監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない
扉の先にあるもの
廊下に出た私は、左右どちらに行こうか、視線を彷徨わしてしまう。
進んだ先で、使用人と鉢合わせすることだけは絶対に避けたいから、この選択がは五分五分の賭けだ。
いや、もしかしたら実は全てが茶番で、屋敷の外に出た私に更に酷いことをするつもりで扉を開けただけなのかもしれない。
そんなふうに一度考えてしまえば、情けないことに、あと一歩が踏み出せない。
「ははっ、警戒してる?でも、大丈夫。バルドゥールは今日はここには居ないよ。ついでに言えば、今日は当直で帰ってこないから、安心して」
壊れたおもちゃのように右足を部屋と廊下に交互に行き来きした私を見て、ルークは馬鹿にすることなく懸念を取り払ってくれた。
それならもうここに留まる必要はない。けれど、一歩踏み出そうとした私の肩をルークが掴んだ。
「ちょっと待って。屋敷から出る最短ルートを教えてあげる。まず右に行って、階段を降りる。それから二つ目の扉を開けてごらん。それ裏口だから、そこから外に出れるよ。あとこれ、餞別」
声と同時に柔らかい布が私の身体を覆う。突然のことで身体が強張ったけれど、ルークの上着であることに気付く。どうやら餞別とはこの服のようだ。
「あと、余計なお世話かもしれないけど、靴ぐらい履いていったら?」
確かにその通りだ。裸足の生活が慣れてしまっていたので、うっかりしていた。
慌てて戻りかけた私より先に、ルークがベッドの下に揃えてある部屋履きを手にして戻って来た。そして、慣れた手つきで履かせてくれる。
「ありがとうございます」
「いえいえ。どういたしまして。ってか、君、ちゃんとありがとうって言える子なんだね」
どういう意味だとむっとしかけたが、ここでルークの気が変わったら困る。今は無視をするのが一番だ。
気を取り直した私は、ルークの上着に袖を通して廊下に出る。
緊張とは裏腹に何も起こらなかった。あっけないほど、床を踏みしめる足の感触も、取り巻く空気も、何も変わらなかった。
おずおずと振り返ると、ルークは椅子に腰かけて私に手を振っている。頑張ってね、と言いたげに。
「さようなら」
二度と会わない意志を込めてルークにそう伝えれば、意味深な笑みが返ってきた。
それってフラグ?と一瞬よぎった不安をかき消すように、私は足早に廊下を歩き出す。
ルークの言われた通りに進めば、本当に屋敷の外へと出ることができた。そう、私はやっと自由を手に入れることができたのだ。
……と、いっても、屋敷を飛び出しても、すぐにでも追手が来そうで足を止めることができない。部屋履き、男物の上着の下には夜着のまま街に飛び出した私の姿は、すれ違う人にどう映っているのだろう。
不審者と思われては困るので、俯き歩く速度を早める。
街は日中もあって、かなりの人混みだ。すれ違う人は皆忙しそうに足早に歩を進めている。
誰も自分のことなど気にも留めない現実に、肩透かしを食らったような気分にすらなる。
とはいえ、すれ違う人の中で、無遠慮な視線を投げかける人もいる。幸い声を掛けられることはなかったけれど、この世界のルールなど知らない私は、関わらないのが一番だと判断し、とにかく人混みの少ない方へと歩を進めた。
それから、どこをどう歩いたかわからない。でも人の気配を感じなくなって、私はやっと足を止めた。顔を上げて、恐る恐る辺りを伺う。
視界に広がったのは、まるで中世ヨーロッパのような世界だった。
レンガ作りのとんがり屋根の民家。ずっと先まで続く石畳の歩道。ここは坂の途中で、見上げれば白亜の城が丘の上に建てられている。見下ろせば、民家がぽつぽつとあるが、その先には、平原が広がっていた。
その平原を視界に入れた瞬間、はっと息を呑んだ。
遠くからでも緑色の下地に点描画のように鮮やかな色が埋め込まれているそこに、既視感を覚えた。ああ懐かしい。私が初めてこの世界に立った場所、そう直感した。
あそこに、行ってみたい。万に一つ元の世界に戻れるなら、きっとあの花畑のはず。
理由もない、明確な根拠もない。でも、行きたい衝動が止められない私の足は、もうそこに向かい出していた。
けれど歩き始めてしばらくして、現実は甘くないことを思い知らされた。
視界に見えるなら歩いてもすぐに辿り着けると思ったのは間違いで、夕暮れ時になっても、一向に景色は変わらなかった。
ルークが私を屋敷から出してくれたのは、昼過ぎだった。それからずっと足を止めていないから、随分と歩いたはず。けれど歩けど歩けど、石畳は続いていて目的地の花畑は近づかない。
「……どうしよう」
今更になって、私はこの世界で生き延びる術を持たないことに気付く。
もしかしたらという期待を込めて、餞別でもらったルークの上着をさぐっても、通過もなければ菓子の一つもなかった。
神様に嫌われている私には、あの屋敷から逃げ出すことができたことが奇跡なのだろう。それ以上を求めるのは身の程を知れ、ということか。
自虐的なことを考えても、そうかもしれないと頷いてしまう自分に嫌気がさす。
たとえ目的地に到着したところで元の世界に戻ることはできないかもしれないけれど、それでも歩みを止めることはできなかった。
進んだ先で、使用人と鉢合わせすることだけは絶対に避けたいから、この選択がは五分五分の賭けだ。
いや、もしかしたら実は全てが茶番で、屋敷の外に出た私に更に酷いことをするつもりで扉を開けただけなのかもしれない。
そんなふうに一度考えてしまえば、情けないことに、あと一歩が踏み出せない。
「ははっ、警戒してる?でも、大丈夫。バルドゥールは今日はここには居ないよ。ついでに言えば、今日は当直で帰ってこないから、安心して」
壊れたおもちゃのように右足を部屋と廊下に交互に行き来きした私を見て、ルークは馬鹿にすることなく懸念を取り払ってくれた。
それならもうここに留まる必要はない。けれど、一歩踏み出そうとした私の肩をルークが掴んだ。
「ちょっと待って。屋敷から出る最短ルートを教えてあげる。まず右に行って、階段を降りる。それから二つ目の扉を開けてごらん。それ裏口だから、そこから外に出れるよ。あとこれ、餞別」
声と同時に柔らかい布が私の身体を覆う。突然のことで身体が強張ったけれど、ルークの上着であることに気付く。どうやら餞別とはこの服のようだ。
「あと、余計なお世話かもしれないけど、靴ぐらい履いていったら?」
確かにその通りだ。裸足の生活が慣れてしまっていたので、うっかりしていた。
慌てて戻りかけた私より先に、ルークがベッドの下に揃えてある部屋履きを手にして戻って来た。そして、慣れた手つきで履かせてくれる。
「ありがとうございます」
「いえいえ。どういたしまして。ってか、君、ちゃんとありがとうって言える子なんだね」
どういう意味だとむっとしかけたが、ここでルークの気が変わったら困る。今は無視をするのが一番だ。
気を取り直した私は、ルークの上着に袖を通して廊下に出る。
緊張とは裏腹に何も起こらなかった。あっけないほど、床を踏みしめる足の感触も、取り巻く空気も、何も変わらなかった。
おずおずと振り返ると、ルークは椅子に腰かけて私に手を振っている。頑張ってね、と言いたげに。
「さようなら」
二度と会わない意志を込めてルークにそう伝えれば、意味深な笑みが返ってきた。
それってフラグ?と一瞬よぎった不安をかき消すように、私は足早に廊下を歩き出す。
ルークの言われた通りに進めば、本当に屋敷の外へと出ることができた。そう、私はやっと自由を手に入れることができたのだ。
……と、いっても、屋敷を飛び出しても、すぐにでも追手が来そうで足を止めることができない。部屋履き、男物の上着の下には夜着のまま街に飛び出した私の姿は、すれ違う人にどう映っているのだろう。
不審者と思われては困るので、俯き歩く速度を早める。
街は日中もあって、かなりの人混みだ。すれ違う人は皆忙しそうに足早に歩を進めている。
誰も自分のことなど気にも留めない現実に、肩透かしを食らったような気分にすらなる。
とはいえ、すれ違う人の中で、無遠慮な視線を投げかける人もいる。幸い声を掛けられることはなかったけれど、この世界のルールなど知らない私は、関わらないのが一番だと判断し、とにかく人混みの少ない方へと歩を進めた。
それから、どこをどう歩いたかわからない。でも人の気配を感じなくなって、私はやっと足を止めた。顔を上げて、恐る恐る辺りを伺う。
視界に広がったのは、まるで中世ヨーロッパのような世界だった。
レンガ作りのとんがり屋根の民家。ずっと先まで続く石畳の歩道。ここは坂の途中で、見上げれば白亜の城が丘の上に建てられている。見下ろせば、民家がぽつぽつとあるが、その先には、平原が広がっていた。
その平原を視界に入れた瞬間、はっと息を呑んだ。
遠くからでも緑色の下地に点描画のように鮮やかな色が埋め込まれているそこに、既視感を覚えた。ああ懐かしい。私が初めてこの世界に立った場所、そう直感した。
あそこに、行ってみたい。万に一つ元の世界に戻れるなら、きっとあの花畑のはず。
理由もない、明確な根拠もない。でも、行きたい衝動が止められない私の足は、もうそこに向かい出していた。
けれど歩き始めてしばらくして、現実は甘くないことを思い知らされた。
視界に見えるなら歩いてもすぐに辿り着けると思ったのは間違いで、夕暮れ時になっても、一向に景色は変わらなかった。
ルークが私を屋敷から出してくれたのは、昼過ぎだった。それからずっと足を止めていないから、随分と歩いたはず。けれど歩けど歩けど、石畳は続いていて目的地の花畑は近づかない。
「……どうしよう」
今更になって、私はこの世界で生き延びる術を持たないことに気付く。
もしかしたらという期待を込めて、餞別でもらったルークの上着をさぐっても、通過もなければ菓子の一つもなかった。
神様に嫌われている私には、あの屋敷から逃げ出すことができたことが奇跡なのだろう。それ以上を求めるのは身の程を知れ、ということか。
自虐的なことを考えても、そうかもしれないと頷いてしまう自分に嫌気がさす。
たとえ目的地に到着したところで元の世界に戻ることはできないかもしれないけれど、それでも歩みを止めることはできなかった。