ラストホイッスルが鳴る日
第二章 突然の中止
四月中旬。
校庭の桜はすっかり葉桜へと変わり、少しずつ夏の匂いを運ぶ風が吹き始めていた。
青葉高校サッカー部は、県大会開幕まで残り三週間。
グラウンドにはいつも以上に熱気があふれていた。
「あと一本! 最後まで足を止めるな!」
監督・黒川の声が響く。
「はい!」
部員たちは汗だくになりながら走り続ける。
陽翔も息を切らしながら、ゴール前で最後のシュートを放った。
ネットを揺らす乾いた音。
「ナイス!」
蓮が親指を立てる。
「今日は調子いいな。」
「みんなの動きもいい。今ならどこにも負ける気がしない。」
そう笑う陽翔の顔には、自信があった。
三年間積み重ねてきた努力が、ようやく形になろうとしていた。
練習後、更衣室では県大会の話で持ちきりだった。
「初戦は絶対勝てる。」
「決勝まで行けば全国だ!」
「優勝したらみんなで焼肉な!」
「監督のおごりで!」
笑い声が部室いっぱいに響く。
その笑顔を見ながら、美月は練習ノートを閉じた。
この時間が、ずっと続くものだと思っていた。
誰も疑っていなかった。
翌日。
昼休み。
教室のテレビからニュースが流れる。
『新型コロナウイルスの感染者が国内でも急増しています。政府は不要不急の外出自粛を——』
「最近ずっとこのニュースだな。」
クラスメイトがため息をつく。
「でも、うちの県はまだ少ないし。」
「学校は普通にあるもんな。」
陽翔も深く考えてはいなかった。
まさか自分たちの生活にまで影響が及ぶとは思えなかったからだ。
しかし、その日の放課後。
監督の表情は、いつもと違っていた。
「全員、集合。」
部員たちが円になって集まる。
監督はしばらく黙ったまま、手にした紙を見つめていた。
「県大会前まで、練習試合がすべて中止になった。」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
「全部ですか?」
「そうだ。」
ざわめきが広がる。
「まあ、大会があるなら問題ない。」
誰かがそう言った。
監督も頷いた。
「今はそう信じよう。」
その言葉に、全員が少しだけ安心した。
だが、不安は日に日に大きくなっていった。
一週間後。
朝、学校へ向かう途中。
駅前の大型ビジョンには赤い文字が並んでいた。
『緊急事態宣言発令へ』
電車の中は静まり返っている。
乗客の多くがマスクを着け、誰も話をしていない。
教室でも空気が重かった。
昼過ぎ。
突然、校内放送が鳴る。
『全校生徒は体育館へ集合してください。』
嫌な予感がした。
体育館には全校生徒が集められ、校長先生が壇上へ立つ。
「新型コロナウイルス感染拡大防止のため、本校は明日より臨時休校とします。」
どよめきが広がる。
「また、すべての部活動を当面の間、停止します。」
その言葉は、雷のように陽翔の胸へ落ちた。
「部活……停止?」
信じられなかった。
県大会まで、あと二週間だった。
放課後。
誰もいないグラウンド。
部員たちはフェンス越しに芝生を見つめていた。
「入っちゃダメなんだって。」
先生が静かに言う。
その一言で、全員が立ち尽くした。
昨日まで毎日走っていた場所。
笑い、悔しがり、夢を語った場所。
そのグラウンドが、まるで遠い世界のように感じられた。
陽翔はフェンスに手をかけた。
「……もう練習できないのか。」
返事はなかった。
数日後。
家で自主練を続ける毎日。
リフティング。
筋トレ。
ランニング。
仲間とはオンラインで励まし合う。
「早く練習したいな。」
「絶対大会あるよ。」
「信じよう。」
画面越しでは、みんな笑っていた。
けれど、その笑顔の奥には、不安が隠れていた。
そして五月初旬。
県サッカー協会から一本の通知が届く。
監督は部員全員をオンラインで集めた。
画面の向こうで、監督は何度も言葉を選んでいた。
「……落ち着いて聞いてくれ。」
部員たちは息をのむ。
「今年度の県大会は——」
監督は一度目を閉じる。
「中止になった。」
誰も声を出せなかった。
時間が止まったようだった。
画面越しに映る仲間たちも、ただ黙っている。
陽翔は耳を疑った。
「……嘘ですよね?」
震える声で尋ねる。
監督は静かに首を横に振った。
「全国大会も……中止だ。」
その瞬間、誰かのすすり泣く声が聞こえた。
三年間。
朝も夜も、雨の日も雪の日も。
全国を目指して走り続けた日々。
そのすべてが、たった一枚の通知で終わった。
陽翔はパソコンの画面を見つめたまま、何も言えなかった。
拳を握りしめても、行き場のない悔しさが胸を締めつける。
窓の外では、静かな春の風が吹いていた。
だが、その風はもう、希望の匂いを運んではくれなかった。
高校最後の春は、誰にも見送られることなく、静かに終わりを迎えようとしていた。
――第三章「終わった青春」へ続く。
校庭の桜はすっかり葉桜へと変わり、少しずつ夏の匂いを運ぶ風が吹き始めていた。
青葉高校サッカー部は、県大会開幕まで残り三週間。
グラウンドにはいつも以上に熱気があふれていた。
「あと一本! 最後まで足を止めるな!」
監督・黒川の声が響く。
「はい!」
部員たちは汗だくになりながら走り続ける。
陽翔も息を切らしながら、ゴール前で最後のシュートを放った。
ネットを揺らす乾いた音。
「ナイス!」
蓮が親指を立てる。
「今日は調子いいな。」
「みんなの動きもいい。今ならどこにも負ける気がしない。」
そう笑う陽翔の顔には、自信があった。
三年間積み重ねてきた努力が、ようやく形になろうとしていた。
練習後、更衣室では県大会の話で持ちきりだった。
「初戦は絶対勝てる。」
「決勝まで行けば全国だ!」
「優勝したらみんなで焼肉な!」
「監督のおごりで!」
笑い声が部室いっぱいに響く。
その笑顔を見ながら、美月は練習ノートを閉じた。
この時間が、ずっと続くものだと思っていた。
誰も疑っていなかった。
翌日。
昼休み。
教室のテレビからニュースが流れる。
『新型コロナウイルスの感染者が国内でも急増しています。政府は不要不急の外出自粛を——』
「最近ずっとこのニュースだな。」
クラスメイトがため息をつく。
「でも、うちの県はまだ少ないし。」
「学校は普通にあるもんな。」
陽翔も深く考えてはいなかった。
まさか自分たちの生活にまで影響が及ぶとは思えなかったからだ。
しかし、その日の放課後。
監督の表情は、いつもと違っていた。
「全員、集合。」
部員たちが円になって集まる。
監督はしばらく黙ったまま、手にした紙を見つめていた。
「県大会前まで、練習試合がすべて中止になった。」
一瞬、空気が止まる。
「……え?」
「全部ですか?」
「そうだ。」
ざわめきが広がる。
「まあ、大会があるなら問題ない。」
誰かがそう言った。
監督も頷いた。
「今はそう信じよう。」
その言葉に、全員が少しだけ安心した。
だが、不安は日に日に大きくなっていった。
一週間後。
朝、学校へ向かう途中。
駅前の大型ビジョンには赤い文字が並んでいた。
『緊急事態宣言発令へ』
電車の中は静まり返っている。
乗客の多くがマスクを着け、誰も話をしていない。
教室でも空気が重かった。
昼過ぎ。
突然、校内放送が鳴る。
『全校生徒は体育館へ集合してください。』
嫌な予感がした。
体育館には全校生徒が集められ、校長先生が壇上へ立つ。
「新型コロナウイルス感染拡大防止のため、本校は明日より臨時休校とします。」
どよめきが広がる。
「また、すべての部活動を当面の間、停止します。」
その言葉は、雷のように陽翔の胸へ落ちた。
「部活……停止?」
信じられなかった。
県大会まで、あと二週間だった。
放課後。
誰もいないグラウンド。
部員たちはフェンス越しに芝生を見つめていた。
「入っちゃダメなんだって。」
先生が静かに言う。
その一言で、全員が立ち尽くした。
昨日まで毎日走っていた場所。
笑い、悔しがり、夢を語った場所。
そのグラウンドが、まるで遠い世界のように感じられた。
陽翔はフェンスに手をかけた。
「……もう練習できないのか。」
返事はなかった。
数日後。
家で自主練を続ける毎日。
リフティング。
筋トレ。
ランニング。
仲間とはオンラインで励まし合う。
「早く練習したいな。」
「絶対大会あるよ。」
「信じよう。」
画面越しでは、みんな笑っていた。
けれど、その笑顔の奥には、不安が隠れていた。
そして五月初旬。
県サッカー協会から一本の通知が届く。
監督は部員全員をオンラインで集めた。
画面の向こうで、監督は何度も言葉を選んでいた。
「……落ち着いて聞いてくれ。」
部員たちは息をのむ。
「今年度の県大会は——」
監督は一度目を閉じる。
「中止になった。」
誰も声を出せなかった。
時間が止まったようだった。
画面越しに映る仲間たちも、ただ黙っている。
陽翔は耳を疑った。
「……嘘ですよね?」
震える声で尋ねる。
監督は静かに首を横に振った。
「全国大会も……中止だ。」
その瞬間、誰かのすすり泣く声が聞こえた。
三年間。
朝も夜も、雨の日も雪の日も。
全国を目指して走り続けた日々。
そのすべてが、たった一枚の通知で終わった。
陽翔はパソコンの画面を見つめたまま、何も言えなかった。
拳を握りしめても、行き場のない悔しさが胸を締めつける。
窓の外では、静かな春の風が吹いていた。
だが、その風はもう、希望の匂いを運んではくれなかった。
高校最後の春は、誰にも見送られることなく、静かに終わりを迎えようとしていた。
――第三章「終わった青春」へ続く。