スピンオフ 執事と御曹司の始まらない恋の一部始終
第1話 日本へ
ヒースロー空港から成田へ向かう飛行機の中、田鍋圭一郎はビジネスクラスの座席に戻ると、ジャケットを脱いでハンガーにかけた。
三山財閥御曹司であり、幼少のころからお仕えしている三山大紫とたった今話してきたばかりである。
大紫と圭一郎は6歳の頃から11年にわたり、共に英国の名門校で学んできた。
英国へ出発する朝、「大紫様をお守りし共に健やかな日々を過ごすように」と父に託されたことを、この11年圭一郎は忘れたことがなかった。なぜならば田鍋家は代々三山家の執事をしている家柄だったからだ。
6歳だった圭一郎は執事とはどんなものか、よくわかっていなかった。
だが父が、三山家の当主である大紫の父親と、つねに行動を共にし、いつも微笑みをかわしあっていることは見て知っていた。
だから圭一郎もすんなりと、「共に健やかな日々を」大紫様と過ごしたいと願った。
そして大紫様も圭一郎の想いにこたえ、いつも圭一郎を大事にあつかい、行動を共にし、さまざまなことを語らってくれた。
遠い異国の地で過ごした日々。圭一郎は大紫様を心から慕うことができた。
執事とはなんと素晴らしい役目だろうと、田鍋の家に生まれたことに感謝した。
日本に帰国しても大紫様を慕い、お支えすることになんら変わりはない。
だが圭一郎は不安だった。
今回の帰国には、日本の大学への進学準備という表向きの理由とは別に、隠されたミッションがあるからだ。
──三山大紫の婚約者選び。
日本でも有数の名門の家の子女が通う秀礼学園に編入し、そこで婚約者を自力で見つけ出す。
見つからなければ見合い相手と婚約することになっているので、ミッションというよりもオプションを与えられたというのが正確なところだった。
父からは、もし大紫様が気に入る相手をみつけた場合、三山家にふさわしいかどうか圭一郎自身が見極め、報告するように言われている。
大紫様のお気に召す方はいらっしゃるのだろうか……
大紫様がお選びになる方なら素晴らしい女性に決まっているとは思う圭一郎だが、英国パブリックスクールが男子校だったことが気にかかっていた。
日本の女子高生について予習しようとネットで検索すると、制服のスカートをぎりぎりまで短くした女子生徒たちが踊っている動画がやたらと出てくる。煽情的なものもあったが、おおむね平和な日常を写したものだった。
だが……なんだろう、このざわざわした気持ちは?
大紫様のそばにはいつも自分がいた。だが婚約者がみつかったら?
いや大紫様が婚約者をみずから見つけたならば喜ばしいことだ。案ずることはない。
だがもしも三山家の財産と家名を狙うような女子がいたら……
あれこれ考えてしまったせいだろうか。
先ほど大紫様が搭乗しているファーストクラスに呼ばれたときに、つい余計なことを言ってしまった。
「大紫様、どうかお認め下さい。我々は同じ年ごろの女性に免疫がないのです。恥ずかしながら私は、男女共学の秀礼学園に編入するのが、怖くてたまりません」
ご自分はなんの問題もないと主張されていた大紫様だったが、圭一郎のほうが不安を抱えているというとすぐに親身になってくれた。
そして同じ年ごろの女子に慣れていないことを互いに確認し注意しあうことに成功した。
ここまではある種、圭一郎の望んだとおりの展開だった。
大紫様のやさしさを、悪く言えば利用し、大紫様ご自身が考えて気づくというプロセスを生み出す。
そして圭一郎は大紫様のお考えに従うというかたちをとるのだ。
だが、思いもかけない展開が待っていた。
「よし、俺に策がある」
大紫様は秀礼学園高等部において、ご自身を田鍋ケイイチロウと名乗り、わたしに三山タイシを名乗るようご命じになったのだ。
「三山タイシにどのような女子生徒が接するのか、俺は客観的に観察することができるだろ?」
なんというお考えだろう。
圭一郎は驚きで声が出なかった。
大紫様は、圭一郎が陰に日向に支えているようでいて、とんでもないところへ向かわれていく。
圭一郎には思いもよらない、自由で、のびやかで、輝かしい人物だった。
……それでこそ、三山家の次期当主、三山大紫様でございます。
圭一郎はその提案を受け入れることがどんな騒動を巻き起こすかも知らず、久しぶりの日本まであと数時間だなと、そっと目を閉じた。
三山財閥御曹司であり、幼少のころからお仕えしている三山大紫とたった今話してきたばかりである。
大紫と圭一郎は6歳の頃から11年にわたり、共に英国の名門校で学んできた。
英国へ出発する朝、「大紫様をお守りし共に健やかな日々を過ごすように」と父に託されたことを、この11年圭一郎は忘れたことがなかった。なぜならば田鍋家は代々三山家の執事をしている家柄だったからだ。
6歳だった圭一郎は執事とはどんなものか、よくわかっていなかった。
だが父が、三山家の当主である大紫の父親と、つねに行動を共にし、いつも微笑みをかわしあっていることは見て知っていた。
だから圭一郎もすんなりと、「共に健やかな日々を」大紫様と過ごしたいと願った。
そして大紫様も圭一郎の想いにこたえ、いつも圭一郎を大事にあつかい、行動を共にし、さまざまなことを語らってくれた。
遠い異国の地で過ごした日々。圭一郎は大紫様を心から慕うことができた。
執事とはなんと素晴らしい役目だろうと、田鍋の家に生まれたことに感謝した。
日本に帰国しても大紫様を慕い、お支えすることになんら変わりはない。
だが圭一郎は不安だった。
今回の帰国には、日本の大学への進学準備という表向きの理由とは別に、隠されたミッションがあるからだ。
──三山大紫の婚約者選び。
日本でも有数の名門の家の子女が通う秀礼学園に編入し、そこで婚約者を自力で見つけ出す。
見つからなければ見合い相手と婚約することになっているので、ミッションというよりもオプションを与えられたというのが正確なところだった。
父からは、もし大紫様が気に入る相手をみつけた場合、三山家にふさわしいかどうか圭一郎自身が見極め、報告するように言われている。
大紫様のお気に召す方はいらっしゃるのだろうか……
大紫様がお選びになる方なら素晴らしい女性に決まっているとは思う圭一郎だが、英国パブリックスクールが男子校だったことが気にかかっていた。
日本の女子高生について予習しようとネットで検索すると、制服のスカートをぎりぎりまで短くした女子生徒たちが踊っている動画がやたらと出てくる。煽情的なものもあったが、おおむね平和な日常を写したものだった。
だが……なんだろう、このざわざわした気持ちは?
大紫様のそばにはいつも自分がいた。だが婚約者がみつかったら?
いや大紫様が婚約者をみずから見つけたならば喜ばしいことだ。案ずることはない。
だがもしも三山家の財産と家名を狙うような女子がいたら……
あれこれ考えてしまったせいだろうか。
先ほど大紫様が搭乗しているファーストクラスに呼ばれたときに、つい余計なことを言ってしまった。
「大紫様、どうかお認め下さい。我々は同じ年ごろの女性に免疫がないのです。恥ずかしながら私は、男女共学の秀礼学園に編入するのが、怖くてたまりません」
ご自分はなんの問題もないと主張されていた大紫様だったが、圭一郎のほうが不安を抱えているというとすぐに親身になってくれた。
そして同じ年ごろの女子に慣れていないことを互いに確認し注意しあうことに成功した。
ここまではある種、圭一郎の望んだとおりの展開だった。
大紫様のやさしさを、悪く言えば利用し、大紫様ご自身が考えて気づくというプロセスを生み出す。
そして圭一郎は大紫様のお考えに従うというかたちをとるのだ。
だが、思いもかけない展開が待っていた。
「よし、俺に策がある」
大紫様は秀礼学園高等部において、ご自身を田鍋ケイイチロウと名乗り、わたしに三山タイシを名乗るようご命じになったのだ。
「三山タイシにどのような女子生徒が接するのか、俺は客観的に観察することができるだろ?」
なんというお考えだろう。
圭一郎は驚きで声が出なかった。
大紫様は、圭一郎が陰に日向に支えているようでいて、とんでもないところへ向かわれていく。
圭一郎には思いもよらない、自由で、のびやかで、輝かしい人物だった。
……それでこそ、三山家の次期当主、三山大紫様でございます。
圭一郎はその提案を受け入れることがどんな騒動を巻き起こすかも知らず、久しぶりの日本まであと数時間だなと、そっと目を閉じた。
