向日葵が咲いた夏
これはある年の記憶だ_。
クラス替えをしたあと僕は馴染みのない顔が多くて心配だった。
正直自分はあまり陽気な人とは言えないから。
でも君は声をかけてくれたんだ。
「おはよう!君、席となりなんだね!1年間よろしく!!」
君は眩しい笑顔を向けてくれた。明るい声で話しかけてくれた。こんな僕に。
「よろしく、」
すこし君の明るさに追いつけなかった。
でもすこし僕に光を当ててくれるように思えた。
最初のホームルームで君は名前だけ言って元気に挨拶をしていた。
僕は名前だけ、君ほど元気ではないが挨拶をした。
あまりに暗い空気をまといすぎていたのかもしれない。
君はもうクラスに溶け込んでいた。さっきまで近くで笑ってくれたのにもう遠いところにいる気がする。
それでもたまに笑いかけてくれるんだ。
いつの日か一緒に帰ったときがあった気がする。
「あれ、今日は一人なの?」
放課後の教室、珍しく一人で外を眺めている君に声をかけた。
「友達みんな部活でさ」
「あれ、部活入ってなかったっけ?」
「いやぁ、部活ってめんどくさそうじゃん?」
君はいつもより少し低めのトーンで答えた。
「じゃあ一緒に帰らない?」
「そうだね」
「少し遊んで帰らない?」
元気のない君は少し気味が悪かった。いつもクラスの真ん中で笑っているから。
「そうしよっか。」
一緒にお菓子を食べて、ゲームセンターへ行って、とても楽しかった。
帰る頃に君の顔にはまた向日葵のような笑顔が咲いていた。
少し安心した。でもこのときに気づけていればよかったのかもしれない。
「たのしかった?」
「勿論!有難うね!」
君は笑顔で答えてくれた。
「ねぇ、クラゲって素敵だと思わない?」
急に聞かれて少し驚いた。
「私は好きなんだよね!」
「なんか自由に生きている感じがして!!」
「確かにクラゲって自由に見えしきれいだよな。」
ちょうどクレーンゲームでクラゲのキーホルダーを取っていた。向日葵のキーホルダーといっしょに差し出す。
「あげる。」
君の目が輝いた。
「いいの!?ありがとう!!一生大事にする!!!」
とても綺麗な笑顔だった。
7月のある日、君はこう言った。
「ねぇ、私、ちゃんと笑えているのかなぁ、?」
急に言い出すもんだから驚いた。ひまわりのように笑う君がそんな事を言うなんて。
「まぁ、そうなんじゃないかな。」
「どうして?」
理由がわからないから、聞き返してみた。
「いや、なんでもない。忘れて。」
いつも鈴を転がすように笑う君からは想像もできないような寂しそうな顔をしていた。そんな君が心配になったんだ。
「何かあった?」
「大丈夫だから。」
「話なら聞けるからさ、頼ってよ。」
いつもよりほんの少しさみしそうな顔をしている君の目は赤くなってきていた。
君のことを気にかけてくれるような人はいなかったのだろうか。いつもあんなに人に囲まれているのに。いや、逆に本当のことを話すのが怖いのかも知れない。
「ありがとう、 色々疲れちゃってさぁ、」
本当に話してくれるとは思いもしなかった。僕なんか頼り甲斐無いだろうに。
「…家、とか。私の親、めんどくさくって。」
聞いてみるととても想像したくないものだった。それでも想像してしまったんだ。君の苦しさを。それなのになぜ君はそんなにも笑顔
でいられるのだろう。
「そっ…か…。」
驚きのあまり言葉がつっかえた。伝えたいことはあるけれど、言葉にするのが怖くなった。
「ねぇ、この事、誰にも言わないでね。」
君は引きつった笑顔を浮かべながら言った。
「言わないよ。」
誰かに軽く言えるような話でもない。
話したことによってもっと君が苦しくなったら、そんなことを考えると苦しくなる。でも君の生き方に少し好意を抱いてしまった。
どんなに辛くても笑顔で生きようとしていて気遣いもできる君に。
「愚痴とかならいくらでも聞けるからさ、頼ってよ。先生とかは頼りにくいかもしれない。でも僕はもう全部ではないけど君のことを知っている人の一人なんだ。」
気付いたら口からこぼれていた。頼ってもらいたいのは事実だ。それに君の気持ちが少しでも軽くなるなら助けたい、そう思うんだ
よ。
「……あり、がとう。」
そう言って浮かべた君の笑顔が少しだけ本物に見えた気がしたんだ。
次の日君はいつも通り時間ギリギリに登校して友達と笑い合っていた。
昨日のことなんてなかったかのように。
僕もいつもと同じようにあまり君とは必要最低限の会話以外はせずに過ごす。
もしかしたら夢だったのかも知れない、そう信じたいだけなのかも知れない。
何もなかったかの如く過ごしていたら夏休みも終わっていた。
ずっと家にいて辛くならないのか心配だった。
夏休み明けの登校日、君はとても疲れた顔をしていた。
そして夏の君にはあわない長袖のカーディガンを羽織っていた。まだ気温は高いはずなのに。
今日学校に来てから君は誰とも口を利いていない気がする。僕の気のせいだろうか。
休み時間も一人で過ごしていて、友だちが来てもなにか一言話して追い返したのだろうか。
何があったんだろうか。
正直とても心配で仕方ない。昼休みになったら声をかけてみよう。
「なぁ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ、」
「まぁ、そう、だよな。」
君はとても苦しそうにそう言った。わかりきった答えに返す言葉が出てこなかった。
「空き教室にでも行く?」
「うん。そうだね、」
話したいことがあるのか着いてきてくれた。
周りには少し驚いた目で見られたがそんな物気にしていられない。
「何があったんだ?」
「全部全部我慢するの疲れちゃって。」
そうだとは思った。急に我慢が効かなくなったのかと思っていた。環境がもっと悪くなったのかとも思っていた。
「誰か先生とか頼れれば良いんだけどな。」
「人のこと信じたくないから。」
そう来るか。誰か大人を頼れれば良いものの、親が信頼できない人なら大人を信じるのは怖いのだろう。僕はどうすれば良いのだろう。
どうすれば君を救うことができるのだろう。どうすれば…。
急にドアが空いた。君が教室から出ようとしたのか。弁当も置いて?
「ちょっとまってて。」
そう言って君は空き教室から出ていった。なにもない方向に向かって走っていった。少し嫌な予感がした。だから僕は君を追いかけたん
だ。
君は屋上に向かって走っていった。
僕は必死で君のことを追いかけていた。
とても嫌な予感が頭によぎるから。
気の所為だったら良いんだ。
「着いてこないで!」
君は叫ぶように言った。それでも僕は諦めたくないんだ。怖いから。君をなくすのが。
「なら戻ってきてよ。」
少し感情的になってしまったかもしれない。
「私のことわかったふりして、なんにもわかっていないくせに、」
そう君が呟いた気がしたんだ。
「私のこと何も分かってないくせに!!!」
君はそう叫んだ。気持ち悪いくらいに晴れた空にそんな声が響いた。
君はカーディガンを脱いだ。その下には数え切れないほどのラベンダーの花が咲いているように見えた。
僕は咄嗟に君の腕を掴んだ。君が羽ばたこうとしているように見えたんだ。
「行かないで。」
君にはきっと伝わらない。そうしたら君は何も言わず手を振りほどいて空に溶けていった。
脱ぎ捨てられたカーディガンにはまるで別れを告げるようにクラゲのキーホルダーが輝いていた。
僕は泣き叫んだ。怖かった。
僕はそんな君の苦しくても明るく生きようとするところに惹かれていたのかも知れない。
心に、穴が空いたようだった。
そのあとの記憶が無い。
気付いたら放課後になっていた。
僕の叫び声に気付いた先生が保健室に連れて行ってくれたらしい。
遠くでまだパトカーの音が鳴り響いている。
僕の頭の中には君の叫び声が残り続けている。
気付いたらもう君がいた学年も離れ離れになる頃になっていた。
僕は君のことをずっと忘れない、いや、忘れられない。
君みたいな人が救われたらどんなに幸せな世界だろう。
僕にできることなんか簡単には見つからない。でも、君みたいな人を救えたら、そう思った。
卒業式は晴れていた。
最後のホームルームで教室にはこの季節には似つかない元気な向日葵が咲いていた。
何処からかきれいな鈴の音が聞こえたんだ。