いという極めて具体的な形を取って、劉太郎の目の前に迫りつつあった。



◇第九話


 秋が深まる頃、劉太郎はバラとより深く言葉を交わす機会を得た。施療所の診察が終わった後の静かな時間、バラは劉太郎を招いて茶――異国風の香りの強い茶を勧めた。

 この頃、劉太郎とバラとの関係は単なる観察者と観察対象という枠を超え、次第に互いに敬意を持って言葉を交わす一種の知的な交友関係へと、変わりつつあった。バラは、劉太郎の蘭学への熱心な姿勢を高く評価していた。一方、劉太郎はバラの異国の学問と信仰についての、深い知識と経験に強い興味を抱いていた。

「お前は、いつも、何かを疑っている目をしている」

 バラがそう言った時、劉太郎は内心で身構えた。正体を見抜かれたのではないか、という恐れが、一瞬胸を走った。しかし、バラの表情には疑念というよりも、むしろ興味深そうな柔らかさがあった。

「疑うことは、悪いことでしょうか」

「いや。疑うことは、信じることの始まりだ。何も疑わぬ者は、何も本当には信じていない。ただ、与えられたものをそのまま受け取っているだけだ」

 その言葉は、劉太郎の中に静かに、しかし強く響いた。それは、かつて智源が語った言葉――「答えを求めているのではない、問い続けることそのものを求めている」と、遠く呼応するものだった。
 劉太郎は、この一致に深い驚きを感じた。仏教の老僧と異国の宣教医、全く異なる背景を持つ二人が疑いという行為の本質について、驚くほど似た理解に至っているという事実は劉太郎にとって、極めて重要な発見であった。

「あなたの神は、疑うことを許すのですか」

「許す、というより……神は、疑いの中にこそ、おられるのだと、わしは思う。疑いを通り抜けた信仰でなければ、それは、本当の信仰とは呼べぬ」

 劉太郎は、その言葉に深く考え込んだ。仏門で学んだ教えの中にも、疑いを通じて悟りに至るという考え方があった。しかし、それをこうも直接的に異国の宣教師の口から聞くとは、思ってもいなかった。

 バラは、さらに続けて自らの若い頃の経験について語った。彼もまた、若い頃に神学校で学ぶ中で幾度も、自らの信仰の根拠について深く疑ったことがあるという。
 その疑いの時期を、バラは荒野の時代と呼んでいた。

「荒野の時代、というのはどういう……?」

「聖書の中に、荒野で四十日悪魔の試みを受けた話がある。私にとっての荒野は、疑いの日々であった。周りには何もなく、ただ自分の内側にある問いだけが、絶えずわしを苦しめた。だが、その荒野を越えた先に私は、より強い信仰を見出した」

 この話は、劉太郎に深い感慨を与えた。彼自身が、今、まさに経験しているであろうこの荒野――故郷を離れ、名を変え、様々な信仰の形に触れながら自分自身の内側の問いに絶えず苦しめられている、この日々がいつか、バラの言うようなより強い何かへと繋がっていくのだろうか。

「あなたは、なぜ、この国に来たのですか」

 劉太郎が問うと、バラは、しばらく窓の外を見つめた。

「母国では、この国のことを、誰も知らなかった。誰も知らない場所に、神の教えを届けることに、私は意味を見出した。この国の人々が、神を信じるかどうかは、分からぬ。ただ、届けることだけを為さねばならぬのだ」

 その言葉には、任務という言葉では言い尽くせない、深い使命感があった。劉太郎は、その使命感と、自分が背負う信徒たちを探るという、いわば裏切りの使命との間の落差に改めて深い痛みを感じた。




◇第十話


 劉太郎は、この頃、故郷の了念に一通の手紙を書いた。宗門の連絡網を通じて密かに届けられるはずの手紙だった。

 この手紙を書くという行為は、劉太郎にとって単なる連絡の手段ではなかった。それは、彼が横浜での日々の中で次第に混乱し、曖昧になっていく自分自身の輪郭をもう一度、確かめ直すための大切な儀式であった。手紙を書きながら、劉太郎は了念という自分をよく知るたった一人の存在に向けて、自分の内側の混乱を少しでも整理しようと試みた。

 手紙には、任務の詳細を記すことはできなかった。ただ、劉太郎は自分の内側で起きている変化を遠回しに、しかし精一杯の言葉で了念に伝えようとした。

【了念。俺は今、遠い場所で、かつて俺たちが想像もしなかった人々と出会っている。彼らは、俺たちが討つべき敵だと教えられてきた者たちだ。しかし、彼らの中には、俺たちと同じように、悲しみ、喜び、そして何かを強く信じようとする、ただの人間の姿がある。俺は、この矛盾を、どう扱えばいいのか、まだ分からない】

【お前が、あの紙を懐に入れて渡してくれた時のことを、今も覚えている。あの時の俺は、まだ何も知らなかった。今の俺は、少しだけ多くを知った。しかし、知れば知るほど、答えは遠ざかっていくようだ】

 劉太郎は、この手紙の中でお雪の存在について、直接触れることはしなかった。
 しかし、手紙の文面全体には彼女との出会いによって深まった劉太郎自身の内側の葛藤が言葉の選び方、文の間の空白の中に静かに滲み出ていた。了念が、この手紙を読んで劉太郎の内側に単なる任務上の苦悩だけでなく、より個人的な感情的な変化が起きていることを、感じ取ることができたかどうかは、劉太郎にも確かめる術はなかった。

 それにこの手紙が、実際に了念の手に届いたかどうか劉太郎には確かめる術がなかった。手紙を書くという行為そのものが、彼にとっては遠く離れた故郷と自分自身を繋ぎ止めるための、大切な儀式のようなものになっていた。手紙を書き終えた後、劉太郎はしばらくの間、その文面を幾度も読み返した。そして、その紙を丁寧に折り、宗門の連絡網を通じて、故郷へと送り出した。







◇第十一話


 冬に入る頃、横浜の町には新たな緊張が広がり始めた。
 幕府側の一部が、ヤソ教徒たちの動きをより強く警戒するようになっていたのである。開港地における外国人の活動と、日本人信徒たちの結びつきが幕府の統治にとって看過できない脅威になりつつあるという見方が強まっていた。

 この時期、幕府内部でも開国政策をめぐる意見の対立がより鮮明になりつつあった。一部の幕吏たちは、開港によって生じる様々な社会的な混乱に直面した。特に、外国の思想や信仰が日本人たちの心を幕府の統治から離反させる可能性に強い懸念を抱いていた。彼らにとって、ヤソ教徒たちの活動は、単なる宗教上の問題ではなく、幕府の権威そのものを揺るがしかねない政治的な脅威として捉えられていた。

 劉太郎のもとにも、宗海を通じて幕吏からの直接の問い合わせが来るようになった。信徒たちの中に、外国勢力と結びついて幕府に対する不穏な動きを企てる者がいるかどうか具体的な証拠を求められたのである。

 劉太郎は、深い苦悩の中にいた。
 彼が見てきた信徒たちの姿は貧しい者への施し、静かな祈り、お雪の穏やかな信仰。そこには、幕府を脅かすような陰謀の影はどこにも見当たらなかった。しかし、幕吏たちはそうした証拠がないという報告そのものを、疑いの目で見た。

「証拠がないということは、まだ十分に探っていないということではないのか」

 幕吏の一人が、劉太郎にそう詰め寄った時劉太郎は、初めて自分の立場の危うさを、はっきりと自覚した。彼は、信徒たちを守るためにも幕吏たちを納得させるためにも何らかの「成果」を示さねばならない立場に置かれていた。
 しかし、その成果とは具体的には誰かを陥れることを意味しかねなかった。

 この幕吏との対面は劉太郎にとって、これまでの任務の中で最も緊迫した瞬間であった。幕吏の目には、単なる疑念以上の明確な圧力の色があった。劉太郎は、この時自分が、単に情報を報告する立場から、より積極的に幕府の意向に沿った「成果」を作り出すことを求められる立場へと押し出されつつあることを痛感していた。

「お雪という娘がいます」

 その言葉が、劉太郎の口から出かかった時、彼は自分自身に強い嫌悪を感じた。お雪の名を、幕吏たちの前で口にすることがどれほどの危険を彼女にもたらすか劉太郎には、痛いほど分かっていた。
 この瞬間、劉太郎の内側では任務者としての保身の衝動とお雪への深まりつつある情との間で、激しい葛藤が生じていた。

 結局、劉太郎はその言葉を口の中に留めた。代わりに、彼は信徒たちの活動が、あくまで宗教的な範囲に留まっていることを慎重に、しかし強く主張した。幕吏たちは、その報告に完全には満足しなかったがそれ以上の追及はその日は行われなかった。


◇第十二話


 その夜、劉太郎は施療所の裏の畑でお雪に会った。彼女は、いつもと変わらぬ様子で薬草を摘んでいた。

 この日の劉太郎の心中は、これまでにない重さを抱えていた。
 幕吏たちとの対面によって、彼は自分がもはや、単なる傍観者としての観察者ではなく、お雪や他の信徒たちの命運に直接的な影響を及ぼしうる立場に置かれていることをはっきりと自覚していた。

「近頃、町の様子が少し変わったように感じます」

 お雪が、ふとそう言った。劉太郎は、その言葉に内心で強い動揺を覚えた。彼女は、何かを感じ取っているのだろうか。

「変わった、とは」

「幕府の方々が、施療所の周りを以前より頻繁に見に来られるようになりました。バラ先生は、心配なさっていません。神が私たちを守ってくださると、そう仰っています」

 劉太郎はその言葉を聞きながら、胸の中に鋭い痛みを感じた。お雪の神への信頼、そして、この町における平穏への信頼は、劉太郎自身が間接的に危うくしているものだった。彼は、この瞬間自分がお雪の平穏な日々を守る者であると同時に、その平穏を脅かす存在でもあるという二重の立場の重さをこれまでにないほど強く感じていた。

「もし、何か、良くないことが起きたら、あなたは、どうしますか」

 劉太郎が、思わずそう問うとお雪は、少し驚いた顔をした。それから、静かに答えた。

「何が起きても、私は、信じることをやめません。それだけが、私が確かに知っていることです」

 その言葉に、劉太郎は何も応えることができなかった。ただ、彼女の穏やかな横顔を夕闇の中で、いつまでも見つめていた。
 彼の胸の中には任務への忠誠と、お雪や信徒たちへの静かだが確かな情。その二つが、もはや共存できない地点に近づいていることへの深い予感があった。

 この夜、劉太郎はお雪と別れた後、一人、横浜の海辺を長い間、歩き続けた。
 冬の海風は鋭く、彼の頬を刺すように吹きつけた。彼は、この風の中で自分がこれから、どのような選択をしていくべきなのかを、静かにしかし切実に考え続けていた。
 任務を忠実に遂行し、宗門の期待に応えるべきか。
 それとも、お雪や施療所に集う人々の平穏を守るために、任務そのものへの忠誠を部分的に犠牲にするべきか。
 この問いに、劉太郎はまだ、明確な答えを見出すことができなかった。



◇第十三話


 その年の暮れ、施療所にはこれまでにない緊張した空気が流れていた。
 江戸から来たという幕吏らしい男たちが、施療所の周囲を以前よりも頻繁に行き来するようになっていたのである。

 この頃、劉太郎自身の立場も微妙な変化を見せ始めていた。宗海からは、より頻繁に任務の進捗を問う連絡が来るようになった。一方で、幕吏たちからはより直接的な圧力が劉太郎に対してかけられるようになっていた。
 彼は宗門と幕府、そして、彼自身の内側に育ちつつあるお雪や信徒たちへの情との間で三方向に引き裂かれるような感覚を日々、強めていった。

 劉太郎は、その気配を任務としての観察の目で注意深く追っていた。しかし、同時に彼の胸には、これまでにない不安が静かに広がっていた。もし、施療所が幕府によって正式に取り締まりの対象とされたら、お雪やバラ、そして他の信徒たちはどうなるのだろうか。

 劉太郎は、この不安を誰にも打ち明けることができなかった。宗海に打ち明ければ、彼の任務者としての適格性が疑われることになるだろう。
 お雪に打ち明ければ、彼女を不必要に怖がらせることになりかねない。劉太郎は、この不安を、一人で静かに抱え続けるしかなかった。

「バラ先生。近頃の様子を、どう見ておられますか」

 劉太郎が問うとバラは、静かに、しかし確かな声で答えた。

「恐れてはおらぬ。この国の役人たちが、どのような態度を取ろうとも、私がここで為すべきことは、変わらない。病人を治療し、貧しい者を助け、そして、神の言葉を、静かに伝えること――それだけです」

 その言葉には、揺るぎない信念があった。劉太郎は、その信念の強さに改めて、深い感銘を受けた。同時に、その信念がいつか、この国の権力と正面から衝突する日が来るのではないかという、静かな予感も彼の胸に宿っていた。

 この日、劉太郎はバラに、幕吏たちの動きについて、どこまで伝えるべきか、迷いながら、思案していた。彼が知っている、幕府側の懸念である外国勢力との連携という疑いを、バラに直接伝えることは任務者としての彼の立場からすれば大きな逸脱であった。
 しかし、その情報を伝えないことでバラや、信徒たちが予期せぬ危険に晒される可能性もあった。

 結局、この日劉太郎は明確な形での警告を、バラに伝えることはしなかった。
 ただ「近頃、幕府の方々が、この辺りを、以前より注意深く見ておられるようです。どうか、お気をつけください」という極めて慎重な、しかし、彼にできる限りの、遠回しな警告の言葉をバラに残した。
 バラは、その言葉に静かに頷いただけであった。



◇第十四話


 お雪は、この頃施療所での活動に加えて近隣の貧しい家庭の子どもたちに、簡単な読み書きを教える小さな塾のような活動も始めていた。

「なぜ、そのようなことを、始めたのですか」

 劉太郎が問うと、お雪は穏やかな笑みを浮かべて答えた。

「バラ先生は、私に読み書きを教えてくださいました。それによって、私は聖書を読むことができるようになり、そして自分の考えを文字にすることも、できるようになりました。この喜びを他の子どもたちにも伝えたいと思ったのです」

 劉太郎は、その活動を幾度も見学する機会を得た。貧しい身なりの子どもたちが、お雪の周りに集まり、文字を一つ一つ、丁寧に書き取っていく姿は劉太郎にとって、これまで見たことのない新しい種類の光景だった。

 この塾は、施療所の裏手にある小さな一室で週に数度、開かれていた。子どもたちは、それぞれ貧しい漁師や日雇い仕事に従事する家庭の出身であり、正式な教育を受ける機会を持たない者たちであった。
 お雪はまず、仮名の読み方から教えていき少しずつ、簡単な漢字や文章の構成についても教えるようになっていった。

 劉太郎はお雪が子どもたちに教える様子を見つめながら、寺での自分自身の少年時代を、しばしば思い出した。書庫で見つけた異国の文字への飢え、そして、それを読めるようになりたいというあの切実な欲求。お雪の塾に集う子どもたちの目にも、同じような、知への飢えが、はっきりと見て取れた。

「あなたは、教えることに、喜びを感じているようですね」

「はい。子どもたちが、文字を覚え、それによって、新しい世界に、目を開いていく姿を見ることは、私にとって、何よりの喜びです」

 その言葉を、劉太郎は長く、胸の中に留めた。それは、後年彼自身が、幼児教育という道に進むことになった時、幾度も、思い出すことになる言葉だった。
 しかし、この時の劉太郎にはまだ、その未来を、想像することはできなかった。

 この日、劉太郎はお雪の塾の終わりに、子どもたちと少しの時間を過ごした。
 一人の男の子が劉太郎に覚えたばかりの文字を得意げに見せてくれた。その拙い、しかし確かな筆跡を見つめながら、劉太郎はこれまでの任務の日々の中で久しく感じることのなかった純粋な喜びを、静かに感じていた。
 それは、任務や信仰の葛藤といった複雑な問題から離れたただ、一人の人間が別の人間に、知の喜びを伝えるという極めて単純で、しかし深い意味を持つ行為の中に存在するものであった。



◇第十五話


 ある日、お雪の塾に通う一人の少女が劉太郎に、こう問いかけたことがあった。

「お兄様は、なぜ、ここに、よく来られるのですか」

 その問いに、劉太郎は一瞬、答えに詰まった。
 少女の無邪気な問いは、彼自身が長く自分に問い続けてきた問いと本質的に同じものだったからである。

 この少女はまだ七つか八つほどの年齢であったが、その目には幼いながらもはっきりとした鋭い観察力が見えた。彼女は、劉太郎が単なる好奇心だけでこの場所に通っているわけではないことを、子どもらしい直感で感じ取っていたのかもしれない。

「私は……ここに集う人々から、多くのことを、学びたいと思っているのです」

「何を、学びたいのですか?」

「まだ、はっきりとは、分かりません。ただ、皆様の、信じる力の強さに、私は、深く、心を動かされているのです」

 少女は、その答えに少し不思議そうな顔をしたが、それ以上深くは問わなかった。ただ、無邪気な笑顔を見せてまた、お雪の周りに、駆け戻っていった。

 その光景を見つめながら、劉太郎は自分がこの場所に、単なる任務のためだけではなく、もっと深い何かを求めて、通い続けていることを改めてはっきりと自覚した。

 この日の夕暮れ、劉太郎は施療所を出た後、一人、横浜の町を長い間、歩き続けた。
 町の灯りが、次第に一つ一つ点り始める様子を見つめながら、彼はこれまでの、長崎から横浜へと続く任務の日々を、静かに振り返っていた。

 猶龍という名を持つ少年が、かつて抱いていた「なぜ」という炎――それは、この横浜の地でお雪という一人の娘、そしてバラという一人の宣教医との出会いを通じて、これまでとは異なるより複雑な形を取るようになっていた。
 信仰の強さの正体を探るという、当初のいわば知的な探求であったものが、今劉太郎の胸の中では、より個人的なそして、より切実な人としての情と任務者としての責務との間の深い葛藤へと、変わりつつあった。

 この葛藤の行方が、これから、劉太郎――そして、彼の内側にいまだ確かに存在する猶龍という核を、どこへ導いていくのか。
 それは、まだ、誰にも分からなかった。
 ただ、劉太郎はこの横浜の町の灯りを見つめながら、自分がこれからこれまでの人生の中で、最も重い選択の一つに向き合わなければならない日が近づいていることを、静かにしかし確かに、予感していた。
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